ああ、夏やすみ・ハプニング編
第5章
5‐1 ああ、夏休み(呉・宮島・原爆ドーム)
大学院は夏休みにもなったし、M記の実家に行ってみるかと電話をかけてみた。
「M記、久し振りだね。近い内に宮城の実家へ行こうかなと思って」
「あなたより自由が利くし、私が行っても良いよ。それに西条や広島市内も色々と見たい」
何だかんだ言って、M紀は広島へ遊びに来たいだけか…
それとも結婚の話でもされると、家族と気まずくなると思っているのか…
「何ならその間は休まなくても、私は一人で色々と見に行くから、心配しなくて良いのよ」
「何じゃそれ……じゃあ、何月の何日なら広島に来れるの?」
「私は妹のやっている、いちごのハウス栽培の手伝いもあるし、宮城の家は本家だから、お客様がお盆にはたくさん来て忙しいと思うな…」
「だから…、お盆が過ぎて8月の下旬くらいでどうかな」
「え~、そんなに先かよ、お盆過ぎって…海にはくらげだらけで、泳ぎにも行けないやん」
「じゃ、で」と日程が決まった。
8月下旬になり、M紀が広島に来る日がいよいよやってきた。
自分は朝からずっと広大の循環便をやっている。21時を過ぎ、「広大西口」に来ると、
さすが夏休み中だ。キラキラ、ウィラー、相変わらずに、すごい数のツアーバスやな…
自分の運転するバスには中扉から乗ってきて、
「久し振り…」と、大きな荷物を持ち、運転席左側の席に座った。
彼女はお客様であって、お客様ではない…
何か、変な気分だ…
「まだ、バス停で待ってりゃええやん」
「もう疲れたし、外は暑いし、そんなに待ってられないよ」
西条駅に着く。
「西条駅の近くのコンビニか何かで待ってるからね。後でメールするから迎えに来てね」
と荷物を持って、早々と降りようとしている。
「お~い、お金を入れてから降りてよ」
「ああ、ちゃんと払うわよ」と280円を入れて降りていった。
それから広大を三回りして、駅前のロータリーまで迎えに行き、アパートへと向かった。
「ここがアパートじゃよ」と、中へ入っていた。
「なかなかの年代物の物件やね…」
「そりゃ、築30年も経ってりゃ、こんなもんよ…」
「私の荷物の置き場と、寝る場所はどこにあるのよ」部屋には研究資料が散乱していた。
「一緒に片付けるか…?」
「今日は疲れたから、お風呂に入ってもう寝るわ」と久し振りの再開も…
翌日
朝から天気も良く、二人で午前は呉のヤマト博物館を見て、午後は大芝へ泳ぎに行った。
博物館には歴代の兵士、色々な戦闘機、船艦が展示してある。
何よりヤマトのスケールモデルの迫力がすごく、船のシミュレーションも面白かった。
大芝のビーチには思ったよりも人影が少ない。
「みんな何処で泳いでいるのかな。貸切みたいやね」
自分の車で大芝島にも渡り、みかん畑から太平洋を航行する船をバックに写真を撮った。
「疲れたから、今日はここら辺に泊まろうか」
ヤマト博物館、ビーチ
「せっかく一人暮らしをしているのに、もったいないよ」
「先輩が言ってたホテルがあって、そこまで行ってみいひん」
「まあ、それなら…」と、何とか納得させて、十五分くらい走ると狭い道に分かれている。
「こんなところにホテルがあるの?」
「多分この道から奥に入って行くんだよ」と狭い坂道を上っていくと、何とも海らしい水色と白の建物が現れてきた。
「何これ、ラブホテルじゃない。一泊9,450円って、高くない?」
ここまで来てしまったもんな…車を停め荷物を降ろし、部屋に入って窓を開けると、
「すご~い…、いい~眺め!」
ホテルからの眺め
そこには…青い大海原……オーシャンビューが一面に広がっている。
「確かに、先輩の言った通り、こりゃ凄い眺めやな。このホテルに入って良かったやろ~」
「うん、連れてきてくれてありがとう…」
その翌日は西条に戻り、酒蔵通りの案内所で資料をもらい、白牡丹、賀茂鶴、亀鈴等の酒蔵を見て回った。
酒蔵通りを東に歩いて行くと、さすが「酒都」と言われるだけあって、湧き水が出ており、M紀とひしゃくで試しに飲んでみた。
「何か、水が軟らかいわね」
「ふ~ん、そうかなんかね…?」
しばらく歩き賀茂鶴の酒蔵に入ると、酒造りの工程や、道具、材料等がたくさんのパネルやケースで展示してある。
酒蔵
「日本酒ってこういう風にして造るんだね」とM記は満足そうだ。
平日にもかかわらず、老若男女の見学者がたくさんいる。
蔵の中にはプーンとお酒のいい香りが漂っている。
「この中で、どれでも試飲できますよ」と、この店の旦那さんからショーケースに二十本程ある瓶詰めの酒の中から薦められた。
自分の五感の中に、お酒の美味しさについてのアピールをここまでされれば、この試飲を断るのには相当な勇気がいる。
「せっかくなので、大吟醸と吟醸をお願いします」と、自分は間髪入れずに試飲を始めた。
「もう…、自分ばかり楽しんで、私とあなたとでは、どっちが案内されているのよ」
「ごめん、ごめん」
「ところで美酒鍋って美味しそうね。肌もつやつやになって、美人になるって書いてある」
「ああ、美酒鍋か名物だよね」
値段は4,500円……美酒鍋が名物だけど、一人前が四、五千円では…
これは二人で注文したら自分の財布が吹っ飛ぶぞ…
「今でも十分綺麗やから、美酒鍋じゃなくても、美味しいラーメンでも探そうよ」
「ラーメン……私をもてなす気はあるの…?」
「ないこともない…」
「全く…、分かったわ。今は節約する時だもんね」と二人で、西条駅の方へ歩いていった。
