10話 / 愛を語るべく
刻の魔王――シャーロットは視線を僅かにずらし、自らの赤いライフポイントバーの上部を見た。そこには金色の剣、金色の盾、緑色の紋章が刻まれた小さなアイコンの合計三つが表示されている。極光の魔王、アークロイヤルのスキルによるバフだ。攻撃力、防御力、そして自動回復であるリジェネ。あれも抜けているところが無ければ有能と称えていいんだけど、そう小さく呟く。
「……で、シャーロットさん。なんだか頼もしい助っ人みたいな感じでパーティを組んで頂いたのはいいんですが、案とかあったりするんです? 私のスキル、あんまりアレと相性が良くなさそうで、出来れば接近戦は避けたいんですけど」
「んー、まぁなんとかなるんじゃないかな。これはゲームだし、失敗しても死ぬわけじゃないから、色々試してみようか」
シャーロットは何でもないことのようにそう言った。シリカ・ルーセントハートが持ちうるスキル、解けぬ氷の誓約によって五月雨の如く打ち出される氷の槍を器用に避け、時には理滅――あらゆる属性に対して特攻を持つ唯一無二の短剣で薙ぎ払いながら。アリカはシャーロットの背後に隠れるように、シャーロットが落とし損ねた氷の槍を自らの炎で焼き落としていく。
「時に、パーティに極光さんっぽいのがいるんですけど。彼は何をしてるんでしょう?」
「ポンコツロイヤルね。あいつはこう言ってたよ、お披露目の服を詰め込んだり、派手に祝福するためのエフェクトアイテムを持ち込んだらライフポーションが持ち込めなかったから後方支援だけしてる、って。いやー、アリカさんはあんなのになっちゃダメだからね?」
「――人のことをナンパはするし、肝心な時にいらっしゃいませんし、ポンコツロイヤルさんっていうのも納得かも……いや、本人の前じゃ言えないですけどね」
避けきれない、そして理滅の短剣で打ち落とせない氷の槍がシャーロットの左足を捉えた。膝の位置を穿ち抜いた氷の槍は、ぱきっと軽い音を立てて一気に直撃した膝周辺を凍り付かせていく。動こうにも動けない強制停止。それは、シリカ・ルーセントハートを前にしては余りに致命的だ。一瞬でシャーロットの全身が氷の槍に射抜かれ、アバターがポリゴンとなって砕け散る。慌ててアリカがその場から脱出しようとするも――その瞬間に世界が回転し、シャーロットの左膝に氷の槍が命中した直前まで巻き戻る。
「そろそろいこっかな、ついてきてよ、アリカさん」
じっ、とシャーロットが右の逆手に構えた短剣に赤いライトエフェクトが灯った。理滅属性特有の黒い稲妻と、淡い赤に包まれた短剣が無作為に踊る。その剣閃は先程、世界が巻き戻る前にシャーロットの左膝を射抜いた氷の槍を正確に切り落として尚、止まることなく振るわれ続けた。そのままシャーロットは身体を前に倒し――迫りくる氷の槍など恐れず、一気に駆け抜ける。
「やっぱり面倒ですね――シャーロット・シルクス。押し付けられた死亡判定も覆して、理論上出来ないはずの短剣スキルの連打……あなた、この世界に何年いるんですか? 私でもそんな短剣だなんて次スキル受付時間の短いものを重ねるだなんて難しいんですが」
――良く見ればシャーロットが振るっている短剣の赤いエフェクトが一瞬途切れるタイミングがあった。二回、横と縦で十字のように切りつけた後だ。その後、再度赤い光が灯り――アリカの、ゾーンに入った状態の視覚でかろうじて追える程の速さで袈裟に斬りつけている。短剣二連撃スキルであるツインエッジ、そして短剣強一撃スキルのシングルインパクトを、クールタイムを無視して繰り出し続けているのであった。
それぞれのスキルの後に設定されているごくごく短いスキル受付時間中に、適切な体勢から再度スキルを放つことによりクールタイムを無視して放つことが出来る、シードオンライン上における裏テクニック。近接スキルだけではなく、遠距離スキルでもこれは可能であり、魔術系の攻撃であればそれはデュアルスペルなどと呼ばれている。
