14話 / ――余が紅蓮の魔王だ。
「おっと、楽しく質問していたらもうこんな時間か。色々と答えて頂きありがとうございます、紅蓮の魔王よ。……いやー、プロデューサーの私が言ってしまうのも良くはないんですが、今までこうやって問答できたのって極光の魔王くらいで。魔王という頂から見たシードオンラインの景色ってものが知りたくて、ついつい質問し過ぎちゃいました」
「構わんよ、余に答えられるものであれば答えるつもりでこの場に来ているからな。……ちなみに刻の魔王とやらの時は、どんな問答をしたのだ? これくらいの回答であれば数十分で出来ると思ったんだが」
「……うーん、私の時? 当時は私もまだまだやんちゃだったからなぁ、結構不愛想に答えてたかも。この魔王の任命式って、割と質問とかの回答の記憶って薄くなっちゃうんだよねえ、最後にアレがあるし」
「参考までに当時のログを掘り起こすと――刻の魔王さんの時は、はい、と、いいえ、しか発言されてませんでしたね。いやぁ、当時から私がプロデューサーという立場でしたけど、あれにはかなり焦りましたね。どうやって盛り上げよう、どこまで踏み込んでいいんだろうって!」
「あれー、私そこまで不愛想な回答してたか。でも振り返れば、確かに刻の魔王任命式の時って最新パッチ攻略で忙しくて、なんでこんな時に式だなんてやるんだバカ、って思ってたかも」
「……そんなバカのプロデューサーでも持っている権限のうちに、特定ユーザーのバンというものがありましてね?」
「……いやぁ、プロデューサーの運営手腕は凄いなぁ。私、刻の魔王、その手腕には敬服するばかりで御座います」
にっこりと人の好さそうな笑みを浮かべたタカナシに、頬を引き攣らせたシャーロット。茶番に近いやり取りであるが、ユーザーからしてみればバン――アカウント停止処理をちらつかせられては、すごすごと引き下がるしかない。最もタカナシもこの程度で本気になってアカウント停止を行おうと思ってもいないし、シャーロットもバンされるだなんて思ってもいない。
運営側としては魔王の存在をアピールしたい式であり、新しく任命された紅蓮の魔王だけに関わらず、今現在での情報が特に少ない刻の魔王についても広めていきたい式なのである。――いわば、魔王はシードオンラインのアイドルであり、広告塔なのだ。それを知っているシャーロットは、私はこういう調子がいいキャラだよー利用していいよー、と言外に伝えたのであった。リップサービス、が近いかもしれない。
刻の魔王がそこまで好意的な反応を見せてくれたことに対する驚きもありつつ、得られるものが多かった――そうほっと内心で一息ついて、魔王の紹介を締めにかかるタカナシ。
「……では恒例のアレに進みましょうか。紅蓮の魔王さん、準備はいいですか?」
「アレとはなんだ。軽い説明とかないのか? 歓談のみと聞いて余はここにいるんだが――」
あっ、とシャーロットが口を押えた。まだなにか伝え漏れていたことがあるのか、そうアリカは疑惑の目で視線を一度配る。そもそも、こういうのは運営側の人間であるグラスが事前に伝えるべきじゃないのか、とも思ったが。
「あー、もしかして紅蓮さん。前回の動画とか見てない? 確か前回って誰だったっけな、ポンコツロイヤルだっけ?」
紅蓮の魔王との歓談で盛り上がっていたステージ上、その端には――とてもゲストとは思えない形で極光の魔王が正座をして不愛想な顔で恨みがましくシャーロットを睨みつけているではないか。
「……貴様、俺が戻ってきていることに気付いていただろう。何故今の今まで放置した!?」
「いや、だって戻ってきたら会話に入れなくてその場に正座したのが面白くて」
今の今まで表に一切出てこなかった刻の魔王が、素顔を晒して平然と極光の魔王を煽っている姿は大衆に大いに受けた様だ。歓声が会場となるこのエリアを震わせて、配信上のコメントでも彼を煽るような文字列がつらつらと流れていく。
「まぁ、許そう――俺は俺の欲しい女には寛大な男だからな」