しばらく歩くと、JRに架かっている緑色の弧線橋が見えてきた。その手前の食堂に、「美酒ラーメン」と看板が出ている。
まさに願っても叶ったり…
その食堂に入り「美酒ラーメン」を注文すると、大きな丼には結構な量で運ばれてきた。
まずは白濁色のスープを一口だけ飲んでみる。
「ちょっと、塩辛っいね…?」
「スープだけ飲むからよ。酒かすの味が独特で美味しいよ」
「そうだね、面白い味だよね」
厨房の中にいるおばあさんが、一人でこのラーメンを作っていた。
そして自分のアパートにM紀と戻った。
三日目である最終日には、M紀に宮島へどうしても行きたいと言われたので、JRで広島駅へ行き、路面電車で宮島駅まで向かった。
自分は船には何回乗っても、酔いそうで…、自分でバスを運転していても、あの独特の石油製品の匂いで、酔う時があるし…ここまで来た以上は乗らない訳にも行かないしな…
覚悟を決め二人で観光船に乗り込んだ。
「しばらくして、ああ~やっぱり酔ってきた…」
自分の口から海へ、撒き餌を何とかせずに宮島へ渡れた。
真っ赤な鳥居をめがけて歩くと、すぐ前の公園に放たれている鹿が自分達に寄ってきた。
しかも大群でこれが意外とデカい。その勢いにまけて、二人でせんべいを買ってあげた。
「せんべいを買ったんだから、ロープウェイでの往復料金の1,800円を浮かそうよ」と、M記が言い出した。
宮島
山頂へ続く道は思ったよりもきつくなり、自衛隊の訓練生に何度も追い抜かされたが、自分達も何とか予定通リ30分程で頂上まで登られた。
しかし、記念撮影を山頂付近でしている内に歩き疲れてしまい、結局、千円ずつ払いロープウエイで降りてきた。
「やっぱり原爆ドームというとあの博物館も見に行くのかな」
「自分が小学生の時に祖父に連れられ、中学生の時には修学旅行で、原爆資料館を訪れて2回も観ているから、自分的には戦争が悲惨な事はもう十分にかっているので遠慮します」
「何を言ってるの。二人で一緒に観るのよ」
「ええ、自分はまた胃の調子が・・・、おまえは一人では観られないのかよ」
博物館に入るといきなりあの光景(惨状)が広がる…
「自分が昔にここへ来て観た当時の記憶と、何か違うな…」
「そう言えば先日の新聞で、昔のコースではショッキングな展示が最後にあり、見学者にはその印象ばかりが記憶に残り、他の展示が分からないという影響で、コースが逆になっていると載っていたよ」とM紀は少し得意気になって、自分へ教えてくれた。
よく知ってるな。おまえはそんなにここを楽しみにしていたのか…
「自分の祖父も広大の学生の時と、教員の時にこの辺りに住んでいたんだよ…」と二人で話しながら、市内の繁華街を回り、いよいよ広島駅へと向かう。
「もう夕方だし、お好み焼き食べたいな」
「そうだね…」あの後でよく食う気になれるね・・・
原爆ドームと広島市民球場と紙屋町
広島駅の近くを歩いてみると、JRをまたぐ道路との高架下にある店に入った。
「いか、肉入りでお願い」と、二人で同じ注文した。
店員が目の前の大きな鉄板でまずはいかを焼く、ビジュアル的には良いけど、味は…
「せっかくだから、もう一軒行こうか?」
「そうだね」この気持ちは分からないでもなかった。
今度はM紀の持ってきた旅行雑誌を見ながら住宅街を歩くと、目的の店は何と…
定休日だった…
広島駅に戻ろうとすると、普通の一軒家に「お好み焼き カープ軒」と赤い提灯が出ている。
「これも何かの縁だね」と二人で入ってみた。
「いらっしゃい。何になさいますか」と水を差し出された。
店は6畳ほどの広さでカウンターの奥に、赤いTシャツを着た若いお兄さんが一人いる。
「お客さん、よく分かりましたね。オープンしたばかりで、雑誌へはまだ載せてないんですよ」接客もハキハキと明瞭で、抜群に気持ちが良い。
「じゃあ肉、玉入りで」すぐ目の前で焼いてくれる。しばらくして、キャベツの甘い香りが目の前に漂ってきた。
それにも増して、今度はパンチの効いた、お好みソースの香りがグッと立ち込めてくる。
いつの間にか胃の調子が悪いのも忘れ、たまらずに一口ほおばると、
「待っていたのは…、この味だね~」
「この店構えに惑わされずに、ここに入って正解やったね」
「し~、M紀は声が大きいよ」
「ハハハ、確かに奥さんの言う通り。これからどんどんと、この店を大きくしていきます」
M紀はバスで帰るため、20時には食事を済ませ、二人で広島駅の北側でバスを待つ。
「今度会えるのはクリスマスか、お正月やね」
「全く…、お前とは一年に3、4回しか会えないね」
「七夕の織姫と彦星みたいやな……」
「もう一緒に住もうか」
「私には宮城でやる事がまだあるし、あなたには広島でやる事が、まだまだあるんでしょ」
「だから、もう少しそれぞれで頑張ろうよ」
「うん……」と、自分は呟やくしかなかった。
しばらくして、M記が乗る予定のバスがやってきた。
バスの車体にはS球観光と書いてある。
どこかで見た事のあるカラーリングだな…
そうだ、自分が住む西条の寺家にあるバス会社と同じだ。
このバス会社は観光タイプ車両ばかりだけど、ツアーバスをやっていたのか。
「今度は俺が宮城に行くと思うから」
「無理しなくてもいいよ」と、彼女は大きな荷物を持ちバスに乗った。
時刻は21時30分。
バスは無情にも、彼女を乗せて行ってしまった。
帰りは一人で電車に乗り西条まで行く。
いつもは喧嘩ばかりだけど、こうしてまた離れ離れになると寂しいもんやね…
真っ暗な電車の窓の外を眺めながら、M紀のいたこの3日間余りを思い返していた。
5‐2 飲み友達?
