ギャグ悪魔と町娘
第一部
第9回
(え、消えた?倒したのか)
その悪魔は私の想像を遙かに凌駕していた。なんと顔が4つもある。正確には四面体の顔だ。お前はサイコロか。めちゃくちゃ気持ち悪いし、笑っちまう。4つの顔それぞれ表情が違うからだ。
こいつは何を考えてるんだ。右のやつは寝ているぞ。いったいどうやって生まれたんだ。就寝中は下の面は窒息死するぞ。
いかん、真面目に考えれば考えるほど、頭がおかしくなりそうだった。
おまけに肌の色は信号機の薄い青色のようだ。髪の毛は金髪というか黄色。目の色は赤。
分かった。こいつは信号機の生まれ変わりだ。
(こんな化け物見たことない)
悪魔が攻めて来た時に居合わせたこの馬男も、こんなサイコロな変顔で、信号機の生まれ変わりは見たことがなかった。
とにかく真面目に考えると頭がおかしくなりそうなので深く考えないようにする。所詮は悪魔だ、ここはなんでもありな剣と魔法と夢の国、純和風の世界なんだよ、ここは。
しかしいったいどれほどの悪魔がいると言うのだ。そのうち便器の生まれ変わりの悪魔でも出てくるのか。
(なんだよ、楽勝じゃん)
俺は勢いだけで後ろから飛び蹴りを食らわそうとした。が、すんでのところでその奇妙な悪魔は消えた。声をあげる事もなく、一瞬の出来事だった
手応えはあった。靴の先がやつに触れた瞬間消えた。とにかくもうあの奇妙な悪魔はいない。
(しかしいったい今のはなんだったんだ。これが俺の力か)
(さすが救世主様、普通の男とはちがうな)
(なんだかよく分からないけど勝っちまったよ)
あっという間の出来事で、本人もなにが起こったのか分からなかった。せっかく悪魔と戦えると意気込んでいたのに。
相手が弱いんだよ。あのときの悪魔はきっと下級悪魔に違いない。
(あのう、すいません。助けていただいて)
和服姿で髪型も舞子さんのようにかんざしに髪結いをしていて、当たり前の事だが、昔の日本人って感じだ。
そういえば俺はこの人を助けようとしてたんだよな。あのギャグ悪魔のせいですっかり忘れていたよ。
(助かって良かったですね)
あんな悪魔より早くも俺はこの和服姿の女に興味がうつっていた。
(一蹴りで悪魔を退治できるなんて、私強い人は大好き)
早くも縁結びの神が舞い降りたか。魔王退治なんてどうでもよくなってきた。俺の物語は早々に終わりそうだ。あっという間だった、現世ではあんなに縁がなかったのに。既に結婚の2文字が頭をよぎった。
さすが妄想王の名は伊達じゃない。いくら悪魔から助けたとはいえ、数分前に初めて見て、ふたことめに、もう結婚生活を夢見ているのか。
幸せなやつだな。世界一の楽観主義者、脳天気、単細胞。良かったな、ここは空想の世界さ、そうさお前が思う世界さ。いい夢を見ろよ。
(あなた、明るくて若くていい感じ。結婚しましょう、そうしましょう)
でもこの性格は治らないな。思った事はすぐ口にしてしまう、空気読めない脳みそ空っぽな男だな。
(いいのですか、私なんかで)
(えっ)
先に言ったお前がなぜ驚く。冗談のつもりで言ったのにまさか早くもハッピーエンドか。
(ちょっと待った)
せっかくのお見合いに邪魔が入った。まさかこの馬男も狙っているのか。もとが馬のくせに人間と結婚出来るわけないだろ。
(娘さん、あんた鹿だな。俺は馬なんだ)
もはや日本語になってない。これ以上の説明は要らない。この女も魔王に姿を変えられた動物だったのだ。
俺の夢は一瞬で崩れ落ちた。俺は一応人間だ。動物は好きだがさすがに妄想王でも結婚は出来ない。
(まあ、あなたも魔王に。お互いもとは動物どうし、頑張りましょうね)
そうだ、馬鹿っプルと言う言葉を君たちに送りたい。
(早く宿を見つけないと夜になっちまう)
(あら、宿を探しているのでしたら、ご案内させて下さいな。実は今、私の再就職先がこの近くの宿ですの)
だからなんで最後のセリフが現代用語なんだよ。せっかくのファンタジーがまたブチ壊れだ。どこで覚えたんだよその言葉は。
鹿女といい、俺は完全に我に返っていた。サトシは不満げにその場をあとにした。