はいはい、と軽く流されてもアークロイヤルは挫けない。鋼のメンタルを見せつけながらその場で立ち上がり、イベントの時と同様の金色のスーツの内側から銀に輝くフレームレス型の眼鏡を取り出すと、気取った様子でそれを装備する。
「……あぁ、魔王の歴史だったな? 一番初めに魔王の座についたのは――大海の爺様だ。魔王の証明の際に、圧倒的なスキルの暴力で蹴散らしたのが爺様だった。今の俺をもって正直に言えば、そうだな――これが魔王と呼ばれるに足る実力とスキルか、と感嘆したものだ」
「伊達、酔狂で大海を名乗ってる訳じゃないからね。多分、たまたま私が相性がいいだけで、シードオンライン全部のユーザーひっくるめても真っ向勝負できる人っていないんじゃないかな。極光さんも相手できないよね、大海さん」
「少なくとも俺一人では無理だな」
ああ、何か適当なレイドボス相手にスキルを見せて証明としたのか――話に割り込むことが出来ないアリカは、椅子に座って腕を組み足を組み、不遜な態度を見せながらアークロイヤルの話を聞いていく。そもそも、一人のプレイヤーがレイドボス相手に戦いを挑まされること自体がおかしいのだが――銀の騎士ユークリッドや、自らと同じアバターのシリカ・ルーセントハートを既に相手にしていたアリカにはそのおかしいという感覚が分からない。既に感覚がバグってしまっているのであった。
「で、次にお前だ、刻の魔王。不愛想な挨拶、質問回答、高まるのはこれが魔王か、という侮りの思い。――だがそれを全て実力で覆した。属性不詳の短剣と圧倒的な反射速度、そして卓越した戦闘の技術でな。……そもそも、刻の魔王としてのスキルを一度も発動させずにだ。当時は盛り上がったな、例えスキルがなくともこの高みまで辿り着くことが出来ると」
「――あれには儂も恐れ入った。魔王としてその席へついて、初めてだった。儂に届きうる刃を持つ者が現れたのは」
「私自身も頑張ったけど、それでも大海さんには理滅がないと勝てないんだよね。参考までに言うと――私が持ってる理滅の短剣はシードオンラインのバッチ三つ目、ザ・ヘヴンの天上回廊の五百三十層あたりでドロップしたから、皆も周回頑張ってみてね。パーティの条件とかあるのかは分からないや、私が行った時はソロだったし」
理滅に対しての情報はもうオープンにされたので、何事でもないかのようにシャーロットが自らのメイン武器、理滅の短剣の入手箇所を明かした。その瞬間に配信の同時視聴者数ががくっと一万人程度は落ち込む。配信を見るのはシードオンラインの内臓ARブラウザでも出来るし、理滅武器がドロップすることを期待して、すぐに天上回廊へと向かったのだ。
最も、その後に続く配信のコメント――ソロであの地獄を五百層以上昇って更に周回だって、と驚きの感情を隠せないものが続いていた。ランダム生成される階層を上へ上へと昇っていく形式のダンジョンである天上回廊の別の呼び名は地獄。このような形式のダンジョンは各バッチで一つ以上追加されている。
ランダンタイムアタック、などと称して百層昇る、または百層下る、までの時間を競い合う遊びも流行っていた。
だが、その中でも天上回廊は特別だった。そこだけ、異様に即死系統のトラップが多すぎるのだ。床を踏んだら真横から極太の鉄の槍が突き出てきました、とか、扉を開けようとノブに手をかけて回したら致死性の毒液付きの針が手に刺さりました、とか。兎にも角にも性格が悪い。
それを見ていたアリカはあぁ、と納得する。シャーロットが自分の権能を思う存分に駆使して、外れを引いたら死んでやり直す――それを延々と繰り返したのだろうな、と。このようなダンジョンでのシャーロットの死に戻りの権能はあまりにも強い。死にさえすれば自由にやり直しがきくのだ。そりゃあソロで気が狂ったような階数でも進めるといったものだ。
「で、刻の狂った話は置いておいて――三番目に俺が魔王の座に就いた。確か千人くらいを相手にしたが、率直に言ってしまえば……あまり目立つことはなかった。余りにも、大海と刻のスキルと実力が強すぎたからな――そもそも俺のスキル自体が、対人も出来るバフだ。人数を集め、配下を増やせばひき潰せるだろうが――まぁ、そこまでか」