スクールが終わって、志和に行かなくてはならない。
西条駅発で急ぎたいのに、渋滞でなかなか着かない。
西条駅からお客様を乗せてようやく出発したものの、今度は八本松辺りから何か焦げ臭い匂いがする。
それが段々とひどくなり、車内はものすごい悪臭である。
まさか、誰か危険物を車内に持ち込んでへんやろうな…
サリンガスとか、塩酸とかこんなんで事件になって、TVや新聞の取材とか受けたらどないしよう…
志和インターのところからは旧道に入り交通量も少ない。
旧道に入った「入野口」でバスを停めて、
「車両の検査、点検をします」と、アナウンスをしてバスを降りた。
バスを一回りしてみるが、目立った異常もなく、タイヤまで来ると、匂いはどうやら…
「ウオッ」と思わずむせた。そしてタイヤを触ると、
「アチッ!」タイヤでさえ熱いので、ホイールはもっと熱い。
夕方の渋滞でフットブレーキを使いすぎた。
犯人は自分であった…
排気ブレーキをうまく使えてない。
やっぱ、自分はまだまだ素人だな…とりあえずは大事件にならなくて良かった。
幸いにもここからは側道で渋滞もなく、フットブレーキに頼ることは少ない。しばらくして匂いもなくなり、運行を再開したのだった。
何とか無事に営業所まで戻ってこれた。
「わしら、明日は休みじゃけぇ、ホルモンでも食いに行くか」とS田先輩に誘われた。
「すいません、今日は疲れているんで…」
それに、大学院では論文に使うアンケート調査の印刷代、現地調査費、さらに結婚資金も貯めなくてはいけないし…、今後しばらくの間には、お金の掛かる事ばかりが控えて…、本心では食いに行きたい気持ちもありながらずっと断ってきた。
「20時から忘年会がある」と、張り紙がしてある。集合場所は営業所の出入り口付近だ。
確か……、自分もこれに参加するか、参加しないかを、二、三日前に誘われたような…?
今日くらいは忘年会だし、参加するかと営業所の入り口で待つことにした。
一向に…誰も来ない……?
10分…、20分…と過ぎ、
「お疲れ様でした…」と、もう何人くらいに見送ったかな…?
今ここでコーヒーを飲むと、家での酒がまずくなるしな。ただ待つというのも…
そろそろ自分も帰ろうかなと、ベンチを立とうとすると、N井さんが車庫に戻ってきた。
「浅野君、こんなところで、何してんのや」
「今日は忘年会があるらしいんですけど」
「いや~、こんな時間やし、ここには誰ももうおらんと思うで、所長に聞いてみたら」
「所長、忘年会は今日でしたか」と、二人で営業所へ入り聞いてみた。
「あれ…、浅野さん、まだここにおったんかいのう。みんなは探しちょったけぇのう」
「今日は忘年会らしいんですよ」
「そうか、そうか、忘年会なら、みんな20時頃には出てったけぇのう」
ええ…、もう間に合わないか。俺って会社では目立つようで、実は存在感が薄いな…
「ハハハ、浅野君、みんなに取り残されたか。わしは明日が休みじゃけぇ、何なら今からわしの行きつけの店にでも一緒に飲みに行くか」
…どうせ、今日は家に帰っても飯が炊いてへんしな…
「じゃ、お願いします」と、二人で歩いて向かった。
しばらく歩くと路地裏へ入り、
「マンションの1階に紫色の提灯があるじゃろ。あそこじゃ」と指をさした。
「紫色……」大丈夫かな…?
暖簾をくぐると、着物を着こなした四十代であろう、良い意味で脂の乗った女将さんがいた。カウンターに座ると、目の前には大きな鉢がいくつもあり、その鉢にはたくさんの煮物が数種類ずつ盛ってある。
「この店は意外と外見と違い…、ちゃんとした小料理屋さんなんですね」
「それ、どういう 意味?若い女の子でもおると思ってたか。」
「いいえ…、カウンターに座って、目の前の料理を頼むってのも粋ですよね」
「今日はまた随分と若いお友達をお連れで…」と、女将さんがからかい気味に。
「まずはビールで…」
「わしゃ普段はK目たちと来るんよ。お互いに歳が近いとのう、やっぱり…気が楽じゃ」
「でも、年に何回かは飲みすぎて、お互いにチョンボもしよる」と、笑みを浮かべながら。
「へえ…、あの…K目さんでも…」
「そりゃ、人間じゃけぇ、完璧な人なんかおらん」
「その時は、どうするんですか。始業は営業所に来てる者で順番にずれていくだけじゃ」
「さすが、N井さんは貫禄というか、余裕があるな~」
自分の場合なら、I木課長のお説教が絶対に待っているもんな…
「ところで…、学校の勉強はうまくいっちょるんか」
「はあ、まあ…何とも言えません…」
「まあ、若いうちからあんまり心配せんでも、人生はなるようになる」
次は焼酎のボトルを開けた。N井さんの飲み方がかなり進んでいく。
「まあ、そういう時は飲みんさい」と、自分も焼酎をもらう。
自分のこれまでの生い立ち等を学生や、社会人時代との話で一時間くらいは話した。
「女将、もう10(22)時じゃけぇ、おあいそう。浅野君の分もわしが勘定しとくけぇ」
「今日はごちそうさまでした」
「たまにはこういうところで、ガス抜きをしんさいよ」と店を出て、迎えに来ていたN井さんの奥さんが運転する車で、自分の家まで先に送ってもらった。
自分は西条には家族も、親戚も住んでおらず、これまで何の縁もなかったが、中にはこんな自分でも、気にして見てくれている人もいるんだ…と、とても勇気付けられた。
5‐3 洗車
バスの車体は半分がガラスであり、車内はまるで温室で、温度がすぐに上がってしまう。冬でも50度を超える日はザラである。それが夏ともなると、車内は生き地獄だ。とは言え、一気に車内の温度を下げると、気圧が下がり、ガラスにはヒビが入ってしまう。
「K谷先輩、最近は暑い日が続きますね。あの暑い車内はどうにかならないもんですか」
「簡単なことじゃ。洗車機にかけて、車内の温度を下げてから出庫してるんじゃ。おまけに洗車機の水は、循環水にしてあるからエコじゃけぇ」
「何だ…、節約で洗車機にはあんまりかけてはいけないのかと思ってました」
「勿論、節約も大事じゃが、暑い状態ではお客様はイライラするし、バスの冷房もすぐには利かずに、『冷房が入ってなかった』と営業所に苦情が来る。そんなご時世じゃけぇ」
「ところで、浅野、お前はバスの外側ばっかり洗ってないか。車庫から出て行く前に、車内もきれいにしておるんか」
「先輩、そりゃないですよ。ちゃんとモップガールをかけてますよ~」
「ガールは余計じゃ」
「洗車すると会社から、洗車手当てをもれなく全員にもらえるからな」
「そうなんですか、だからみんなは洗車機へ毎回熱心にかけてるんですね」
「150円で一回分、一日には二回分までが限度だが、昼の弁当代と約同じ金額だから、それなりに嬉しいけぇ。じゃけぇ暑かろうが寒かろうが、自分も一生懸命に洗車する」
「一日一回は洗車機には通す。中には洗車せずに、日報に記載だけする人もいるが…」
「勿論、洗車機だけでは汚れを落としきれないので、外側を車体、窓と石鹸の付いたデッキブラシで擦る。車内のモップも隅々までかけ、結構時間がかかるもんなんじゃ」
「それに、そんなところに止めたら、先輩に怒られるで…」
止め方もあるのかよ…?
