第19話 着替えシーンと、等価交換
明石さんから放送部の――みゆきのことを聞いてから次の日。
俺は、幼なじみとして、みゆきのために何かできないかと考える、
――なんてヒマもなく。
「待つでごわす!」
「誰が待つか!」
ひたすら、廊下を走っていた。
野太い声とともに追いかけてくるのは、ふんどし姿の大男。
昨日が剣道部なら、今日は相撲部ってわけか。
というか、まだ放課後になったばっかりだぞ。教室から生徒会室への道すがらを襲うとか、準備良すぎだろ。
「うおおおお!」
大男、もとい力士の張り手が、すぐそこまで迫ってくる。
太ってるわりにめっちゃ早いな!
「くっ!」
おそらく、単純な運動能力では敵わない。だったら、俺は頭を使うだけだ。
角を曲がる。生徒会室へは、その先にある渡り廊下を突っ切るのが最短ルートだ。
だからこそ、俺は渡り廊下へ向かわず……その隣の階段へと突き進む。
「むっ!?」
背後から混乱したような声。よし、読みが当たった。
部活の奴らも生徒会室の位置を把握しているから、俺が当然そこへの最短ルートで逃げ切りたいと考えているだろう。だから俺を追いかけるその足にも、迷いがない。
そこを逆手に取った、というわけだ。
俺が予想外の動き、ルートを選んだ瞬間、わずかだが迷いが生じる。
「よしっ!」
こっちはここ数日で何度も逃げ切っているんだ。生徒会室へのあらゆるルートは頭にインプット済み。
「おのれ、待つ出ごわす!」
「待たねえっての!」
階段を上がっていったん3階へ。それから3階部分の渡り廊下を通って、生徒会室のある北校舎へと向かう。
「ぐぬぬ!」
「ふっ!」
北校舎の階段を使って2階へおりる。あとは生徒会室に向かって一直線に走るだけだ。
「うっ、うおおお!」
相撲部の大男の張り手をすんでのところでかわす。そして、全力ダッシュして――
ガチャ、バタン!
生徒会室にすべりこむことに成功した。
「……ふう」
ほっとひと息。扉の向こうからは、恨めしそうな声が遠ざかっていく。へへ、ざまあみろ。
さてと、いきなり全力疾走したし、お茶でも入れて落ち着こうか。
なんて思って前を向いた瞬間、
「……あ」
俺の身体は硬直した。
目の前に、下着姿の会長がいたからだ。
「……」
珍しく目をまんまるにして、こちらを向いている。まさかこんな風にいきなり俺が入ってくるとは思わなかったんだろう。
「えっ……と」
全体的に引き締まったスタイルのよさ。だけど身体の一部は女の子のなめらかな曲線を描いていて、まるで絵画みたいだ。
そして肌色をわずかに隠しているのは、ピンク色の下着。この前見た白色のやつは違う……って当たり前か。
って! じろじろ観察してる場合じゃない!
「悪い!」
勢いよく回れ右。扉の方を向いて、気をつけの姿勢をとる。
「その、のぞくつもりはなかったんだ。今日は相撲部のやつに追いかけられてて……まさか部長が中で着替えてるなんて思わなくて」
言い訳がましく聞こえるかもしれないけど、精いっぱい謝罪の意を表明する。だけど見てしまったのは事実だし、怒られるのも仕方ない。
そう思っていたのだが、
「ふふ」
「え?」
聞こえてきたのは悲鳴でも、怒号でもなく、小さな笑い声だった。
「会長?」
「もう着替えたから、こちらを向いて構わんよ」
「あ……おう」
おそるおそる、振り返る。そこにはいつもの制服姿の会長。
「見苦しいものを見せてすまなかったな」
「いや、見苦しいなんてことは」
むしろごちそうさまというか……いやいや。
「先生の急な頼み事で、体操服から着替える時間がなかったのだよ」
「そ、そうなのか」
口調はいつもどおり。どうや本当に怒ってないみたいだ。
「それにしても、和真君は立派だな」
「? なんのことだ?」
「いやなに、普通なら生徒会室で着替えている私を責めて、自分に非がないことを主張するものだろうと思ってな」
「ああ、そんなことか」
「理由はどうあれ、女子の着替えを見てしまったんだからな。悪いのは俺の方だ。悪いことをしたら謝る。当然のことだろ?」
ついこの間、みゆきの裸を見てしまったときもそうだった。というか最近の俺、女子の着替えに遭遇しすぎじゃないか? ラブコメ主人公かよ。
「……」
と、またしても会長は目を丸くしている。
「どうかしたか?」
「いや、なんでも……ふうむ。そうかそうか」
うんうんと、何に納得しているのか会長は頷いている。
「さすがは和真君。私が見込んだだけはあるな」
「そんなことねえよ」
「お詫びにひとつ、言うことを聞いてくれるだなんて、まさに男の中の男だな」
「おいちょっと待て。そこまでは言ってないぞ」
俺の発言を捏造するな。
ただまあ、
「いいよ。悪いのは俺だし」
「む、本当か?」
「ああ。って言っても、値段の高いものとかはナシだぞ?」
「わかっているとも」
再び頷く会長。なんだかさっきよりもうれしそうだ。
そして、言う。
「なに、難しい話ではないよ。ひとつ、頼みたいことがあるのだよ――」




