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魔王アリカは怠惰に暮らしたい  作者: 398
魔王アリカは怠惰に暮らしたい

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14/36

13話 / ――余が来てやったぞ。

 その週末、シードオンラインは大いに盛り上がっていた。ゲーム自体のアクティブ人数や、ゲームを取り巻くイベントなど、他のVRMMOを比較してもシードオンラインは類を見ない程の人気ではあったが、公式に運営から新しい魔王の任命式を行う、というお知らせは更に多くのユーザーへと火を付けた。


 魔王という席は今まで三つ用意されていた。大海、刻、極光の三つである。刻の魔王はイベントなどがあっても一切姿を見せず謎に包まれていたし、大海の魔王はひょっこり出てきてひょっこり帰るという色々な意味であまり盛り上がらないタイプの魔王だった。そもそも、大海の魔王の場合は酒を買う金の為に魔王としてイベントに出ているだけだ、誰かを盛り上げるというよりも、出稼ぎ労働に近い。


 そうなると残るは極光の魔王。彼は積極的に表立ってイベントに魔王として出席していたが――いかんせん、華が無かった。彼のプレイスタイルを咎めるわけではないが、衆目の前でリアアバを使っていると公言し、女も金も好き、と言っている男だ。特定のニーズはあっても、全体を満たしてくれるものではない――。


 そんな状況の最中、超新星の如く現れたのが――アリカだった。


 イベントでは尽きぬ焔の約定やアディクションを駆使して相手陣営の殆どを派手に壊滅させ、更にはイベントの最中で魔王の名を冠するレイ・アークロイヤルをキルまでしている。途中まではフードを被っていたので顔バレはしていなかったが、隔離部屋から出てきた際に僅か一瞬ではあるがフードを外した素顔を配信に残されてしまっていた。


 今までイベントに出てくる魔王が殆ど極光の魔王という男しかいなかった状態で、見慣れない銀色の髪を腰まで伸ばした少女が魔王になるというのだ。盛り上がらない訳がなかった。本来であればどんな人物が魔王になるか、特定は出来ないはずだったのだが今回のケースは特別だ。何せ、紅蓮の魔王という冠名は既に公開されており、それに該当しそうな人物が直近のイベントで頭角を現していたのだから。


 任命式の当日、運営が特別に用意した控室――北欧風の家具で統一された部屋の片隅で、先のイベントの一位の景品である宵闇のドレスを纏ったアリカが居た。正確には、膝を抱えるように体育座りをしながら青い顔をして、騙された騙された、と怨念を零しながら、であるが。


「……聞いてないですよ、はい、聞いてないです。グラスさんもシャーロットさんも千人くらいって言ってたじゃないですか。なんなんですか一万人超って。倍ですよ倍、十倍! マルチ商法や詐欺に引っかかったと気づいた人ってこんな気持ちなんでしょうか、過去の自分を殴ってでも止めてあげたいです」


 その隣で呆れたように肩を竦めているのは――刻の魔王であるシャーロット。初めてアイゼンベルクでアリカと邂逅した時やイベントの時などに纏っていた紺色のローブではなく、クラシカルな趣の黒いワンピースに、皮で作られた深い灰色のロングコートを装備していた。足元は動きやすそうなレースアップ・ブーツ。


「そんな悪霊みたいな顔しないでよ……。んー、でも一万人超えって私も予想してなかったな。せいぜいが二千かと思ってたけど」


「二千でも千の倍じゃないですか! こんなことになるならロールプレイするだなんて言わなければ良かった……そもそも、魔王になりますーだなんてサイン自体するんじゃなかった……。私、まだ十代なのに自分の事を余とか言って、見下すような発言していいんですかね?」


「あはは、正直十代から自分のこと余って言っちゃうのはかなり痛いね。シードオンラインって数年で終わるようなゲームじゃないから、二十年後もアリカさんが魔王続けてたら三十路を越えても余だよ。いやー見てみたい見てみたい!」