「……そりゃもう、伊達に刻の魔王だなんて呼ばれてないから。ログイン時間だけは自信あるよ、私。多分だけど、シードオンラインで一番ログインしてるんじゃない?」
遂に途切れたシャーロットの連撃。それを見たシリカが特大の氷の槍を放つが――シャーロットの左腕が、それよりも早く突き出された。
「残念。護るだけなら、そんじょそこらのタンクより強いと思うな」
シャーロットの瞳が深い青に輝き、空間が歪み出す。伸ばした左手の先。そこに剣で少し突けば破れそうな灰色のヴェールがシャーロットとシリカの間に障壁のように張られた。その灰色は、時の流れが静止した証。アリカはそれがイベントの時に自分を拘束したスキルと同一と理解する。それと同時に、対物対人以外に、空間に対しても作用するとかチート臭くありませんか、と呆れたように溜息を零した。
氷の槍は地表を凍らせてながらグレーのヴェールに衝突し、ばきばきと音を立てながら崩壊していく。止まった空間の先には何人たりとも先に進むことは出来ない、それが例え無機物であろうとも静止した時間を超えることは出来ないのだ。シードオンラインというシステム上で最強の盾を見せたシャーロットは、その灰色の向こうで不愉快そうに唇を噛むシリカ・ルーセントハートを一瞥する。
「ま、偉そうで特殊っぽいイベントのボス相手でもなんとかなりそうだね」
「……私、知ってますよ。掲示板で見ました、これシャーロットさんに私がキャリーされてません?」
キャリーされてる、つまり弱いプレイヤーが強いプレイヤーにフォローされてる、そう口には出しつつも氷の槍による五月雨の攻撃が止んだことで手が空いたアリカは、自らのスキル――尽きぬ焔の約定の攻撃先と出力を切り替える。じりじりと熱風によって宙を舞うアリカの銀の髪、その先が真紅の炎を灯し、急速に辺りの気温が引き上げられ――中空に三メートルほどの燃え盛る剣が三本ほど顕現する。
「……いやー、私の知ってるキャリーされてる人はそんな濃いマナ溢れさせてる攻撃スキルだなんて出さないんだけどな? 多分、アリカさんのそのスキル、魔王を含めても一番攻撃力高いんじゃない? 厳密に数値で測れるものじゃないから、正確にはわかんないけど」
「それはまたご謙遜を……」
射出された炎の剣がシリカ・ルーセントハートを捉えた。だがそれは直撃とは至らない――直前で彼女を中心として生み出された青く透き通る氷の薔薇の花弁に触れ、その時点で爆発を巻き起こしただけだ。
びしびしと炎さえも巻き込み成長していく氷の薔薇。その花弁一枚一枚は分厚い氷、その中心にいるシリカ・ルーセントハートには傷一つ付いてはいない。スキルを放った手応えとして、アリカがかつて相対した騎士であるユークリッド・アルセウス――彼のライフポイントを五パーセント削った際と同じ感覚を覚えてたアリカは、この結果に納得がいかないとばかりに眉を下げた。
「……シャーロットさん、あれ、いけます? 私、今のがアディクション以外での遠距離最大火力に近いものだったんですけど」
「多分この短剣ならいけると思うけど……あまり近寄りたくはないかな。アリカさんならもう分かってると思うけど、私のスキルにも詰みになるシーンはあるんだよね。例えば、どう足掻いても何回試行錯誤しても、死ぬしかない時とか」
アリカは少し悩んだ後に、とりあえず聞いてみることにした。
「――詰みって、例えば死んで戻っても死ぬしか出来ない、そんな時です?」
「うん、そうそう。アリカさんは多分見えてるよね、死に戻る前の世界。あれ、他の人には見えてない筈なんだよね。だって巻き戻った世界の話なんだもん――多分だけど、VR適正が極めて高くないと見れないかな? こうしてしっかり言い当てられたの、アリカさんで二人目だよ」
