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《 SF ・ハイファン・文芸 》

異世界と俺と69な日

作者: 丹部柿太郎

「……ここどこよ」


 辺りを見回す。外国っぽい建物の中だ。

 おかしくね?だってライブの最中だったよ、俺。


 手元を見下ろす。うん。ギブソンはある。ちゃんと持っている。鳴らしてみる。しけたショボい音。アンプはある。電気がないということか。


 もう一回周りを見る。俺がいるところだけ、円形に明かりが並べられているけど、その奥は暗い。


「そうか。夢だな」

 仕方ない。俺は昔からおかしな夢を見る特技がある。ちょっとばかり感受性ってやつが強い性格らしい。ドラマに映画、マンガ。そんなものに影響を受けた夢をよく見る。

 二十歳を越えたあたりからめっきり減っていたんだがな。


 ベルトを短くしてギブソンを背中側に回す。暗いとこでコケて傷つけるのはイヤだ。いくら夢だとしてもな。


 明かりがやけに揺れていると思ったら、松明だった。恐る恐るひとつ手に取る。熱い。火をこんな近くで見るのはいつぶりだ?

 夢にしてはリアルな熱に及び腰になりながら、暗闇に向かって進む。


 最近こんな映画を見たりしただろうか?

 それにこれは何系だ?やっぱりホラーか。暗闇からゴーストかエイリアンか巨大化したネズミが襲いかかってくるのだろう。

 幸い俺はポジティブシンキングだから、どんな化け物が出てきても一撃で退治できる。夢でぐらい最強でいたいもんな。


 と。


 突如、地を揺るがすような咆哮が轟いた。呼応するかのような叫び声。こちらは人のようだが、よく分からない。


 これはもしや怪獣系かと考えながら、元いた広間のようなところを出て、廊下を進む。やけに広い。が、誰もいない。代わりに暗闇の先に、大勢いる気配がある。怒声やらなんやらが聞こえるから。


 時々、怪獣の咆哮。

 揺れる建物。


 これは怪獣系の夢で決定だな。俺はどうやって戦うのだろう。空は飛べるだろうか。スーパーパンチ?その辺に何でも切れるナントカ剣が落ちている?


 のんびりと考えながら、そちらに向かう。どうやら外に出るようだ。ぼんやりと明るい。


 ひょい、とそこに足を踏み入れる。やはり外。かなり広い露台だ。大勢の人間がこちらに背を向け何やらしている。


 夜空に大きな赤い三日月。となりにドラゴン。咆哮するとその口から火が放たれる。人々はどうやっているのか見えないシールドを張っているようで当たってはいない。だが確実に劣勢だ。


 さて、俺はどうしようか。


「あ!勇者様!」


 そんな叫び声とともに俺の元に駆けてくる者がいた。

 勇者か、悪くない夢だ。

 そばに来たその人物は、軍服のようなものを着た色白金髪の若い娘。なぜか俺の背中を見て、


「伝説の武器をお持ちだ!召喚の儀は成功していたのだ!」と叫んだ。

 とたんに喝采が上がる。よく分からないが、めちゃくちゃにいい気分だ。


「で、仲間は?」と娘。

「仲間?」

「そうだ、仲間だ。バンドというのは四人組なのだろう?」

「……」


 とたんに気分が悪くなる。なんで夢でまでディスられなくちゃいけないんだ。


「……バンドの人数なんて決まっていない。俺は孤高なの」


 学生のときは四人だった。就職しても続けようぜとの熱い約束は半年で破られた。ひとり減りふたり減り、一年経たないうちに俺ひとり。いつの頃からかライブの案内をしても、誰も聞きにきてくれなくなった。

 一昨日道でばったり会った昔の仲間が

「もう四十だぜ?いい加減、結婚でもしたら?両親を安心させてやれよ」としたり顔で勧めてきたから、殴ってやった。


「両親は五年前に事故で揃って死んだ!葬式の案内もしたけどお前は忙しいって来なかったんじゃねえか!」


 奴はそそくさと去って行った。


 キャパ100人ほどのライブハウス。俺の演奏を聴いている奴なんていない。客にとって俺は、目当てのバンドとバンドの間の休憩時間だ。



「そんな、困る!」

 娘の叫びで我に返る。

「あ?なんで困るんだよ」

「だって!ドラゴンを退治できるのは、勇者様たちのバンド演奏なんだ」

「なんだそりゃ」


 俺は一体何の影響を受けてこんな夢を見ているんだ?


「変な夢」

「夢ではありません」

 新しい声がした。娘と同じような軍服を着た青年。

「遥か昔に勇者が封印した魔王が復活し、そのせいで各地に魔物が出没しています。そして魔王とドラゴンを退治出来るのは勇者様方のバンド演奏だけ。ですから姫さまがあなたを異世界から召喚したのです!」

「姫様」


 よく分からない。分かったのは、この娘が姫様だということだけだ。ていうかこの娘、すごい美人だ。


「……しかしひとりだけとは」

 青年も困惑顔だ。


「あのさ。前回はどんな奴らが来て、どんな曲をやったんだ?」

「ええと、ロバート、ジミー、ふたりのジョン」と姫様。


 ロバート、ジミー、ふたりのジョン?