「あああああああああ!? 」


 ぞわぞわと這い上がる鳥肌。それは恥ずかしさからか、それとも痛さからか。きっとどっちもだろう。どれだけアリカが嫌だ嫌だと嘆いても時間は止まらない。それに、ここでバックれてしまうことが出来るほどアリカのメンタルは鋼でもなかった。グラスから事前に聞いているのはちょっと喋ってスキルを見せてくれればそれでいい、くらいだ。時間にすれば五分、十分だろう。大丈夫、それくらいなら頑張れる――そう自分を奮い立たせ、部屋の片隅でアリカはぐっと両足に力を込めて立ち上がった。

 

 身に纏うドレス、その艶やかな夜のヴェールが絹擦れの音と共に踊る。刻まれている鮮やかな紅色の刺繍が、反射するように煌めいた。立ち上がって、両手で頬を一度叩き、表情をぐっと引き締める。そして腕を組んで見せれば、唯一無二であろう銀色の髪とドレスの色合いが上手く重なり合い、近寄りがたい雰囲気が滲み出す。


 現実の自らと同じ外見的特徴を持ったリアアバと言えども、シードオンラインが作り出すアバターには、しみやそばかすなどのようなものは存在しない。虫歯も存在しなければ、喋った時に見える歯もホワイトニングをしたかのように真っ白だ。例外的に、ほくろやしみ、そばかす、目の下の隈などを設定しなければであるが。つまり、基本的にゲームのアバターは男子や女子を問わず綺麗だ。アリカもそれに漏れず――黙って顔を引き締めて、自信を持って立てば、それなり以上に絵になるのである。


「これで良いか、シャーロット。……いくら痛いキャラと言えども、五分や十分くらいだろう。余からしてみれば造作もないことだな」


「おしいなぁ。後半で顔が赤くならなければいい雰囲気だったのに」


「……」


 恥ずかしさからで紅潮したアリカの頬を、シャーロットは右手の指先で摘まんでむにむにと弄ぶ。弄ばれているアリカ当人と言えば、頑張ったのに、と腕を組んだまま目を閉じてぷるぷると震えるばかり。その姿は先程までとは正反対、まるで小さく臆病な小動物を眺めているかのようだ。


 時計の短針が七を指した。夜の七時、魔王任命のオンラインイベントが開始される時刻である。出番が来たら頑張ってね、と言い残してシャーロットは控室エリアから公式で配信が行われているイベント会場エリアへと移動していく。控室に一人残されたアリカは、腹を括りますか、と諦めた様に溜息を零し――シードオンライン内臓のARブラウザを起動して、公式の配信を見ることにした。


 シードオンラインの最新トレーラー映像がオープニング代わりに映し出される。その右側には視聴者が任意で入力できるコメント欄があり、それが高速で下から上へとスクロールされていた。視聴者数は――始まったばかりというのに十万人を超えている。魔王の任命式があるのに加えて、今後リリースされるパッチ、つまりアップデートについてある程度の情報が開示される配信なのだ。


 初めてこの配信を見る視聴者、魔王に期待して見る視聴者、今後のアップデートを見るゲーム廃人寄りの視聴者、それらが一つの配信に集中した結果である。十万という数字に留まらず、時間が進むに従い、視聴者数は右肩辺りで増していく――。


 用意されたエリアの内、配信のメインとして映されるのは関係者やプロデューサーが座るステージだ。左から順番に、カスタマーコミュニティ部、データサイエンス部、スキル・アジャストメント部、シードオンラインプロデューサーの順番に、それぞれが思い思いのアバターでログインし、シンプルな銀製のスツールに腰掛けていた。


 対して観客となるシードオンラインのユーザーはざっと並べられた豪華な椅子に、ステージをわずかばかり見上げる形で座り込んでる。中空にはホログラフによる動画展開もされており、後ろの席でも関わらずステージ上の一挙一投が見れるように取り計られていた。期間として一週間もなかった抽選応募期間には――十万を超える申請が殺到したという。ここにいる一万人のユーザーは、その席争いに勝った幸運なユーザーだ。


