0話 / 紅蓮の魔王様
――VRMMO、シードオンライン。この時代、VRMMOと言えばこれ以外にないとまで言わせたほどのタイトルだ。基礎レベルはあれど、戦闘、生産の殆どが取得するスキルで決定されるゲーム性。システム的なアシストによって初心者でもある程度戦えるし、上級者になれば実際の経験を元にもっと精密な動きが実現できるゲームバランス。そして何よりもVRで描かれる繊細なグラフイック。
多くの人々を虜にし、そして数多のプロゲーマーやストリーマーを生み出したシードオンライン。そのゲームの中で今、最大級のイベントである「世界決戦陣」が開催されていた。
世界決戦陣とは運営がピックアップした五つのギルドと、ギルドランクの上位同士がそれぞれプレイヤーを選出し対人戦を行うイベントのことだ。鮮やかなグラフイック、そしてテクニカルな動作、選りすぐりの戦術。配信サイトでもこの時期になると、上位のほとんどをこのイベントの配信や動画が占めるといえばどれだけ人々がこのゲームに熱狂しているかが分かるだろう。
そして今、そのイベントの中では――廃れた古城の玉座に腰掛け、腕を組み、どこか冷たい眼差しで眼下を見下ろす銀の髪の少女がいた。腰まで伸びた銀の髪は暗闇の中でも鮮やかに光り輝くようなエフェクトを舞わせており、紅色の瞳はまるで瞳孔の奥に焔を宿しているかのように揺らめいている。纏っているのは艶やかな黒色のドレス。金糸の刺繍が散りばめられており、これもまた、怪しげな赤色のエフェクトを放っていた。
「……配信カメラ、アリカさんに当たってますよ」
そう声をかけたのは、主を護る騎士のように彼女の隣に立つ男だ。鮮やかな金色の髪に、眩いばかりの白銀の鎧。手にした剣は両手を添え古城の床に突き立てられている。幅広の両手剣には絢爛豪華な装飾がこれでもかと散りばめられており、舞い踊る青白い光の粒子のようなエフェクトを見ても、ただの武器ではないことが一目でわかった。
「えっ、ちょっと、もっと早く言ってよ……んん」
銀の髪のアリカと呼ばれた少女は軽くのどを鳴らす。そして、くわっ、と眉間を顰めると――宙に漂う配信カメラへ蔑むような視線を向け、冷たい温度の言葉を投げ放った。
「――またお前らか。よくも飽きずに見続けられるものだな……安全なところで傍観する程度しか出来ない雑魚なのか? あぁ。どうせ気持ち悪いコメントで、そうです、だなんて書き込んでいるのだろう。気持ち悪い、性根が腐った豚以下だな。まったくもって、余には出来ないことだ」
アリカの頬がひくひく震えている。隣に立つ騎士の男は、どうにか笑うのを抑えて、主を護る騎士をロールプレイし続けることに成功した。この配信カメラは公式のもので、準決勝戦となるこの試合を映しているのだ。もっともアリカの言う通り、その配信上ではありがとうございます、だの、御身の手で仕留めていただきたいです、というようなコメントで溢れかえっていたが。
「……そろそろ来ますよ、アリカさん。作戦はどうしましょうか」
「自分で考えろ犬」
「僕相手にロールプレイ、必要あります? 割と心に来るので、もう少しオブラートに包んでほしいのですが」
敵が来ていることなど分かっているのだ。自らの探知スキルが一分ほど前から、探知圏内に敵プレイヤー五名が入ってきていることをアラートとしてならしているのだから。最も、アリカと騎士の男は同じギルドであり、運営からの要望もあって、通常五名で戦うこのイベントを僅か二人という人数で参加している。相応に仲が良い――わざわざ普段から作戦を聞くだなんてしない程度には。
「……いつも通り、じゃれてきた豚共を落とせばいいだけだ。作戦だなんているか? 余に無駄なことを逐一喋らせるな、疲れるだろう」
「アリカさん頬、頬! 引き攣ってますって!?」
咄嗟にカメラから顔を背けたアリカ。震える肩が、どうにか溢れ出る笑いを隠しているように見えないこともない。日頃からロールプレイしてても素をぼろぼろと出してしまっているので、彼女を追っている視聴者からすればどんな顔をしているかだなんて丸わかりだ。案の定、ポンコツが出てますよ魔王様、だなんて煽るかのようなコメントが次々と配信に記載されていく。
「ん、んん……! 普段こんな口調してないの分かってるじゃないっすか、そりゃ変な顔にもなりますって!?」