今まで辺りの強かった配信のコメントが急に同情的になる。そもそもあの二人と同じ枠で考えるな、とか、光速ビームでクリティカル発生したら殆ど一確で落とせるのに謙遜が過ぎる、とか。一撃で落とせるのは間違いないが、それは相手が何の対策もしていなかった場合だ。アークロイヤルがいる陣営と当たる場合、その大半は須らく事前にアークロイヤル対策を取る――いわば、メタられる。
光属性に対してダメージ軽減が聞くアクセサリーを装備したり、光属性に対して強烈な防護能力を持つバフを予め掛けておいたり、など。その為、アークロイヤルがそういったイベントで前線に立ち活躍する機会は殆どない。陣営の裏で、あの強烈なシードオンライン最強のバフを味方へ掛けることしかしていないのだった。
「……ま、というわけでだ。紅蓮の、お前には派手な証明を俺は期待しているぞ?」
「余にそう言われてもな。……証明が必要ならばやるが、どうすればいい。エリア移動をすればいいのか?」
「あー、本当に見てないんだ。タカナシさーん、説明お願いしまーす!」
シャーロットの声かけでごほんと咳払いをしたタカナシが口を開く。
面倒な予感がしたアリカは恐る恐るといった様子で、プロデューサーの方を振り向いた。
「皆さんお待ちかね、魔王の証明の時間です! 証明への参加を希望される方はインフォメーションパネルから申請を……うお、これは凄いな。一万人規模のエリアでやるのは初めてなんだけど、こんな申請が来るだなんて――いやー万が一に備えてエリアが落ちないよう、過剰なくらい大きめのインスタンス確保しておいて良かった」
面倒な予感が嫌な予感へと切り替わった。今後の流れが想像できたアリカは、殆ど無意識の内に手元のマナ・ポーションの数を数え始め、そして、どれだけ今の自分の持ち物で戦えるかどうかを計算し始める。そして、なるべく目立たないようにパネルを操作しつつ見つけたのは――ささやきの通知だ。ささやき、とは個人と個人の秘密のチャットのことである。なんだとその通知を開くと、そこには予想外の名前があった。
「(差出人、LucentHeartSystem……これ、あのルーセントハートさんから!?)」
『元々はアリカさんのものなので、これをお返しします。きっとお役に立ちますよ』
これ、とは一体何を指しているのか――。通知系のログを指先でスライドさせ、同時刻のもの追っていくと――アーツ・クリスタルを入手しました、という不可解なログがあるのを見つけた。驚きをどうにか嚙み殺したアリカは慌ててインベントリを探る。あった。確かにあった――正体不明で不可解な、何が切っ掛けで入手したか分からないアーツ・クリスタルが。
大灼天紅蓮焔延天。マナを消費し、紅蓮の世界を創り上げる。アリカにはどうしてか、そのアーツ・クリスタルが他人の物とは思えなかった――。直感と感情の赴くままに、そのアーツ・クリスタルを利用する。インベントリからの直接使用により、アーツ・クリスタルが消え失せ、新たにアリカのアーツ・スロットへ新しい行が追加された。
「申請も終わりましたし――紅蓮の魔王が真に魔王足るか、証明してもらいましょうか! 魔王一人とプレイヤー五千人、余りにも理不尽で、無法足るこの状況を紅蓮の魔王は乗り切ることが出来るのか! 」
それを聞いたシャーロットはやり過ぎじゃないのかなぁ、と思わず苦笑した。確かにアリカは以前のイベントで参加した相手陣営のプレイヤーを壊滅させたが、今回はその時とは状況が異なる。なにせ、これは公式のイベントであり――参加しているプレイヤー層は前回と全くもって別物だ。中には廃人と呼ばれる層も参加している。最新バッチのレアアイテムで防御を固め、時にはリミテッドクラスのスキルまで持参して。
「……五千は過剰じゃないのか、タカナシ。そんな人数、相手できるのは大海と刻だけだろう。それこそ無法が過ぎるぞ?」
「極光さんの言う通りなんですがね。……ちょっとこちら側にも事情があって、この人数にせざるを得ないんですよ。本来の予定であれば、これまでの三回と同じく千人を上限に、だったんですが」