 配信動画を撮影しているのは丁度親指程の球状のカメラであり、プロデューサーであるタカナシの全身を移すように、彼の付近でふわふわと浮いている。プロデューサーであるタカナシのアバターは短い金髪に、彼自身がデザインしたGM衣装を身に纏っていた。年はおおよそ三十から四十に見える程度。


 タカナシが装備しているのは、肘や袖口などにベルトのような意匠が施された、ジュストコールに近いデザインだ。色は深い海のような青色に、ところどころ金色の刺繍が施されていた。タカナシの本名は高梨信一、基幹AIであるルーセントハートを除けば、オフラインでのシードオンラインの最高責任者である。


「……まぁ、ここにお集まりいただいている皆さんは開発秘話よりもゲーム自体のパッチノートが気になりますよね。そこで、現行の魔王を呼び出して、解説も交えつつパッチノートに触れていきましょうか」


 インベントリから装備をしたのだろう、何もない虚空から不意に現れたハンドベルをタカナシが鳴らす。すると、エリア全体が暗転し――空間そのものを振動させるかのような、深い重低音が鳴り響いた。ばっと、運営側の人間が座っているステージ上に光が当たると――三つの人影がそこに在った。


「待たせたな! 極光の俺が来た! ……ふん、俺を出迎えるなら拍手と歓声で出迎えろ。文句を垂れるな――っておい最前列の貴様!? 今誰に中指を立てたか分かってるのか、顔は覚えたぞ!?」


「まぁ貴方はポンコツロイヤルだからねぇ……改めて、刻の魔王だよ。あーそうだね、フード外してきてるのは初めてかな、心境の変化ってやつ?」


「――大海。酒代の為に来ている」


 極光、刻、大海。三人の魔王がこうしてイベント時に集合するのはシードオンラインのサービスが開始されてからでも初めてのことだった。極光の魔王であるアークロイヤルは眼前のユーザーに対して指を向けながら文句を声高に叫び、刻の魔王であるシャーロットは予め起動しておいたプライベートモードのARブラウザを器用に見ながらコメントに返事をしている。


 その二人に反して――大海の魔王はただただ無反応。見た目は色落ちしたような灰色の甚兵衛と下駄を装備した年寄りだ。伸び放題の白髪に、顎下の髪と同じく白い髭。刻まれた皺は深く、僅かに開いて眼前を眺める瞳は鋭い獣の様なものを感じさせる。


「この俺が来たと言うのに酷い扱いじゃないか、まったく。……しかし刻のもそうだが、まさか大海の爺様まで出てくるとはな。やはり、爺様でも新しい魔王の冠が生まれたら気になるか?」


「……あまり、紅蓮の冠に興味はない。単純に酒代が無くなったから報酬目当てできているだけだ。まったく、ここ最近は年号付きのボトルの高騰が激しくてな」


「確かあんたの好みはウイスキーだったな。スコッチ? アイリッシュ? 又はジャパニーズ?」


「好みはスコッチ、普段から飲んでいるのはジャパニーズ。……いや、先に掘り出し物を買ってしまってな。貯金も全て吹き飛んだせいでこの場に来ている。笑うなら笑うといい、極光」


「いいや、欲しいものを手にする爺様の方針、俺は嫌いじゃない。笑い飛ばすなんてする訳がないだろう――しかし爺様、あんたが貯金を吹っ飛ばすって何を買ったんだ? そんじょそこらの高価な酒でも、そう値段が張るものではないだろう」