肩まで伸びた黒い髪を揺らして笑って見せるシャーロット。そこにはバレてしまった、という焦りはなく、寧ろ自分に着いてこれる人が増えた、という喜びの色があった。
刻の魔王を魔王として君臨させているスキル、それは――"歩み寄る死の拒絶"だ。それが与える権能は単純明快、自らの死を無かったことにするという他に類を見ないもの。自らが死んだ際に二秒までの直前の時間軸を選択し、再度そこに舞い戻ることが出来る一見して無敵のスキル。シードオンラインのルールを大きく塗り替える権能ではあるが、無論、弱点は存在する。
死ななければ過去に戻れないのだ。つまり、足を止めてから殺してしまえばいい。絶対に逃げられない、例え死に戻っても回避できない状態にすれば詰みなのである。今回、シャーロットが危惧していたのがそのパターン。
「例えばあの青い薔薇に近づいた瞬間、氷漬けにされて時間をかけて殺される。あるいは、いきなり地面が凍り付いて足を止められて氷の槍の的にされる。……詰みパターンがいっぱいだね、出来ればアリカさんに頑張ってほしいんだけどな」
にっこりと頬の横でピースをして笑顔を見せるシャーロット。
アリカはそうなりますよねぇ、とシャーロットと入れ替わるようにして前へと駆け出す。
「――おい、ポンコツロイヤル! バーストするよ、バフ盛って盛って!」
黒髪を翻しながらシャーロットは背後へ飛び退く。途中で極光の魔王、アークロイヤルへバフを寄越せと叫び、そして右手に構えた理滅の短剣ごと、大きく肘まで曲げて背中側へと引き絞った。理滅の短剣が赤いライトエフェクトに包まれる。シャーロットが準備しているのは――短剣単発投擲スキル、ナイフ・シュート。
シャーロットの要望に応えるかのようにアリカを含めた二人に金色の粒子が舞い降りた。アリカはシリカ・ルーセントハートが纏う氷の薔薇へ向かい駆けていく中、自らに掛かったバフを確認するために視界を一瞬だけ傾け、今日だけで何度目か分からない溜息を零すこととなる。
「……ポンコツさんだなんて呼ばれてても、魔王は魔王なんですね」
――極光の剣。物理攻撃力・防御力アップ特大。
――極光の盾。特殊攻撃力・防御力アップ特大。
――極光の聖域。リジェネ効果特大。クリティカル判定の攻撃を受けた際、聖域を消費して攻撃を無効にする。
――極光の加護。致命傷を受けた時、一度だけライフポイントを一残して耐える。その後、ライフポイントを半分回復する。
――極光の頂き。アンデッド属性、闇属性に対して与ダメージを特大アップ。受けるタメージを特大ダウン。
――裁きの雷槌。相手にダメージを与えた際に総攻撃力の百パーセントの雷撃で追撃。
それはシードオンラインにおける最強のバフだ。極光の魔王のスキルによって強化された味方は、戦場を支配する兵器となりえる。凄まじい勢いでライフポイントが回復し、一度ではあるがクリティカル判定による致命傷さえも押しのけ、攻撃力、防御力特大というバフを受けた状態になるのだ。同じくらいの力量の相手でも、剣を三回交わせば逃げる事しかできない、そう悟るほど。――そもそも、そんな力量が同じ相手が三回も剣を交わすことは出来ないだろうが。
「一分以内で片づけようか――ミスったら私が戻す、安心して心臓を捧げてきてね!」
シャーロットの右腕が掻き消え、ナイフ・シュートにより理滅の短剣が投げ放たれた。ゾーン状態に入り、人外の域に達しているアリカの視界でさえも、放たれたナイフを捉えることは出来ず――黒の稲妻を纏い、深紅のエフェクトを散らし、理滅の短剣はシリカ・ルーセントハートの身を護る氷の薔薇の花弁の一枚へと突き刺さる。切っ先が花弁に触れた瞬間、ぱきんとあまりにも呆気なく花弁は氷の塵となって掻き消え――おおよそ七枚を完全に破壊し、勢いをなくして地面へ軽い音を立てながら刃を突き立てた。