「俺は運営側の人間ではないが故、そこまで深くは聞かぬが――幾ら事情があるとはいえ、プレイヤーは人間だ。これまで上手くいっていたからこれでやろう、を繰り返して失敗した時に恥をかくのは運営もだろうが、一番はそのプレイヤーだろう。その時、それはこの世界から消えてしまうかもしれん。よく覚えておけ」
丁度、口を開きかけていたシャーロットの代わりにアークロイヤルが言いたいことを全て代弁してくれた。普段からそういう顔だけ見せていれば悪くはないんだけどね、とため息を零してシャーロットはアリカを横目で見る。真っ青な顔になっているかと思いきや――そこには、笑みを浮かべている彼女の姿があった。新しいものを試したくて仕方がない、そんな子供のような笑みだ。
アリカが颯爽と宵闇のドレスを翻して席を立つ。
そして腕を組んだまま、ステージ上から眼下を見下ろした。
「何をさせると思えば、そんな証明とはな。余が魔王足る証明が必要だと思われていること自体が不愉快だ――」
その姿を後ろから眺めているシャーロットは、ある種の確信を得た。ああ、彼女は劇場型だ――ロールプレイをし続けて後に引けなくなってしまったのだろうな、そこから吹っ切れてあんな立ち回りに回ってしまったのだな、と理解する。ちょっと煽りすぎたかな、とシャーロットが反省しても既に遅い。もう止められないアリカのロールプレイに痛々しさを感じつつも、シャーロットに何かアクションを起こす時間も、機会も残されてはいないのだから。
今までステージの目の前の観客席で歓声を上げ、紅蓮の魔王を讃えていた筈のプレイヤー。それのおおよそ半分の五千人が立ち上がる。彼らは魔王と相対する道を選んだのだ。魔王を襲名した彼女がどれだけの人間性能と、スキルを兼ね揃えているのか自らをもって確かめたくて堪らないのである。
当然、それぞれが担う武器もライト版などのイベントとは全くもって異なる。例えば最前列の侍のような甲冑姿のプレイヤーが持つのは、レアクラスに該当する刀武器――心打・改。濡れたような鉄の色に波打つような刃文は潮騒さえ幻聴させるかの如く。一度斬れば斬撃属性のダメージに加えて、スキルを発動させる源のマナさえも削る。
またその奥で、深い新緑に輝いている弓を引く骸骨姿のプレイヤー。彼が持つ弓は世界樹の依り代だ。最新バッチ”ユグドラシル”で解放された成長する武器であり、新緑のライトエフェクトは相応に世界樹の素材を費やし、鍛え抜いた弓であることの証明。射程範囲も既存の弓に加えて非常に広く、かつ、一部のスキルに対して威力の補正まで行われる。
タカナシが開始の合図をした。割れんばかりの歓声と、怒号の様な雄叫びが響き渡る。配信を見ている視聴者も、これまでに例がない五千人相手ということに熱くなり、凄まじい勢いでチャット欄が縦へ縦へと流れていった。
新たな魔王が生まれた際に行われる証明がこれだ。自らが魔王として相応しいかどうかを知らしめる儀式。任意のユーザーを相手に、魔王は自らのスキルを思う存分に振るい、駆使し、その冠名が自らの物だと証明しなくてはいけない。
一度に五千人というプレイヤーの攻撃対象になったアリカであったが――腕を組み、押し寄せるプレイヤーを見下すような恰好のまま、身動き一つ取らない。逃げも隠れもせず、たった一つのアーツを発動させる。
「……大灼天紅蓮焔延天」
アーツ・クリスタルを見て、このアーツの名前をみた瞬間から、アリカはこれの使い方を悟っていた。知らない筈のことを理解したのだ――それはとても不思議な感覚で、長い長い間、このアーツを使い続けてきたかのような、思い込みに近い。だが、いざ発動して見れば、やはりアリカの思惑通りに展開した。どうして既視感を遥かに越えた、確信めいた理解があったのかは分からない。
だが、アリカからしてみればそんな疑問はどうでも良かったし、違和感も感じてはいなかった。肝心なところは二つだけだからだ。一つ、自分がこの場で大恥をかかずに済むこと。一つ、この新しいアーツを早く扱ってみたかったこと。それが全てだったからだ――難しいことは事が終わってからゆっくりと考えればいい、それだけである。