「……まぁ、それがウケてもいるんでいいと思いますが。そろそろ来ますよ、運営からのオーダーは可能な限りスキルを開示してくれ、でしたっけ」
「あー、そうだった。そんなのもありました、ちょっと抵抗あるけどレアアイテム配布でもらえるし全然いいいですよねー。私とラインハルトだけだし、他三人のスキルは隠せるしで」
「じゃあ、一発目はアリカさん受けてくださいね。――来ますよ!」
騎士の男――ラインハルトが振り向くと同時だ。古城の扉が開け放たれ、敵対プレイヤーが勢いよく入り込んできた。直後、遠距離系統に属するスキルが放たれ、眩い紫電と凍てつくような氷の矢がアリカのゲーム的に設定されている急所――頭と心臓を鮮やかに穿つ。攻撃の被弾と同時に、あまり性格に合ってないロールプレイをしてボケ始めてきたアリカの頭が、戦闘モードへと切り替わった。
「――尽きぬ焔の約定」
スキルが被弾し、穿たれ、ポリゴンとなって散っていた筈の彼女の胸と、右半分が削れた頭が文字通り燃える。眩いばかりの赤い炎に包まれたと思えば、胸にぽっかりと空いた穴を塞ぎ、そして欠損したはずの頭でさえも形どり、炎が消える頃には元通りとなっていた。まるで、彼女自身が炎となり攻撃スキルを外したかのように。
「いいものが見れたな、豚。いや、お前らは豚じゃないな、余の前に出てくる勇気がある分は認めてやる。……だが実に賢くない、あぁ、実に吐き気がするほど賢くない。余と邂逅したら、逃げ出すゴブリンの方がお前らよりは賢いな。お前らはゴブリン以下だ、良かったな。人間様に粗相をせずに済んだぞ?」
「おいおいおい、あの魔王様マジでライフ減ってねーぞ! スキルで理滅属性以外は無効化だなんてあんのかよ!?」
「うるせえ攻撃スキルぶっ放せ、ゲーム上無敵はない筈なんだ、無効も使用回数制限があるタイプだろ、数撃て!」
次々と放たれるのは氷、雷、風、それぞれの属性を持った遠距離攻撃スキル。それを目前にしても、アリカは一切回避動作を取らなかった。そして、轟音と共に全てがアリカへと直撃して急所ごと吹き飛ばす。それでもアリカのHP――このVRMMOにおいて生存権利であるライフポイントは、目を凝らしてようやくわかる程度の僅かしか削れない。
吹き飛ばされて穴だらけになったアリカのアバター・ポリゴン。生きてはいないだろう――そんな状態であったが、僅か一瞬ほど炎が煌めけば、元通りのアバターの姿がそこにあった。艶やかに光る銀の髪。燃え盛るような紅蓮の瞳。余裕を称えた笑みは、人数差など気にしていないようだ。
「――余の焔への約定はそんな陳腐なものでは尽きぬ。貫けぬ。破けぬ。どうした、準備期間は十二分に用意されていたであろう? まさかこの程度で終わりか、お前らは――魔王の称号を持つ余を相手に、たったそれだけの準備しかしてこなかったのか? 数的有利さえ作れば上に立てると思ったのか?」
残虐非道、冷酷非情な魔王のロールプレイをノリノリで進めていくアリカ。それを横目で見ていたラインハルトは、嫌がってるフリしてノリノリなんですから、と苦笑しつつ溜息を零す。これでアリカは自らのスキルについて運営に言われた通り、仕様を暗にほのめかした。今まで本人からの開示もなく、未知のベールに包まれていたスキルだ。きっと今夜にでも考察好きのプレイヤーが色々と説を上げて、対策方法を打ち立ててくるだろう。
次は僕の番だな――ラインハルトは自らの両手剣を持ち上げると、己の正中にしっかりと構えて、アリカの前へと移動する。その姿は魔王を護る、従順な騎士そのもの。
「魔王様の御身を煩わせてしまい、申し訳ありません。ここからは筆頭守護騎士である僕が、あの不躾者どもを相手にしましょう」
「構わぬ。忠誠を見せてみろ、犬」
内心でそうですね、とだけ呟くと、ラインハルトは煌びやかな両手剣を天へと掲げた。見てくれ通り、ラインハルトはタンクだ。このシードオンラインにおけるタンクは敵のヘイトを集めて攻撃を一身で受け止める役割を果たす。攻撃性能はそれほど兼ね揃えていない。当然――ラインハルトもそれに漏れない筈だった。少なくとも、アリカとラインハルトに敵対しているギルドの五人はそう考えていた。一向に防御のスキルも使わず、むしろ好機とばかりに攻撃系のスキルを放ってきたり、一目散にラインハルトを躱してアリカの首を取らんと距離を詰めてくるプレイヤーを見てアリカは、あぁ、と思い出したような言葉を零す。