 めちゃくちゃ心当たりがあるのだが、まさかな。


「高音の雄叫びから始まる激しい曲とのことです」と青年。


 もう、それはあの歌じゃん!

 今、まさにライブハウスで俺がひとりで歌っていた曲。


「あのさ。ここって電気ある?あればなんとかなるかもしれん」


 電気?とふたりは首をかしげる。

 俺は背中に回したギブソンを前に持ってきた。


「こいつの本当の音を出すのに必要なんだ。前の勇者が活躍したなら、電気を使ったと思うんだけど」

「ああ。勇者をサポートする魔法なら、代々我が王家に伝わっているから、私が出来る」と姫様の顔が明るくなった。


「よし!待ってろ、アンプを取ってくる!」


 夢だか異世界だか知らんが、俺は活躍できる!必要とされている!

 沸き上がる高揚感。

 もう一度ギブソンを背中に回し、来た道を駆け戻った。



 ◇◇



 アンプを手に露台に戻ると、明らかに形勢が悪くなっていた。人々は壁際まで下がり、肩で大きく息をしている。


「姫さん、アンプとギターを動かせ!」

「了解!」


 なんだか分からない呪文が聞こえ、それらが光輝く。

 俺は咳払いをするとジーンズのポケットからスマホを出し操作して、再びポケットにしまった。小さくカウントしながらタイミングをはかる。



 特徴的なギターリフ


 そしてシャウト


 叩きつけるドラム


 何気にかっこいいベースライン



 俺ひとりしかいなくたって。足りない分は自分で演奏して録音しておけばいい。

 スマホが残り三人分の音を出してくれる。


 まるで野外フェスだ。夜の大舞台に立てるのは、人気があるバンドだけだぜ?

 オーディエンスも山ほどだ(俺に背を向けているけどさ)。


 そしてドラゴンはなぜだか悶え苦しんでいる。その身体からはあちこちから紫色の煙が上がっている。

 オーディエンスの声援がどんどん大きくなっていく。


 そして。気持ちよく歌いきったのと同時に、ドラゴンははじけて消えた。


 耳をつんざく大歓声。




 ◇◇




「ありがとう、勇者様!」

 姫様が感極まったのか、抱きついてきた。かなり御立派なふたつのふくらみが押し当てられている。だいぶご無沙汰な感触に、鼻の下が伸びるのは仕方ない。


「勇者様。実は前回の勇者様がいらっしゃった時よりも、魔王が力をつけてしまいまして、ドラゴンは一匹ではありません」と青年が言う。


「そうなんだ」と姫様が俺から離れる。「頼む。最高級の待遇を約束するから、このまま私たちの世界でドラゴン退治、ひいては魔王退治をしてくれないだろうか」


 青年がつつっと寄ってきて、俺の耳に口を寄せた。

「我が王は、褒美に姫様を差し上げると申しております」


 褒美に姫様だと?

 まるでハリウッド映画のように美しい娘。しかも素晴らしいスタイル……。


「ああ。困っているのを見捨てることはできないからな。ドラゴン退治は任せてくれ」

 ガサガサな声で答える。


「さすがだ勇者様!」

 姫様が嬉しそうな顔をしてくれる。

 おお、俺も嬉しいぞ。こんないい笑顔が向けられるのはいつぶりだろう。


「で、ドラゴンはあと何匹いるんだ?」

「665匹です」と青年。

「……よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」

「665匹です。魔王が666匹生み出して、先程勇者様が1匹退治してくれたので、残り665匹です」

「共に頑張ろう、勇者様」

 姫様がにこりとする。


「いや、俺、もうすぐ40歳でさ。この歌の高音、けっこうキツイんだよな……」


「分かりました。勇者様喉専用回復ポーションを開発しましょう」青年がどこから取り出したのか、手にしたボードに書き込む。



 いや、そういうことじゃないし。

 665匹って、先に言ってくれよ。



 だけど。

 まあ、いいか。この世界は俺のロックを必要としてくれているみたいだから。


「とりあえずその回復ポーションとやら、今くれないか?喉ガッサガサで痛いんだよ」

 ベルトを短く直し、ギブソンを背に回す。

「あ、ついでにこれのカバーもほしい。壊れたらヤバいだろ?」





お読み下さり、ありがとうございます。

『6月9日はロックの日』と知って思いついたお話です。

ロックで怪獣を退治出来そうな曲といえば、これかなと思いました。

曲は好きですが詳しくはないので、深くつっこまないで下さい。


実在する人物・団体とは一切関係ありません。




《おまけ その後の話》

・多分、ピックと弦を買うために、元の世界と異世界を行ったり来たり。

・異世界転生を果たして自分より若くなった両親と出会って、バンド結成。




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