「――マッカラン・インペリアルだ。コンスタンチンというデキャンタに注がれていて、千七百五十本だけ作られた」


「……爺様、それ億だろ? 少なくとも百年前だし」


 配信中なのに趣味の話に花を咲かせ始めた二人。シャーロットは呆れたように溜息を零すと、このまま放置したらずっと話し込んだままだ、と判断して二人の装備の裾を掴むと魔王用に用意された、中世の王様が座るような椅子へと引っ張っていく。話を邪魔されたことからか極光と大海の二人が不満そうな顔をしたが、シャーロットがお仕事ですよーお仕事と言うと、そうだったなと納得した顔で椅子に腰を下ろす。


「しかし、話には聞いていたんですけど大海の魔王の酒好きは本物ですね。ちょっとばかり話がそれちゃいましたが、パッチノートの読み上げに入っていきましょうか。配信やホログラフにパッチノート概要を表示しますねー」


 手慣れた様子でプロデューサーであるタカナシが舵取りを進めていく。新しいパッチノートを見るのは、シャーロットやアークロイヤルも初めてだ。魔王の冠を掲げているプレイヤーとして、見落とせないなとばかりに視線をそちらへ集中させる。


 ――現行最新バッチ”ユグドラシル”に続いて、新パッチ”ライト・オブ・ソード”が今冬に公開予定です。

 ――新しい属性として”理滅”が追加されます。

 ――新しいスキルツリーとして”聖典魔術”が追加されます。

 ――新しいスキルツリーとして”聖歌”が追加されます。

 ――新しいスキルツリーとして”暗黒式典”が追加されます。

 ――既存のスキルツリーである”片手剣”に調整が入ります。 

 ――既存のスキルツリーである”短剣”に調整が入ります。

 ――既存のスキルツリーである”大鎌”に調整が入ります。

 ――既存のスキルツリーである”遠距離系統属性スキル”に調整が入ります。

 ――新しいハウジングアイテムが追加されます。また、新しい機能を持ったハウジングアイテムについても追加されます。

 ……他、細かいスキル調整系統。


「流石、メジャーアップデート。かなり調整とか追加入りますねー、これスキル・アジャストメント部の方がかなり苦労したのでは?」


「いやー刻の魔王にそう言われると、はい、そうですとしか僕からは言えないですね。実際どうでした、アジャストメントのイッチーさん?」


 スキル・アジャストメント部。それはシードオンラインにおけるスキル調整を専門に行う部署のことだ。プロデューサーであるタカナシも口を挟むことがあるが、基本的にはスキル調整は全てアジャストメント部の先導によって行われている。


 各スキルの発動回数、ユーザー事の所有率、平均ダメージや平均プレイヤーキル数まで、あらゆる統計を文字通り搔き集めクロス集計を行いデータを導き出し、そこから不遇と呼ばれるスキルが生まれたりしないよう、必死に調整をかけているのである。


 ――もっとも、それは基本的な公開されているノーマルからレアまでのスキルに対してのみであるが。”迸る極光の神威”、”歩み寄る死の拒絶”、そして”尽きぬ焔の約定”のようなリミテッドクラスの固有スキルについては調整の対象に含まれない。それらは、基幹AIであるルーセントハートが統括している範囲だからだ。


 イッチーと呼ばれて反応したのは巨大のウサギの着ぐるみを装備した人物である。ぴくりと作り物の耳を反応させ、どこか抜けたような女性の声が質問に対して応答する。


「はいーかなり苦労しましたー。特に剣のグループですね、ヤバいのは。……使用率高すぎるんですよ、剣グループ。使用率が高すぎるせいで大概の調整をかけるのに剣グループを基準にしないとわたしの神が降りたようなバランス調整が傾くんです。剣が半数越えなのに大鎌は僅か三パーセント未満ですよ、知ってましたこの事実? プロデューサーに文句を言う訳じゃないですけど、次バッチの名前ってライトオブソード、じゃないですか。ソードに惹かれて絶対また剣グループが増えると思ってるんですよね、調整のための集計データがまた膨大になって、わたしのリンカーの計算バジェットがまた死――」