「余は言ったはずだぞ、魔王の中でも余が一番だと。魔王の席にも辿り着けず、余の力も見抜けず、ただただ我武者羅に武器を振り上げることしかできない有象無象、いや、塵芥が……少し、無礼が過ぎるのではないか?」
アリカの足元に炎が奔る。それは一瞬で燃え上がり、地面を這い、辺り一片を全て吞み込まんとばかりに勢いを広めていった。溢れた熱が空間を歪ませ、次第に世界を塗り替えるかのように紅蓮の炎が侵食していく。気づけば、エリア一帯がアリカのアーツによって変質、支配されていた。
足元には紅蓮の炎で侵され、視界は陽炎の如く揺らぐ、まさに――炎そのものの世界。
「――余が紅蓮の魔王だ。膝を付き、頭を垂れろ、有象無象が」
銀の髪がばちばちと炎になって爆ぜる。自らが生み出した紅蓮の世界の中で、アリカは頂点に位置していた。この世界のすべてはアリカの為に在り、そしてこの世界のすべてはアリカの采配で行方が決まる。アーツ、大灼天紅蓮焔延天の発動によって殆どすべてを持っていかれたマナさえも、紅蓮の世界の加護を受けて急速に回復を始めていた。
「……イッチーさん。あれ、フィールド・アーツってもうリリースしてましたっけ?」
「いや、まだのはず。実装やテストが終わってサーバー側に配布は済んでますが、基幹AI側での解析と承認待ちのはず……」
タカナシは驚愕で息が止まりそうだった。シードオンラインのパッチや新規システムのリリースだが、基本構造は運営会社であるイノセントでシステムの実装やテストを行い、それを企画AIであるルーセントハート側にて解析と承認がされ、初めてプレイヤーがその新しいパッチやシステムに触れることが可能となる。
だがアリカが見せた――この紅蓮の世界は、次パッチであるライト・オブ・ソードで公開されるべきシステムである、フィールド・アーツだった。運営の目論見では非公開でリリースを行い、この領域まで辿り着いたプレイヤーがカウントされた時点で公開し、新たな五人目の魔王として迎える手筈だったのだ。それがどういった訳か、今冬リリース予定の新たなスキルのシステムが既にリリースされてしまっていて、それを四人目の魔王であるアリカ・ルーセントハートが既に手中に収めている状態。この現状に、タカナシは苛立ちを抑えきれず――ぎり、と歯噛みする。
「(――リリーススケジュールは運営側が握っていたはずだ。あの基幹AI、ルーセントハート。やってくれたな)」
こんなことが出来るのはたった一人、いや。たった一人格しかいない。基幹AIであるルーセントハートの意思だ。この後の予定をどう組みなおすか、シードオンラインの最高責任者である高梨信一は必死で考えを巡らせる。そもそも、今回の魔王のお披露目とて本来であれば千人ほどを相手に魔王の証明の場を設けて終わる筈だった。
「(篠原香と、篠原茉理の遺産か。確かにあれは新世代のAIだが……まったく、随分と面倒な構成にしてくれた)」
プロデューサーが苦々しい表情をしている最中、アリカは自らの世界の中で王として君臨していた。慌てふためくプレイヤー達を見下しながら、紅蓮の炎が燃え盛る地面の上でただただ腕を組み、白銀の髪を熱風に躍らせながら、涼し気に、そして優雅に眼下を仰ぎ見る。その光景は先程の自らの言葉――自分こそが紅蓮の魔王であると体現したかのようだった。
「流石に炎に対して対策はしているか、最も一部だけのようだがな。……余は知らなかったが、今立っている者どもは余と対峙することを知っていたし、また、それを望んできたのだろう。その癖に余の炎に対して対策を取らずに来ている痴れ者がいるとはな、まったく――考えが浅い。そして愚鈍。仲良く馴れ合いでもして貰えると思ったのか?」
燃え盛るフィールドに、ただ立っているだけでライフポイントがごりごりと削られていく敵対プレイヤー。自分に向けられる好機、感嘆、恐怖の視線が堪らなく気持ちいい。劇場型とはよく言ったもので、気分が大きく高揚したアリカは横目でプライベートモードのARブラウザを盗み見る。配信上でも様々なコメントが飛び交っており、その一つ一つが自分自身をぞくぞくと奮い立たせていくのが分かった。