クソ暑いのに、そんなの知るか…
先輩が恐くてやってられっか!
洗車中バス
ヤッパリ…恐いんで…、どけることにする。
水道の近くでは午前10時頃には洗車の場所取りにもなる。バスを移動させると、
「そこでは観光バスの窓に水しぶきがかかるで」中々、はかどらない。
何より、うちのバスの窓ガラスは、雨等から長年のカルシウム分が、長年にわたりこびり付き、いくら洗車しても手遅れの状態のバスばかり…
おまけに、夏では石鹸がすぐに乾いて、車体や窓へ白く残り、余計に汚くなってしまう。
そうかと思えば、H先輩は、
「浅野君、このバスはあんまり洗わんでええけぇ。特に、ラッピングバスは、水弾きが良くて、擦り洗いはせず、洗車機も通さずに、ホースで水をかけるだけでええんよ」
フ~ン、バスには洗車一つとっても、自分の知らない色々な手順があるんやな~…
5‐4蜘蛛の巣
「バリッ」
今までには聞いたことのない大きな音がバス全体に響き渡った。
それは私がT田学園のスクールバスを終えて、車庫に戻った時だった。
バスを降りて周囲を見ると、後ろがざっくりいっていた。……悪夢だ。
しかも、よりによって、車庫のホンの一箇所の出っ張りによって、直径1mはあるヒビが後ろのガラスに、まるで蜘蛛の巣のような形できれいについていた。
元は観光用に使用されていた11m車で、新人は普段には乗ることは滅多にない。
しかも先日このスクールの研修が終わって、一人では初めての スクールコースだった。
別に言い訳ではないが、まさについてないとしか言い様がない。
車庫とバス
今日はよりによって、他のバスがすぐに反対側から車庫内へ入り鉢合わになった。
相手は私が車庫に入れるのを待っていてくれた。
実は車庫には一列だけ停めてはいけない場所がある。
私はそれに着付かずに、普段通りに何気なくバックさせてしまったのがこの結果である。
そうです。悪いのは…全部私です…
私は以前からタクシーでもそうであったが、一度でも事故をして皆に迷惑をかけたら、バスを運転する資格はないと決めていた。
しかも間違いなくI木課長に怒られるので、辞表を書く姿を頭に浮かべながら、早速、三階の総務にまずは携帯電話で連絡した。
早速、I木課長が飛んできた。
「浅野君、ここはわしが停めてはいかんと、赤いコーンを置いておいたじゃろ」
「はい、すいません」すると、さっきの運転手がやってきた。
「いやあ、わしも済まんかった。さっきすれ違える様に、もう少し端に寄ってやれば良かったかのう」と鉢合わせの運転手さん。少しずつギャラリーが増えてきた。
「自分が間違えて止めてしまったから悪いんです」
「浅野君、ビックリしたじゃろ。まあ、気を落とすな。誰しも一回はやることじゃけえ」
「それにしても、派手にやった割には車庫内で済んで、ある意味良かったな」
「はい…」と、落胆し返す言葉がない…
同じ敷地内には整備工場もあるので、修理するために、整備の人も二人やってきた。
「まあ、事故のことは3階でゆっくりと聞こうやないか」
「はい、すいません」とI木課長と3階へ向かい、2時間こってり絞られた。
不幸にも…運転手の誰かが自家用車を停めるために、赤いコーンが置かれてなかった。
一応、保険が降りたが、後から聞いた話では修理代が約四十万円だった。
5‐5 遅刻
早朝、自分の携帯が「ピリリリリ・・・」とアラームではなく、呼び出しの音だ!
しまった!寝過ごした。
もう、バスの出庫時間である!
通常なら、出庫時間の20分前には営業所に行き、バスの点検やら、点呼を受けなくてはならない。
飛び起きて、制服に着替えて車に乗る。
日曜日の早朝なら五分で着くかもしれない。
営業所
「点検はわしがした。エンジンもかけてある。アルコールチェックして、もう行きんさい」
「はい所長、ありがとうございます」
「日曜日だから空港は多いやろうな」発券機の紙は積んであるし大丈夫と、モニターを見ながらバックさせた。
「浅野さん、これこれ」と大声で呼ぶので、前扉を開けると、
「発券機の巻き紙をここに置いておきますね」と、新人のJ君がバスに入ってきた。
「あ、あ、ありがとう」と、すぐに降ろして急いでバックさせていった。
あっ、モニターに何かが映ったと思った瞬間‼
車とバス
「ガシャ!」と、聞いてはいけない音を聞いてしまった。
ああ、もう終わったな。やっぱり、神様はよく見ていらっしゃる…
バスと自家用車がおしり同士でゴッツンコ。
僅かにずれていたら何事もなかったのに…
すぐに営業所へ駆け込んだ。
「すいません、テールランプを割ってしまいました…」
「バスの乗換えが必要なんか?」
「壊れたのは、お客様の車で、バスは後ろのバンパーに擦り傷が付いた程度です」
「何!ますます仕事を増やしおって…、後の事はわしがやっとくから」
「はい、すいません。ありがとうございます」
さらに、ついてない時は重なるもんで…近道をしようと杵原を経由で行くと、何を勘違いしたのか、いつもの癖で近大の方へ左折して高美ヶ丘に来てしまった。
もう後の祭りであるので、そこから西高屋駅を左折し、いつもの回送コースに復帰し、約10分で白市駅に着いた。
と、言うか…多少の無理をして着かせた。
白市駅からは着発で広島空港に向かって、空港には予定通りの時刻に着くことができた。
翌日
I木課長が飛んできた。自分がぶつけた車の所有者は、土曜日から芸陽バスのハミングツアー(観光ツアー)で、温泉旅行に出かけられて、従業員用の駐車場に止めておかれていたらしい。
午後からツアーの担当である観光営業の人にも付いてきて頂き、自宅まで謝りに行った。今回は自分のミスで百%悪いので、相手には何も弁解のしようがない。
「ごめんください」とインターホンを押すが…
「まだ怒ってらっしゃるんですかね…」
車の中で、20分程待つ…
道の向こうから犬を連れたご婦人が一人で歩いてくる。
あの方かな?