「はいありがとうございましたーイッチーさーん、それ以上は楽屋裏で! なんか機密系もポロってしまいそうなんで!」


 焦った様子で会話を切り上げるタカナシに会場で笑いが起こる。確かに剣グループは多いですねーと、サポートするかのようにシャーロットは頷いて見せた。その隣でアークロイヤルと大海の魔王が、剣使うか? 儂は使わんが? と首を振っているのを見て、この魔王達は何をしに来たんだろう、とため息を零す。


 ――その後はつつがなくパッチノートの説明と、魔王による考察が入り混じって行われた。魔王と言っても、大体喋っていたのはシャーロットだが。アークロイヤルは、俺は使わんから関係ないな! とか、見栄えはいいな! などと 考察にもなっていない個人の感想を述べるばかりで使い物にならなかった。大海は大海でアークロイヤルと同じく、意味深な顔でうむ、と頷いたり、意味深な顔で確かに、と頷くだけ。このポンコツどもが、とシャーロットが内心で恨み言を呟くのも仕方のないことだった。


 そして喋りながらも、シャーロットは期待する。大きな大きな期待だ。


 シードオンラインの初期リリース時のパッチ名称は”ワールド・シード”。始まりの街から展開されるメインクエストで世界への認識を広げていき、そこから”リバティ・アズール”がリリースされて舞台は青い大海原へと移り変わる。その後は天空に浮かぶ島々などで展開される物語が詰まった”ザ・ヘヴン”がリリース、そして現行の最新パッチである”ユグドラシル”へと繋がっていた。


 どのパッチも最速クリア者は――シャーロット・シルクス、刻の魔王だ。己の権能と、先行リリースで運よく手に入れた理滅の短剣と共にクリアし、エンドロールに刻という魔王の冠名を刻み込んできた。次のパッチである”ライト・オブ・ソード”にも全力で楽しんで、新しい世界を駆け回って、名前を刻まなければ、という目標と、この世界がどんなふうに進んでいくのか、という期待。


 誰にもその感情を気付かれず心の深いところにそっと仕舞い込んだシャーロットは、長々と話しましたね、と大きく伸びをする。気づけばパッチノートの説明、解説だけで一時間半だ。そろそろシャーロットが楽しみにしていた、紅蓮の魔王の任命式の時間である。プロデューサーが上手く話を切るタイミングを作ったシャーロットに感謝しつつ話を切ると、続いては――ともったいぶるように間を取って、大きく指を鳴らした。


「続いては、遂に誕生した新しい魔王! その冠名は――紅蓮! ライト版決戦陣からもうこの話題ばかりでしたね、特に掲示板。確か刻の魔王と極光の魔王はイベントで戦いまで発展しましたね、どうでした、その時の感想は?」


「――最高。それに、彼女が魔王の席に座ってくれるっていうんで私も今ここに出席してますし……ま、びゅうびゅう先輩風吹かせちゃいますよ」


「あぁ、まぁやっぱりそうなるか。……アレの反射神経は怪物だな、それに持っているスキルも破格と来た。是非とも俺の配下に加わってもらいたいのだが、いかんせんイベントの時に送ったフレンド登録が無視されている。俺も先輩として、色々と上下関係とやらを教えなければあるまい」


 シャーロットがコメントした際、この配信を見ているユーザーからのコメントはかなり好意的なものだった。紅蓮の魔王よくやったとか、それでフード外してるのね、とか、悪意のあるコメントは皆無。既に個人同士で話す程度に仲がいいなど、百合疑惑が上がったりしたが、今現在の視聴者数は莫大なものである。誰に拾われることもなく、コメントの海へと流れて消えていった。