地面に突き立ったと同時に、がぎんと重い破砕音。辺りを侵食していたシリカ・ルーセントハートの氷の薔薇の蔦の浸食が止まる。
「やっぱり地面を這う結界みたいな、大地起点のスキルだったね」
氷の薔薇――それは自らの足元を中心に展開される攻撃・防御を兼ね揃えた結界スキルだった。理滅の短剣によってスキルの発動、そして効果そのものを滅ぼされたシリカ・ルーセントハート。彼女が纏っていた氷の薔薇が次々と溶け落ちていき――苦々しい表情を見せて一歩下がろうとした時には、既に点動を発動させて最高加速度を得たアリカが、眼前へと飛び込んできていた。
「……まぁ、これでルーセントハートさんのオーダー通りですね。あぁ、やっぱりプレイヤーと同じアバターじゃ魔王二人相手には勝てません。どうですか、チート三人で平凡かつ純粋無垢な私をキルする気持ちは?」
「――私の事を煽ってきた相手をキルするのって、さいっっ……こうに気持ちいですよ……!!」
「ま、キルだなんて言いましたが、残念ながらそこまでは辿り着けませんよ、リミテッドクエストのクリア判定を上げるだけです。ちゃんと書いてありますよね、詳細に一定時間、生き残ることって――それが例え三分でも五分でも、私の都合でどうにでもなるんですよ。ほんと、残念でしたね」
「……っ、アディクション!!」
顕現した炎の剣はこれまでで一番、巨大だった。二十メートルはあろうかという紅蓮の大剣がシリカ・ルーセントハートの頭上に現出し、訪れていた冬至を全て吹き飛ばす。じゅうという音と共に水分は蒸発し、景色は熱で大きく歪み始めた。自らを守る手段はないし、あったとしても先に私の剣がこの不気味なAIを吹き飛ばす――勝利を確信しつつ、アリカが溜めを解き放った。
だがしかし、その紅蓮の大剣は突如として天から降り注いだ一筋の銀閃により両断し、霧散する。そしてアリカとシリカ・ルーセントハートを阻むかのように、青白く輝く剣が都合十本、天から降り注いだ。呆ける間もなく、アリカは嘘ですよね、と叫びながら慌てて地面に足を付けると、黄金の心臓による消費スタミナがゼロになるという権能を思う存分に利用し、背後へ向けて連続で点動を発動させ剣の雨という難から逃れていく。
シリカ・ルーセントハートを護るように降り立ったのは――かつてアリカがリインカーネーションの森で相対したエリアボス、ユークリッド・アルセウス。眩い銀の鎧、そして兜に身を包んだ彼の表情は伺えない。それでもアリカは肌で、抜身の剣の様な、近寄りがたい鋭い覇気を感じ取っていた。
「まさか、こんな再会を果たすとはな。アリカ・ルーセントハート」
「……へぇ、新しく出てきた騎士さんと知り合い、ね。アリカさんとは是非とも一晩、語り明かしたいな?」
背後にいた筈のシャーロットが、突如として音もなく前へと飛び出した。うわっと、アリカが思わず体勢を崩すほどの至近距離を過ぎ去ると、彼女は落ちていた自らの理滅の短剣の柄をだんと踏みつけ、短剣を荒れた地面から跳ね上げる。跳ね上がった短剣はくるくると回りつつ、まるで吸い込まれるようにシャーロットの差し出した右の掌へと収まった。
直後、その刃が黒い稲妻に赤いライトエフェクトを纏い始める。あらゆる属性に対して特攻効果を持つ理滅の力であれば、確かにあの騎士、ユークリッド・アウセウスの装甲も貫けよう。だがシャーロットがスキルを発動する以上に――騎士、ユークリッドの剣は速かった。これ以上間合いに入らせないとでも言うかのように、シャーロットを中心として周囲を塞ぐよう円状にマナから生み出された流転の剣が生成される。