自分は乗ってきた車からすぐに降りた。
「ごめんなさい、犬があんまり吠えるもので…」とご婦人が。
しまった。先に謝られてしまった。
「いいえ、こちらこそ大切なお車を傷物にして申し訳ありませんでした。つまらないものですが、どうぞ、お受け取りください」と菓子折りを持参して謝った。
「良いのよ、そんなに気にしなくても。私も止めた場所が悪かったわ。車はすぐに直るし、また旅行でお世話になるので気にしないで」
ああ…、何て心の広い方なんだ…
これで、会社にやっと戻れるよ。
二人で会社に戻る。
「お前はまたぶつけたんか、しかも遅刻で…」さすが地獄耳のK谷さんやな…
「はい、I木課長にこっぴどく怒られました」
「昨日、お客様は何て言ってた」
「はい、凄く謙虚な、心の広い方で、何とか許して頂けました」
「まあ、遅刻はやってる人は何回もやってるから。いざと言う時には、順番を入れ替えて行くだけや。そういう助け合いがバスには必要なんや。後は落ち着いて運転するのが一番や」
さすが先輩ええこと言うな…
やってる人はやってるんやな…と言う事は、自分もまた…
いや、もうありえへん。二度と遅刻しないように!と肝に銘じた。
5‐6 鉄道代行
運転の休憩時間中の過ごし方は、人それぞれかな…と思いきや、大抵の人は営業所の休憩室の畳の上で横になって寝ている。
「すいません。忘れ物を引き取りに来たんですけど」と、若い女の人が間違えて営業所の運転手用の出入り口に入ってきた。
「ああ、こちらへどうぞ」運行管理者が女性を迎え入れた。
「全く…、運転手がまっ昼間から…、こんな所で寝っころがっていたら、芸陽バスは大丈夫なんか…?と心配するで」と運行管理者が運転手たちに言った。
「しゃあないんじゃ、こうやって疲れを取るのも、安全運転をするには必要な事じゃけぇ」
「それにしても、ここの休憩室はもうちょっと広くならんかのう」
「あんたはそれよりも、これから竹原へ行くんじゃろ。出庫時間がもう過ぎとりゃせんか」
「ああ、そうじゃった。ま~、どうせ誰も乗ってこんけぇ。途中から早く着きすぎてしまうけぇ。少々遅れても心配せんでもええんよ」と、小走りで出て行った。
「浅野君は、ああなったらあかんで…」
トゥル、トゥル、トゥル…
珍しく営業所の電話が鳴った。電話は営業所全体に鳴り響くので、仮眠していても、みんなが瞬時に飛び起きてしまう。
「何じゃ、今日は忙しい日じゃのう」
何だか、人の動きが慌しくなった。
「今、西条の踏み切りで事故らしく、JRの要請で代行便を出して欲しいんじゃと」
しばらくして、I木課長が二階から降りてきた。
「あんたら、次は何時に車庫を出るんじゃ」
「わしゃのう、これから幼稚園(の送迎)に行かなあかんけえ」
「そうか、あんたは幼稚園からやり直した方が良さそうじゃしな」
「浅野君は?」
「自分は、まだ代行の経験がないですが、この後は、ゆめタウンなんで時間は空いてます」
「しゃあない、わしも駅へ直接に行ってくるか。浅野君、わしが代行便のやり方を教えちゃる。あんたはわしの後に付いてきんさい」
「はい」と、後ろをついていく。
「あんたも鍵を持って出んさいよ」
「ええ、運転席の横で教えてくれるんじゃなくて…、それに課長ってまだバス乗れる(運転できる)んですか」
「わしゃ、バスで何年間かけて走ちょったと思うとんるんじゃ。今でも、すぐに現役じゃ。空いてるバスはどれかのう」
「あんたも運転はもう十分にできるんじゃけえ」と、帽子と点検道具を持って出ていった。
「今回は西条と八本松の間の代行便じゃ。運賃は普段通りに受け取るんじゃ。各駅にうちの会社の社員がおるけえ、任せんさい。あと乗車人数も数えんさい」
「方向幕は列車代行を使うんじゃが、現金以外にバスカードの人もおるけぇ、DAMコーダーもセットする。うちの場合は西条と八本松間なら、どの番号でもセットすりゃええんじゃけえ。これ忘れたら乗車人数が多いけぇ、大事になるんじゃ」
「それと、普段と同じ路線も走るけど、駅以外の途中のバス停では止まったらあかんで」
「何か困ったら、あとはもう…、営業所に電話して聞きんさい」
「はい」即席だな…
西条駅に着くと、ロータリーには列車から乗り換える人たちで溢れ返っている。
「八本松まで何分くらいですか、いくらですか、先払いですか、バスカードは使えますか、いつ発車しますか、後ろから乗っても良いですか…」と、質問攻めで流れ込んでくる。そうか、この人達は普段はバスには乗らないんだもんな…
おまけに「どんな事故ですか」
「そこまでは…JRの、しかも列車の事故のことなので…分かりません」
この便は残業分でつくらしいけど、列車代行は大変なんだな。
八本松駅まで乗せて行き、西条の営業所に戻ってくると、夕方のニュースでは、「事故原因は、西条駅付近の踏み切りで、貨物列車と自家用車の衝突が原因」とやっていた。
5‐7 広島バスセンター
広島市の楠木には、センターから行ける唯一の楠木車庫がある。西条から広島市内まで軽く一時間半はかかり、市内は渋滞するので、センターで休憩を取りたい。休憩を取れる始業もあるが、芸陽には二つ割り当てがあり、まず6番の待機場所は、瀬野の営業所でほぼ占め、もう一つの11番は、子会社の備北バスと共同なので、まず期待できない。
楠木では、昼頃にはリムジンバスで一杯で、先輩たちがいると遠慮して駐車できない。
「何だよ今日も一杯か、広島まで来て休憩できないとは…」そんな時はどうするかと言うと、センターの上がって行く坂にある、手前の側道で時間調整するしかない。
そこもだめななら、親会社の広島電鉄の車庫で、唯一使用できる11番の待機場所に止めて、急いで広電1階の便所に行く。
「こんにちは、お世話になってます」次の三迫行きまで時間が迫り、すぐにバスへ戻ると、
「これも掃除しましょうか」と清掃員に聞かれた。まだ新人で慣れてないのか…
「どうも…、これは芸陽なんで、多分…、やんなくて良いと思いますよ」
とりあえず、一回目の便所には行けた。
さあ、出発しようかと車庫を出たらけたたましく、消防車がやってきた。マンションで火災である。センター出発まで、あまり時間がないのに勘弁してくれよ…
約十分遅れて通過させてくれた。どうやら小火で済んだらしい。
三迫の車庫はプレハブで冷房が効きにくく、夏は地獄である。急いで屋根に水道水を放水し室内の温度を下げる。これをやらないと死ぬ…
西条から来て、三迫に2回行くのは辛い。大抵、県道164号線の海田で渋滞にはまり30分くらいは遅れるので…
三迫からバスセンターに戻る時だった。
水を飲みすぎたのか、腹が痛くなってきた…
ここはまだ海田であり、広島バスセンターまでは程遠い。こんな時にはみんなどうしているのだろう…?