 それに反するように――アークロイヤルに対しての、視聴者の反応は酷いものだ。ナンパ男BANしろ、とか、無視されて当然だろう、とか、肯定的なものは殆どない。アカウントが停止されないように利用規約スレスレのアンチなコメントが流れていくのを、アークロイヤルはどうしろというのだ、と歯噛みして見つめていた。シャーロットに言わせれば、自分の行いを見つめなおせば良い、なのだが――己がやりたいことをやる、というアークロイヤルの行動指針の前には意味がないことを知っている。


「自業自得だね、ポンコツロイヤル」


「納得がいかんぞ。俺に対してコメントしているのは、簡単に言えば羨ましい感情の裏返しだろう? いわば嫉妬だ、行動をしない人間に何を言っ……!? ……!! …………!?」


 唐突にアークロイヤルの声が聞こえなくなる。

 口はぱくぱくと動いているのだが、声が出てこない状態であった。


「あ、でた。運営お得意のお喋りバン」


 苦笑しているのはプロデューサーだ。悪質なユーザーに対して行われる制限の一つで、ゲーム内部での会話が出来なくなるというものである。思ったことをそのまま口にしてしまうアークロイヤルがお喋りバンをされるのはこれが初めてではない――よくやったなどと、この当選してこの会場エリアにいるユーザーや、配信の視聴者から運営を褒めるコメントが投稿されていく。いわば、アークロイヤルが出席しているイベントでのお家芸みたいなものだった。


「さぁ、そろそろ新しい魔王のお披露目といきましょうか。……それでは、このエリアに来ていただきましょう!」


 再度、エリア全体が暗転する。しんと静まり返った数秒後――天から一本の紅蓮に燃え盛る槍がステージへと突き刺さった。新たな光源となった紅蓮の炎はステージを照らし、そして燃え盛る槍がぼっと轟音を立てて更に纏う炎の勢いを増し――槍の実体がゆっくりと溶け落ちていく。大気を舐めるように揺れ動く炎が、明確な輪郭を結んだ。


 熱風が駆け巡ると同時に、消えたステージと観客席のライトが点灯する。紅蓮の槍が突き刺さった場所には――腰まで伸びた銀の髪を靡かせ、燃え盛るような紅蓮の赤色を瞳に宿し、宵闇のタイトなドレスを纏った紅蓮の魔王がそこに顕現していた。


 元々、リアルアバターという本人の姿をそのまま利用したアリカの瞳は黒色だった。控室で課金ショップから魔王らしい雰囲気が出そうなアイテムを探していたところ、瞳の色を変更するアイテムが売られていたのを見つけたので、アリカはそれを買って黒から赤へ瞳の色を変更したのである。


 当然、シャーロットはそのアイテムの存在に気付いている。五百円、課金したなと苦笑しつつ――そこそこ雰囲気出てていいじゃん、と後で褒めようと思ったのだった。


「――余が来てやったぞ。しかしなんだ、ここは有象無象が多いな。空気が悪い」


 銀の髪の切っ先に僅かばかりの炎を灯しながら、紅蓮の魔王は呆れたような口調で顔を顰めて見せる。当然とも言えば当然だが――この配信はオンラインで公開されていて、ラインハルトやミコもリアルタイムで視聴していた。アリカのキャラの変貌ぶりに唖然として、二人でアカウントハックされたのではないか、変な物でも食べてしまったのか、等と騒ぎ始めたりていたりする。


「飛ばしてるねぇ、紅蓮の魔王さん。でも君は新入りだよ、少しは上下関係に気を遣ったら?」


 面白い玩具を見つけた子供のようにシャーロットが瞳を輝かせてアリカへと話しかける。余計なこと言わないでくださいよ、と内心で冷や汗を流して文句をぼやきつつ――ロールプレイをすることで必死なアリカが、シャーロットの問いかけに対して対応していく。