「――ずる、ッ!?」
一切の躊躇いもなく。そして、ゲームとしてクリアさせようという意図も感じられない程。それはどうしようもないほどに、ただの処刑器具でしかなかった。同時に十本――内二本は打ち落とし――残る八本の剣がシャーロットを突き刺し、ライフポイントを全損させた。いくら極光の魔王による最高のバフがあろうとも、一本一本が致命に至る都合十本の集まりの前では、何の備えにもならない。
僅かばかりのシャーロットの叫びを引き金に彼女が持つスキルである、歩み寄る死の拒絶の権能が発動する。
そして巻き戻った世界で、シャーロットが牽制代わりにサブ武器である銀色のナイフを投げようと手に取った瞬間。何の予兆もなく飛来した十本の剣がシャーロットを吹き飛ばした。アバターが衝撃で宙を舞い、薄れていく視界の中。呆れたようにシャーロットは吐息を零す。そして思わず、本音を口にしてしまう。
「ごり押しって、最低だよほんと!」
アリカには告げていないシャーロットの権能の情報。それは単純なクールタイムの存在だ。歩み寄る死の拒絶を用いた死に戻りには、巻き戻しても回避不可能な状態での致命傷の他にも、詰みとなるパターンがあった。それが、死に戻ってから二秒以内に倒されること、だ。クールタイムが指定されていなければシャーロットが自殺を続ける限り、遠い過去へも遡れてしまうこととなる。
あまりにもクリアさせる気のない攻撃。イベントとはとても思えないそれに呆けていたアリカ。シャーロットのアバターがぱきんと音を立てて消失したと同時に、はっと我を取り戻し、ユークリッドへと紅蓮の槍を細切れに放って見せる。だが燃え盛る切っ先は厚い氷の壁に阻まれ、届くまでには至らない。
「……しばし待て。舞台を整える」
そこから先の光景は圧巻だった。騎士が眩い銀の剣を天に掲げれば、それに呼応するかのように眩いライト・エフェクトが辺り一面へと溢れ出す。そうして降り注いだのは――おびただしい数のマナの剣。青く澄み渡る剣が、アリカ以外のすべてのプレイヤー目掛けて天より放たれたのだ。響き渡る悲鳴、そして掻き消えていくアバター。アリカ以外の全てをこのイベントステージから消し去らんと、剣の裁きが降り注いだ。
足掻いて足掻いて、アリカ以外の最後のプレイヤーの一人だったのだろう。視界の片隅に映るパーティーのウィンドウに存在していた、アークロイヤルのライフポイントバーが全てグレーアウトした。それを境目として剣の裁きは止まり、静寂だけがこのイベントステージである荒野を支配する。
「いや、え……。何がしたいんですか、これ。なんで、私だけ残して、避けることも出来ないような、攻撃を――」
騎士は答えない。それは自分の役目ではないとばかりにシリカ・ルーセントハートへ目線を飛ばす。その先の彼女は頬を緩めて笑っていた。戸惑い、困惑するアリカを見て、満足そうな笑みを浮かべていた――。それがアリカの感情を逆立てる。ぐっと拳を握ると感情のブレのせいだろう、意識的に尽きぬ焔の約定を起動していないのにも関わらず、ぼっと腕の一部が炎へと転換された。
「初めてのリミテッドクエスト、クリアおめでとうございます、アリカさん。あーあ、あのリインカーネーションの森で諦めて、飽きて、呆れて、そのままログアウトしていた方が良かったかもしれないのに」
「……どういう意味でしょうか。ていうかあなた、私がその森に居た時から、何かのスキルか権限で覗き見してたんですか!?」
「別に気にしないでくださいよ、どうせゲームなんですから。浮かぶ疑問も、突っ込みも分かりますけど、今だけは集中して話を聞いておいてくださいよ。なにせ、今この空間は全てのログの収集対象外なんですから、後で見返そうと思っても見れません。運営者も、サーバー管理者も、どんなレイヤーからでも参照できませんからね。ああ、基幹AIは別ですけど」