海田交差点から広島駅あたりまでは片側一車線で、バスセンター行きのバスの便数が多く、時には同じ会社で連なり、広電や赤バス(広島バス)と、同じ行き先の3、4台が連なることも珍しくはない。
とりあえず、今は腹に余計な振動を与えず、誰も乗ってこないでくれ…と懇願しながら、
すぐ手前には、運よく同じバスセンター行きのバスに追いついたので、このままですぐ後ろを走っていれば、自分のバスには、まず乗ってこない。
ところが青崎あたりからは、前のバスの空席が減ってきたのか、後ろのバスの方が空いていると思って、 こちらにシフトし始めた…
問題はこの先の向洋駅前だ。ここはバス停部分が大きく取ってあり、最初のバスが乗り降りしている時に、例え他社であっても先に走るように譲られてしまう。つまりここで先行、後攻が入れ替わる。
先に行きたくないので、前のバスに向かって、「パッ、パッ」とライトでバッシングしたが、運転席の窓から手を振られてしまった。
しょうがない、こうなったら前を走るか。
バス停に人がいれば一応、停車し扉を開け、誰も乗ってこないと思えば素早く発車する。
最悪、乗るのなら後ろのバスがすぐ来るので…
全身には段々と冷や汗が出てきて、DAMコーダーを押すのも忘れ、もういつ噴火してもおかしくない…
こんな時に限って広島駅からは、紙屋町、バスセンターとぽつぽつと降りていく…
良かった11番が空いていた。
このように、渋滞からやっとの思いでセンターに戻り、バスを止めトイレに行こうとすると、ここはデパートと隣接しているからか、
「すいません、めがねは何階ですか」と、初老のお婆さんたち二人に、デパートの売り場を聞かれた。
またか…
「自分は店員さんと似た格好をしていますけど、こちらの店員さんじゃないんですよ」
「あらそう…、どうしましょう」
「すいませんが、他の人に聞いてください」と、小走りに階段を降りトイレに入った。
便器に座った後は、お尻からの大噴火であった。
トイレから出ると、今度は三迫への出発時間の15時までにギリギリである。
そこでバスセンターには、広電を退職された方などが、11時から15時半まで車掌業務を行ってくれる人がいる。
発車時刻が近付くと、運行表を確認し、DAMコーダーと、行き先表示を予めセットしておき、自分より前のバスが発車したのを確認したらボタンを押して5番乗り場に向かう。
すると自分のバスの行き先表示が「回送」から「西条駅」に変わり、お客様も自分の乗るバスがやってきたと寄ってくる。
自分は5番のバス停めがけて、バスを前側から一気に突っ込ませる。
おっと危ない!
バスにひかれるのも覚悟のごとく、前のめりになり寄ってくるおばさんがいらっしゃる。
はあ~心臓に悪い…
停車させると、ほぼ同時に後方の扉を開ける。
すると、5番に並んでいたお客様は、我先に…と車内へ一気に雪崩れ込む。
ここのデパートのみならず、車内でもバーゲンセールが始まり、一早く空いている席を奪い合う。
凄まじい…
今日もその通りにやろうと思っていた。
「こんにちは、お元気ですか」
「ごめん、芸陽バスさん、50分発の広電が渋滞で遅れて、まだ発車してないけえ、ぐるっと一周して、またここに付けてくれんさい」
「ええ~、」
渋滞だもの、仕方がないわな~
その後三迫に行き、再びバスセンターに来た。
いよいよ18時になり、今日はこれでやっと西条へ戻るだけだ。0
他のバスが来るかも知れないので、仕方なく11番から自分のバスを動かし、楠木まで行く余裕もなく、センターのバス停内のロータリーをグルグルと回る。
バスセンター通路、5番乗り場
「うわ、今日もバスで数珠繋ぎだ」
18時台はバスセンターでの発着が最も多く、各会社のバスが2、3分間隔で、ほぼ一斉に出発していくので、11ある各バス停から同時発車ともなれば、まさに神業である。
このようにバスセンターでは、少しでも安全に発車するために、一般道路とは違い、前を発見しやすい、後ろから来たバスが、停留所から発車するバスに譲るようになっている。
これは他府県でも、このセンターに入るどのバス会社も行う。
ところでバスセンターのように発車間隔が短いと、バスを停めてから、発車まですべての作業を3分で行わなければならない時もある。
定刻通りに出発した。八丁堀、広島駅にも落とし穴が待っている。すぐ後に高屋に向かう高速が来るので、広島駅もほぼ着発みたいになってしまう。
広島駅のバス停からは右に出にくく。すぐに交差点があり、バスだけではなく、一般車ともうまく間合いを考えないといけない。
「今日は、ドライブレコーダーが『ピッ』と鳴らなかったな」と安心したのも束の間、マツダの本社のある向洋駅前まで来て乗客を降ろし、周囲を確認して発車しようとした時だ。
「キーッ!ピピッ」
右折車が…、すぐ目の前を横切った。
急ブレーキになってしまった。
ちなみに、「ピピッ」はクラクションではありません。
右折・直進
ドライブレコーダーの記録音です。
「ご乗車のお客様、大変申し訳ございませんでした。お怪我はございませんか」
「はい、大丈夫です」フーッ…
ここのバス停はちょうど交差点の手前にあり危ない。マツダ病院があり患者の利便性を考えてなのか、右折禁止にはなってないし、バス停も病院入り口の目の前にある。
こちらとしては発車する際には病院なので、いつも以上にバスの左側に注意して扉を閉じ、着席したか車内を注意して、右側の車両(ここは原付が多い)に注意して、さらに目の前の右折車への注意では確認作業が多すぎるよ。