「あぁ、そういうことか。……じゃあ極光、君がそこの席に座っているのは可笑しいと思うぞ、先のお祭り騒ぎでは私に負けてるだろう。上下関係には気を遣うべきだな、どけ」


 冷めた瞳がアークロイヤルを捉える。いや、何で俺――と問いかけようにも、会話を制限されているアークロイヤルは発言することが出来ない。慌てて席から立ち上がり、遺憾だと身振り手振りで説明しようとした瞬間、問答無用で射出された紅蓮の剣がアークロイヤルを穿つ。爆発による轟音と衝撃を散らし、黒焦げになりながら吹き飛んでいくのを満足げに見た紅蓮の魔王。


「席が空いたな。ほら、話を進めようか」


 吹き飛んでいったアークロイヤルを見て静まり返った観客席。ぴたりと止まった配信のコメント欄。肝が冷えたアリカだったが――いざ空いた席に付いてプライベートの配信ブラウザを見れ見れば、よくやったと褒めたたえるコメントで溢れかえっていた。観客席からも雄たけびの様な歓声が上がっている。配信には、確かに極光の魔王負けてるのに同じ席に付くのは可笑しい、と頭語するコメントまで付いているではないか。


 プロデューサーは事前に聞いていた人間性と話が違う、と内心で焦りつつ。配信を裏で見ていたグラスは掴みばっちりっすね、と拳を握り締めつつ。紅蓮の魔王、アリカ・ルーセントハートに対して軽く質問するタイムラインへと進んでいった。――この件、ロールプレイをするという提案はグラスが勝手に行ったことであるとアリカが知るのは、ほんのちょっと先の話だ。


 勿論ではあるが椅子はもう一つ用意されている、プロデューサーのインベントリの中にだ。新しい魔王、アリカを讃えつつ椅子を出そうとした矢先に極光の魔王が吹き飛ばされたのである。出すタイミングを逸したタカナシは、一旦このまま進行するか、と焦りつつも紅蓮の魔王へ言葉をかけた。


「お越しいただきありがとうございます、紅蓮の魔王。プロデューサーのタカナシです。どうですか、魔王になった感想は。驚いたりしました?」


「いや、特に驚きも何もないな。感想というものもない。強いて言えば――まぁ、余なら当然というところか? 紅蓮の冠は気に入ったぞ、タカナシ」


 内心はもう恥ずかしくて死にそうなアリカ。半ばやけくそになりつつ、プロデューサーごめんなさいアカウント停止だけはやめてください、と懇願しつつロールプレイをこなしていく。ここまで来てしまったのだ。後はもうバレずにやり通すしかない――根性で薄ら笑いを浮かべ、軽薄な声音を演じつつ、アリカは応答した。


「魔王にそう言ってもらえると嬉しいですよ、楽しんでいただけるようで。……これで魔王は四人になった訳ですが、どうでしょう、自分は既存の三名の魔王の中でどれくらい強いか、とか自覚みたいなものってあります?」


「在り来たりな問いだの、いつもそんな質問ばかりしているのか。だが、そんなの決まっているだろう? 余が一番だ、他の魔王など霞よ。それに、他の魔王に同じことを聞いても、余と同じ回答をするのではないか? 魔王と言うからには自らが一位という自覚はあって然るべきだと思うが」


 アリカが視線だけで隣を見れば、僅かばかり頬を膨らませて、膝の上に乗せた拳をぷるぷると震わせているシャーロットがいた。まさかあれだけロールプレイを嫌がっていたアリカが、こんなにもノリノリで喋るとは思っていなかったのだ、笑いを堪えるのに必死な状態である。これが終わったら彼女を背後から刺しても許されるんじゃないか、そんなどす黒い怨念染みた感情をアリカは抱きつつ、魔王の紹介、質問は進んでいく。


 いざ実際にロールプレイをしたアリカ。プロデューサーのタカナシの質問に回答したり、時折、薄く笑い飛ばしたり呆れたような表情を見せてみたりすると、気持ちのいいくらい好意的な反応が視聴者や、最前列の観客席から帰ってくる。