「そういえば、ラインハルトってそのスキルのお披露目自体が初ですよね。前回って確かモクの中で打ちましたし」
「――えぇ、そうですね。ネット上じゃあ僕たちのギルド、スカーレットのバ火力役のおにぎりさんのスキルって話になってましたし、仕方ないのでは」
「そうですねえ……まぁ、遠慮なくやっちゃってください。今回しかありませんからね、次回以降は運営から世界決戦陣での使用禁止のお達しが来てますし」
直後――ラインハルトの掲げた剣が爆発した。溢れた光は古城の天井を突き破り、宵闇に一本の光の柱を打ち立てる。一瞬で辺りへ溢れた光の粒子のようなエフェクトにもダメージとノックバック判定があり、近寄ろうとしていた敵プレイヤーも、そして放たれていた攻撃スキルも、全てが粒子の波に溶けるように消えていく。吹き付ける風と迸るマナの奔流がアリカの髪を大きく躍らせた。アリカはただ正面に転がされているプレイヤー五人を見て、同情気味な笑みを浮かべて見せる。
「ラインハルトのそれ、私よりチート臭くありません? 少なくとも私のスキルは運営に禁止だなんて言われたことないんですけど」
「努力の成果と言ってください、魔王様――。この一撃、御身の為に捧げましょう!」
このシードオンラインはスキル制だ。剣を振るような近接攻撃も、炎を飛ばす魔術のような攻撃も、すべてがスキルという枠に収まっている。スキルを使えばスタミナやマナを消費するし、クールタイムも設定される。リキャスト自体二秒や三秒と早いものもあれば、一分以上かかるようなものも存在した。
だがスキル意外に個人個人が自由に使える枠が存在する。――それがアーツだ。
アーツは個人が自由に生み出し、そしてアーツスロットというキャラクターのプロパティに設定することで使用可能となる。複雑な連撃も、何度も繰り返すのが手間な魔術系の詠唱の様なスキル発動条件も自動化できるのだ。なにより、アーツはプレイヤー間での継承が出来る。スキル自体を習得していなくても、アーツを継承さえすれば使うことが出来る。
無論、適正として算出されたスタミナやマナは減る。クールタイムも相応に設定される。上位のプレイヤーが作り出したアーツを使って、初心者のプレイヤーが上位プレイヤーのスキルを使って無双することは出来ない。キャラクターのステータスが足りていなければそれを補うために消費するスタミナもマナも増える為であった。
「……努力の成果ですか。それ、アーツ枠のスキルの癖に効果がバカなんですよね。私でもないですよ、アーツに理滅属性が付与されている、範囲ぶっぱだなんて」
ラインハルトが歯を食いしばり、掲げた大剣を振り下ろす。それと共に無垢なる神聖な光が迸った。眩い光は前方を全て飲み込み、跡形もなく吹き飛ばしていく黄金の輝きとも言えよう。咄嗟に防御系のスキルを使ったのは敵プレイヤー達。青色のドーム状の盾――ラウンド・マナシールド。正面に聳え立ったプレイヤーキャラ二つ分ほどの氷の壁――スクエア・アイスシールド。本来であれば一定のダメージを耐えるまで破壊されない筈の防御スキルが、光の奔流の前に瞬きほどの間も持たずに溶けて消え去っていく。
「おい、まさか、お前ら、これ――」
「主の前に辿り着けた、臆して逃げなかったお前たちに僕から僅かばかりのヒントだ。――僕のこのアーツ、エクスカリバーは理滅属性を兼ね揃えている。次、僕と主の前に立つ時は、同じく理滅のアイテムを持ち込んでくるんだな」
溢れんばかりの光の奔流が全てを流し去った。古城の原型は既にない。また、相手プレイヤーの姿形も残ってはいなかった。ライフを全損し、控えのインスタント・エリアへ飛ばされたのだろう。夜天から差し込む月明かりを受けながら、アリカはどこか呆れたような顔でラインハルトへと問いを投げかけた。
「随分と殊勝ですね、理滅だなんてヒントを上げなくても良いのでは?」
「ええ、僕もそう思いましたが……どうせこのアーツも今回限りですからね。公式の対人戦とか世界決戦陣では使えなくなりますし、それ以外で使うとしても領地合戦とかだけじゃないですか。別に良いんですよ、領地の中であればアリカさんが負けませんし、それにアリカさんも領地を伸ばす気はないでしょう?」
「……うーん、まぁ、そうですね。今の大きさで十分ですから、領地を大きくし過ぎても私達だけで管理できなくなりますし。それに好きな場所さえ押さえておけばいいです」