これでは病院の目の前で事故をして、すぐ病院送りであり、洒落にもならない…
特に右折車はどの段階で方向指示器を出すかにもよる。
大抵、市内の交差点の多い所では、30m手前から付ける人はごく稀で、交差点が多く、誤解を招くこともある。バス運転手は対向車が直前に出された合図へ対応するようでは危険極まりない。
今回は寸止めで良かったが、バス停を移設するか、国道を右折禁止にするか、信号機を付けるか等と、他の方法を考えて欲しい。
今度は広島駅から八丁堀を通過してセンターに向かう時だった。
広島駅前では降りるお客様もいなく、すぐ前ではバスが停車しており、稲荷町の方へ左折し、駅前大橋を渡る途中で、
「あれ、いつもあるはずの信号機が見当たらない」こんな大きな交差点だし、ない訳がないだろうと、いくら探しても見付けられない。
みんなどうやって通行しているのだろうと思うと、
「あっ、あれだ。」木の陰にようやく見付けた。信号機が新しくなっている。
青だから良かったものの、交差点の信号機の色が茶色にしてあり見落としてしまった。
消費電力の低さの面ではLED化に賛成するけど、一方で遠方からの視認性では、電球信号よりも見付け難く、信号機の周囲にカバーを付けたり、もっと目立つ色へ変更した方が安全のような気がするけどな…
例えば昔は白地に緑色の斜線のカバーが、信号機には付いていたような気がするけど…
5‐8 ゆめタウンバス
円城寺団地行きに変更しなくては…
ゆめタウン便は一番に楽な便かと思いきや、一番にストレスが溜まる。
西条駅前ではチーマー数人がスケボーをしている。
ゆめタウンバス
通行人やバス待ちの人には大迷惑や。そんなことは知ったこっちゃないんやろうね~。
スケボーは近くに公園があり、そこでやれば良いのに…
大体、西側が歓楽街なのに、駅前の交番は東側にあり、設置場所が悪いんやないかな?
しかも、やる気のない人が交番に配置されていそうや…
このチーマーたちは買い物客が無料で利用できることを良い事に、ほぼ毎日バスを利用する。バスに乗ったら乗ったで、待っている順番に関係なく、一番に入り一番後ろの席を陣取る。運転席のすぐ後ろよりはええけど…
ひどい時には、バスの椅子のカバーに落書きをずっとしている輩もいる。
注意をしに行っても知らん振りである。まさに一昔前のNYのヤンキーみたい。
もちろん、自分はNYへ行った事は一度もないけれど…
この一方でこのバスも古すぎる。塗装もボロボロで、冷房は効かないし、アクセルを踏んでも、踏んでも、「ウ~ンウ~ン…」と、大きな唸り声を上げるだけで、自転車の方が速いんじゃないか…
バスはもう約30年にもなる旧型なので、ドライブレコーダーは、もう今更では付けないらしい。
ダミーのカメラでもせめて付けてくれれば、ええのに…
それでも、こいつらはバスから降りて行く時だけは愛想が良い。
「ありがとうございました」と大きな声で降りていく。
「ありがとうございました」と何とか更正しないものか…とこだま(返事)している。
円城寺団地を回り、ゆめタウンに戻る途中に、大学院の先輩でNさんの車が路駐してあるのを見つける。
日曜だから、お泊まりか…?
色んな妄想をしながら進んでいくと、円城寺団地のバス停に来た。
ここは歯医者があるので、その歯科医院前では、道路と垂直に止まっている車に気をつけ、左に指示器を出しながら、ゆっくり止まろうとした。
すると、駐車している車の隙間から、バックで出ようとする軽トラ一台と眼が合った。
バスは軽トラの手前ではもう止まれないし、バス停の直前も出入り口で、対向から駐車場に右折で入ろうとする車がいる。
そこで、自分は軽トラとぶつからないように、道路の左側から1m程あけて止まった。
あの対向の車が右折して駐車場に入り、少し前に移動しようと停車した。
すると後ろで、「コツン…」と音がした。
前の扉から降りて見に行くと、さっきの軽トラの右後ろの荷台が、何と…バスの左後ろ側面にぶつかっていた。
それで、軽トラのおじいさんが言う。
「ごめん、バスが通過したと思い、道路の車だけ確認してたら、バスにぶつかっちゃった」
お互いにわずかな擦り傷であったが、取り敢えず、会社に連絡をする。
「浅野です。今はゆめタウンのバスですが、円城寺で事故です」
「ああ、浅野君か、課長のI木です。お客様や相手に怪我はないんか?君も大丈夫か?」
ちょうど課長がいてくれたのか…
「はい、大丈夫です。事故は自分がバス停に停車中に、相手がちょっと擦った程度です」
「今すぐに、車庫から代わりのバスを手配して、わしも直接に行ったるけぇ」
「警察には連絡するけえ、君は相手と、 乗客の名簿を作りんさい」
「名簿は名前、住所、電話番号、怪我の有・無、程度を日報にメモしんさい」と聞き電話を切る。
名簿を作ってバスに戻り、お客様に謝りながら、同じように一人一人に聞いて記入する。お陰で現場ではそれほど混乱はなかった。
警察が来て、手配されたバスも15分程で来て、乗客はそのバスに乗り換えて行った。
その後はI課長が相手との示談交渉を進めてくれた。
この時ばかりはI木課長が頼もしく思えた。
5‐9 これ西回り、東回り?
いつものように八本松駅を西に向かう。
「次は宗吉、宗吉です。お降りのお客様はお近くのボタンをお押しください」
あれ…
…宗吉か、あれ宗吉って2号線で交差点をまっすぐか、曲がるのかどっちやったかな…
これは西回り、これは東回りと不安になって、コース表を見ると、右を向いたせいか、右に方向指示器を出し、右の車線に入り北向き(弾薬庫)方面へ曲がりかけてしまった。
危なかった!