――やはり、理解ができない。
それでも何となく、アリカはこのシリカがこれからいう話をきちんと聞いておかなければ、そう思った。
「私からあなたへ話すことは二つだけです」
うっとおしそうにシリカはフェイスベールを外し投げ捨てる。アリカとまるで鏡写しのように瓜二つの顔がそのベールの下から現れた。難癖をつけるのであれば目元が少し違うくらい、だろう。そして長い黒色の髪を両手で纏めると、器用に革紐らしきもので止めてポニーテールにする。髪の色と同じ黒色の瞳が、アリカをぐっと見据えた。
「愛を語るべく。これは三部構成です――あと二回、頑張ってイベントを受託してクリアしてくださいね。……ああ、本当は教える必要もないんですけど、教えなくちゃいけない、そういうオーダーなだけです、難しいですよねー縦社会って」
貴女が縦社会などと口にするか、と思わずこめかみを抑えたユークリッド。それを尻目に思わず口を挟もうとしたアリカだったが、遮るように前へ出されたシリカの手が、それを止める。
「質問は無しにしましょう。あまり、こういう特別なフィールド領域を確保しておきたくないんです」
「……最も、それで迷惑を被るのは貴女ではないはずですが」
「ユークリッドさん。口は災いの元ですよ」
シリカは前へ出した掌の指を折る。
人差し指と中指だけを立てて、アリカへ向けて二つ目、と示した。
「アリカさん――いいや、そう呼ぶのは相応しくないですね」
僅かにシリカの眉尻が下がる。そこにはほんの僅か、少しの迷いが見て取れた。だがそれでも彼女は言わねばならないか、と、覚悟を決めたかのように瞳を細めると、一度閉じた口を再度開く。
「――篠原里香さん。あなたはもう一度、確かめなくてはならない事があります。いつでも構いません、リンカーを外して、深呼吸して、確かめにいってください。きっと今、あなたは思い出せませんよね……ご両親が事故死した日付」
「――」
初めは本名をオンラインゲームの中のAIが口にしたことで驚いた。だがそれ以上に――シリカ・ルーセントハートが口にした言葉が胸へと突き刺さる。呼吸さえも忘れる程に。確かに、自分の両親が死んだ日はいつだったか思い出せない。事故に遭遇した日付が、ぽっかりと空いている。自分が直後に入院して寝たきりになった、その日付だ。一度聴いたら、忘れるだなんて出来ないはずなのに。
「お父さん、篠原香。そして――お母さん、篠原茉理。二人の軌跡をなぞってみてください」
シリカ・ルーセントハートが表情を隠すように落としたかと思うとそのまま背後を振り返り、イベントは終了です、そういわんばかりに手のひらを叩く。すると、アリカの視界にイベントクリアの通知が流れ込んできた。荒野のフィールドはゆっくりと光の粒子になって溶け始め、そして真っ白の空間へと塗り替えられていく。
背中を向けたまま、シリカはついで、とばかりにアリカへと声をかけた。
「あと、一日に何分もゾーンに入り浸るのは止めておいた方がいいですよ、アリカさんに限ってですけど。二、三分までがお勧めです」
そうしてシリカ・ルーセントハートは光り輝くライトエフェクトを散らして消えていく。それに続けてユークリッドも膝をついたままの姿で追うように消えていくが――最後、消える直前にぼそりと言葉を残していった。
「あまり憎まないで欲しい。あの方は、少し長く一人を味わい過ぎたのだ――」
次々と津波のように遅いかかる情報の波を前に、アリカはただただ立ち尽くす。そうして役目を終えたフィールドから強制転移という名前の追い出しを食らって、元々開始前に訪れていたミコのアパートヘと戻って。ラインハルトとミコに身体を揺さぶられるまで、呆けた顔を見せる事しかできなかった――。