スキルには属性が存在する。炎や水など、種類は多く十をも超える程にあるのだ。その枠外に存在するのが、理滅と呼ばれている属性。その特性は――他のすべての属性に対する特攻効果。大概のゲームでは水は炎に対して強い、のような相関を持つが、このシードオンラインには存在しない。すべてはスキルの使い方、威力で決定される。水の壁を作り上げようとも、一転特化の炎の槍は防げないのだ。一瞬で点を蒸発させられて貫かれてしまうのである。
唯一の例外となる理滅属性。それはリミテッドと呼ばれている極めてレアなクエストや武器、或いはスキル本にしか付与されていない垂涎もの。ラインハルトのエクスカリバーは理滅属性を持ち、そして超広範囲のバカ威力で打てるのだ。バカとしか言えないほどに壊れたアーツである。そもそもキャラクターに急所が定められており、割と耐久力が柔らかいこのシードオンラインにおいて、開幕ぶっぱで勝ててしまう可能性が大いにあるスキルなのだ。運営直々の禁止も当然といったところか。
「さて、紅蓮の魔王様。……配信カメラへ勝利の一言、いかがでしょう?」
「……ごほん、余の勝利だ。散々な事を言ってしまったが、また余の前に立ち塞がってくれることを期待しているぞ。ヒントは出した、次は十二分に備えてくるがいい、魔王らしく正面からまた迎え撃とうとしよう。……それと、運営からの通告で、余が通知しないといけないのだが――」
ん? とラインハルトがそんな話は聞いていない、と怪訝な顔をアリカへと向けた。アリカの表情はどこか引き攣ったように見える。配信のコメントにも、ん、とか、どうした、とか、何が飛び出すんだ、といったざわついた雰囲気が溢れ始める。
「――此度、魔王に対して運営からその首に賞金が掛けられたぞ。紅蓮である余、刻のシャーロット、大海であるレモンサワー酔い助、極光のポンコツロイヤル――じゃない、アークロイヤル、の四人だな。この大会中――世界決戦陣の間、その順位を決める戦闘中限定だが……試合に負けても魔王の首さえ取っていれば、運営からがっぽり、億、の報酬が払い出される」
刻、大海、極光、そして紅蓮。それぞれを象徴する属性を誇るプレイヤー達に運営から授けられたのが、魔王という称号であった。言うなれば、こいつ強いぞ、という運営からのオフィシャルな証明である。例えば刻の魔王であるシャーロットは、自ら一人で六人用に用意されていたレイド・ダンジョンを攻略している程に、他のプレイヤーとは一線を違えた強さを持っていた。通知のタイミングは運営直々の生放送、唐突に魔王に任命してくるのだから質が悪い。
「アリカさん、僕それ聞いていないんですけど。なんで黙ってたんですか!?」
「だって言ったら煽るじゃないですか!? そもそも私だって本当は怠惰にゲームしたいんですよ、それがどうしてこうなった!!」
――魔王狩りの時代が来てしまったか。そろそろ勇者称号も配布来るか?
――素が出てますよ魔王様! ありがとうございます!
――これからはワンチャン魔王狩りで億か。大会のバランス崩れないか?
――運営の苦肉の策だろ。今でも魔王(笑)の情報って出回ってないじゃん。
――魔王より魔王らしい騎士がいるんだけど、そいつはどうなんだよ。
「……失礼した、取り乱したな? 運営にあんまり文句を言うと余もペケペケされかねないので、ここまでにしておこう」
こほんと喉を鳴らしたアリカ。勝敗が決定したことで、虚空へ浮いたままの配信カメラの隣に浮き出ているコメントを見ながら、疑問でるよねーそうだよねー、と銀の髪を揺らしながら一人でうなずいて見せた。そして、運営から要求されていた必要なことも全部伝えたしもういいだろう、と締めくくりのセリフと言葉にする。
「余からはこれで全てだ。ではまた、近いうちにな」
……
これはVRMMOの中で、繋がりを見つけていく主人公――アリカのお話。
もっとも本人は怠惰にのんびり過ごすだけで十分だったのだが、この世界は彼女の理想とは異なり、彼女を表舞台へと押し上げていく。
アリカがこの世界に接続した瞬間に、賽は投げられた。このシードンラインの世界は、彼女を決して返そうとしないのだ。
――さぁ、この広い仮想空間で、繋がりを見つけにいこう。
読んでいただきありがとうございます。
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