宗吉は東西方向、南北方向のどっちも同じ名前のバス停だった。
やばい、バスなんて簡単にはUターンできへんしな…
「あんたさっき右に曲がりかけたじゃろ、たまに間違えそうになる人がおるんよ」
「バスの案内だけ聞いてると、間違いの元じゃけぇ」
「はい、その通リですね」さすが毎日毎日何年も乗っている人の意見は一理あるな…
「わしらは西回りでも、東回りでも30分程の違いじゃけぇ、どっちから回ってもらっても、わしらの降りるバス停へ無事に降ろしてもらえれば、それでOKじゃけぇ」
「ハ、ハ、ハ、その通りじゃ」と他の乗客も…
バスの車内にはまるで仲の良い家族みたいな、暖かい連帯感があった。
今思えば、お客様は仕事終わりで疲れていて、少しでも早く家路に着きたいのに、まだ新米の自分がコースを間違えそうになり、その後に動揺しないように、と最大限に気を遣って言ってくれた言葉なんだ…と感謝しています。
翌日
「どうした。元気ないじゃないか」
「はあ…、昨日は志和の宗吉でコースを間違えそうになりまして…」
「まあ、起きてしまったんじゃけぇ。気持ちを切り替えんさい。またミスするで」
「志和は循環コースに何でなっているんですか」
「さすが浅野君じゃ。よく疑問に思ったな。まず、志和の他にも循環便があるじゃろ」
「はい、吉川、高美ヶ丘……」
「あんたの通う広大もじゃろ。何か気付かんかね」
「う~ん、効率性の問題で…」
「では、午前と午後とでは、なぜ別のコースにしてあるのかな」
「う~ん、考えたこともなかったです」
「それは循環便に乗って来るお客様が、午前と午後で全然違うからなんじゃ」
「確かに、志和のコースでは西回りの方がお客様は多いです」
「そういうことよ!つまり、お客様が乗る時間を少なくしているんや。朝は東側から回り、最後に西側を乗せる。夜は西側から回り、東側を最後に降ろす」
「まあ、夕方以降に志和の東側では、八本松駅からなら歩いた方が早く、誰も降りへんわ」
「このように、バスを循環させれば、お客様が乗っている間のストレスも少ないし、運転手はお客様の乗り降りが多くても、発着時刻の時間調整をしやすいじゃろ。おまけに空で走る距離が長くなり、バスの燃費も良くなるんじゃ」
「なるほど、バスが走る場所によって、こうしてコースを循環させるのは、広い地域で少ない便数で効率良く運行する他にも、色んな意味があるんですね」
「ただ、循環便の欠点には、距離制での運賃設定の性格上、ある場所から片道だけで乗る場合には、極端に安く行けてしまう弊害もあるんじゃ」
「例えば駅から西回りで乗って、弾薬庫で降りたとする。志和堀からは運賃が順次に下がってくるから、バスには長く乗っているのに、安い運賃しか払わないことになってしまう」
「ああ、確かにそうですね」
「まあ、片道だけって人はまずおらんから、ある程度の矛盾は仕方がないのかもしれんな」
「あと宗吉って紛らわしいですよね」
「ああ、あそこか東西と南北の上り、下りで合計四箇所もあるからな」
「国道沿いなら国道宗吉とかにできないんですかね」
「とにかく、もしもコースに迷ったら、営業所に連絡すればええんじゃ」
「浅野君はこの土地の人間じゃないけぇ、いくつものコースや、たくさんのバス停を覚えるのも大変じゃろうが、次からは間違えないようにしんさい」
5‐10 交通安全教育
芸陽バスでは路線バスなどに設置してあるレコーダーから、月に一度の頻度において、映像データを抜き取り収集し、これを安全教育にも活用している。
今日は総務課のI木課長と、T中さんから、路線バスなどへ実際に取り付けてある、ドライブレコーダーの映像を活用しての安全講習会に参加した。
毎日の運行業務があるので、2日間の内に運転手達は会場である3階の会議室にそれぞれが交代で集められた。
「今、私が配ったのは、今年度に改正された道路交通法についての問題です」
「みなさん、各問題の合っていると思うものに、『○』を付けていってください」
自分は普段から新聞などを読み、ある程度は交通法を気にはしていた。
しかし、自分には考えても、考えても…、分からない問題がいくつかあったので、後は自分の運を天に任せ、全部「○」と回答した。
それに大抵の場合には、他の講習会などでの問題は、受講者が後で覚えやすいように、正解がすべて「○」であるように作ってあることが多い。
しばらくして、会場の講師が言う。
「みなさんできましたでしょうか」
…会場には……みんな真剣なだけに、重苦しい空気が少しある…
「では正解が全部『○』と思う人は挙手をお願いします」と回答をやめさせた。
すると自分も含め2、3人が手を挙げた。
案の定、全問が正解であり、答えはすべて「○」だった。
主眼を覚えることにおけば、このように全問が正解だと、各自が答えを聞き間違えたり、聞き逃す可能性はなく、資料として利用できてずっとありがたい。
次はビデオ鑑賞だな…
「ここに流れる映像は、広島市内で起こったリムジンバスと、タクシーとの衝突事故です」と、T中さんがパソコンを操作し、スクリーンに映像を流す。
「これは三原で起こった路線バスと、一般の乗用車との衝突事故です」
流された映像では車がハンドル操作を誤り、バスに向かい真正面でぶつかり、車ごとはじき飛ばされた。
「こちらの方は、残念ながら亡くなられました」
この映像を観ている方には、かなりショッキングな内容である。
「皆さんもご承知のように、バスは様々な交通条件や、乗降客を加味した上で走らなければなりません」
「運行が多少遅れるのは、様々な条件により、特に路線バスにとって、仕方がない事もあるので、各自は無理な回復運転だけは絶対にしないように」
「どんな時でも、強い心を持ち、慌てず、焦らず事故が起きない様に気を付けてください」
最初は失礼ながら、軽い気持ちでこの映像を観ていたが、この事故映像が自分に訴えかけるものはすごく大きく、確かにその通りと、安全運転を心に誓った。
こういう講習会は非常にありがたいものだった。