 自らの一挙一投でこんなにも大衆が盛り上がってくれるのは初めての経験だ。隣でシャーロットが頬を膨らませてにやにやと笑っているだけが癪だったが、それを除けば――案外こういう、虚構の自分を演じてちやほやされるのも悪くはないんじゃないか――などとも思えてくる。


「(分かりました。今理解しました。これが所謂、姫というプレイヤー……! いやいや、こうしてちやほやされるの凄い気持ちいいじゃないですか、これは中々簡単に止められるものではないですね……!)」


 古今東西、VRMMOには姫という概念が存在する。一人の女性アバターのプレイヤーに対して、複数の男性プレイヤーが好意を示している、かつ、その女性アバターのプレイヤーが意図的にその好意を利用し、様々なメリットを享受している状態のことを指す。アリカがシードオンラインを始めてから知った概念である。


 大昔のVR型ではないMMOや、VR黎明期のMMOでは女性アバターを男性が利用することも可能であったため、いざ蓋を開けたら女性だと思っていたプレイヤーが男性で、今まで散々プレゼントと称して渡してきたレアアイテムがマーケットなどに横流しされていたりと、あまり良くないことが多発したようだった。


 最も、今現在のシードオンラインは仮想世界上の性別を変更してしまったこと――男が女になること、女が男になること――が原因による人格障害の発生の防止を目的とし、現実の性別から変更して登録することは出来ない仕様になっている。

 つまり女性アバターは女性で、男性アバターは男性と、大概は見ただけで分かるのだ。故に発生したトラブルも星の数とまではいかないが、事例として上がる程度には存在する。ラインハルトやミコが巻き込まれた色恋沙汰などがそうだ。


 ――紅蓮の魔王がシードオンラインを始めた切っ掛けは?

 ――魔王を魔王とするスキル、ヒントは貰えるか?

 ――メインクエスト、進めてくれてる? 感想があれば教えてください。

 ――イベントを見てたけど戦いに余り忌避間がなさそうだね?

 

 質問は多岐に渡った。切っ掛けなど、現実世界での自分の事情が入ってきそうなものは言葉を僅かに濁し、それっぽいことを言って誤魔化す。タカナシもアリカの返事の温度感でその話を続けたいのか、あるいはあまりしたくないのかが分かるようで、濁した質問に対しては大した深堀もせずに、次へ、次へと進んでいった。


Tips:酒


 この現代において年号が付いたウイスキーは貴重品となっている。VRの普及を切っ掛けとして、多くの人々がVRオフィスなどの恩恵を受けて家にいる時間が増えたり、グルメ関連の企業がリアルの生活を充実させようという触れ込みをして飲食店舗を充実させた結果だ。飲まれる機会が多くなった結果、原酒不足という根本的な問題に陥ったのである。


 特に古い銘柄のウイスキーに対してはプレミアを越えた超プレミアの様な価格が設定されており、オークションや知人のつてで紹介してもらったりなどと、当時の定価で手に入れるのは殆ど不可能な状態であった。


 金の話に乗じての余談ではあるが、この時代において居酒屋などで生ビールを頼むと安いところでも中ジョッキ一杯で六百円前後。高い店で頼めば二千から三千円程度と値が張るものになった。酒税法の改正により、嗜好品とされる部類のアルコールに対しての税金が大きく増えた為である。混合種類に分別されるみりんを除く、他全ての区分に対して1kLあたりに対する税金と、アルコール分1あたりの加算額が高くなっているのだ。



Tips:姫


 VRMMOをプレイする上で、一度は誰かから聞いたり、掲示板で見ることがある単語。大概は複数人の男性アバターからアイテムや装備を献上してもらったり、大いにちやほやされたりする女性アバターのプレイヤーの事を指す。ある種の差別的な用語の為、シードオンラインが生まれた現代では大半のプレイヤーはそう思っても口には出さず、巻き込まれるのを嫌って静かにギルドを去ったりするのだった。


 ――真偽は定かではないが、姫は同じグループに一人以上存在できないらしい。

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