「(――これ、これですよこれ。初めこそロールプレイって恥ずかしいって思ってましたけど、いざこうなってみれば、言葉にしがたい充足感がありますね。それに、このよく分からないアーツも大方直感通りでしたし、ルーセントハートさんには感謝しないと)」
新たな扉を開けたような感覚に陥っていたアリカは、改めて自分のライフポイントバー上部に付与されているバフのアイコンを確認する。深紅に燃え盛る炎のアイコンがそこに眩しく輝いていた。
――紅蓮の世界・大灼天紅蓮焔延天。残り二分四十三秒。
紅蓮の世界に存在する自分以外のプレイヤーに炎属性の秒間ダメージを発生させる。自らの炎属性スキルのクールタイムが半減する。自らの炎属性スキルのダメージが極めて大きく増加する。また、尽きぬ焔の約定による炎化にて消費するマナが半減する。また、ライフポイントがゼロになった際に紅蓮の世界を解除し、ライフポイントを全て回復する。また、マナ、或いはスタミナがゼロになった際に紅蓮の世界は解除される。
座ったままの、紅蓮の魔王の証明に立ち会わないプレイヤーにはダメージが発生していない。背後を一度振り向いてみれば、アークロイヤルも、シャーロットも、そして大海の魔王や運営側のプレイヤーにも同じくだ。どうやらこの場で戦えるのは、アリカと、証明に立ちあおうとしたプレイヤーだけのようであった。それを確認したアリカは思う存分に尽きぬ焔の約定を振るおうとスキルを起動させる。
「さて、五千だったか。何分持つかな、紅蓮の炎を相手にせいぜい抗ってみせろよ?」
自らの記憶の内。忘れるほど遠くにあったものを掘り起こしたかのように鮮明に浮かんだ、アーツ・大灼天紅蓮焔延天の利用方法。一度も起動したことがないのに、こんな効果があると確信を持って一発勝負の本番で起動した事実。それにアリカは違和感を欠片も持たないまま、思うが儘に恩恵を利用する。
紅蓮の世界によって大幅に強化された尽きぬ焔の約定が生み出す炎槍、炎剣が次々と打ち出され、その圧倒的な紅蓮の暴力の前に次々とライフポイントを全損させ、ポリゴンとなって散っていくアバター。
炎属性保護による耐性装備によって紅蓮の世界によるスリップダメージは防げても、アリカの生み出す炎は属性強度が強すぎて耐性が意味をなさない。それらの屠っていくことなど、アリカにとっては余りに簡単で造作もないことであった――。
紅蓮の魔王として暴威を振るうことおよそ一分と少し。気づけば眼前に立つプレイヤーは居らず、静まり返った炎が盛る紅蓮の世界の中でアリカだけが腕を組んだまま立っていた。その頬には薄ら笑いが浮かんでおり、小さな溜息を零して、ただ一言だけを零す。
「……一分ちょっとか。いささか数が多かったな?」
そうして、紅蓮の魔王の証明は幕を下ろされたのだった。証明に立ち会わないことを望んだプレイヤーは無傷のままだったが目の前で行われた一方的な戦闘に表情を凍らせて。そしてプロデューサーなどの運営人は苦い笑みを零しつつ、溜息を零した。
Tips: フィールド・アーツ
一人につき二スロット用意されているアーツ枠に該当するスキル。自らの行動やスキルを組み合わせた動きをアーツとして登録したり、或いは特殊なイベントで入手できるNPCのスキルをアーツとして登録することが出来る。
だがフィールド・アーツは入手条件が違う。特定のスキルの熟練度が最大値に達した状態で己が望む世界を欲した際に、基幹AIであるルーセントハートがそれを拾い上げ、アーツ・クリスタルとしてユーザーへと配布するのだ。それを使用することによって入手が可能となる。
フィールド・アーツはこれまでのアーツ同様にアーツ・スロットへ登録される。だが、その効果はアーツとは根本的に異なり、自らに有利な法則を持つ世界を創り上げるといったものだ。有効時間はアーツ使用者のマナ最大値に依存するが、おおよそ二分から五分の間へと収束する。クールタイム自体は二十四時間。これはシードオンラインの全スキルの中でも最長だ。
――本来であればシードオンラインの次パッチでリリースされる予定であったが、運営人の知らないところで先行リリースされてしまっていたようだ。




