猿と馬
第一部
第5回
(いらっしゃーい)
(げぇ、馬が)
犬や猫が人間のような姿で生活していたのを見た事は初めてではないが、さすがに馬は違和感がある。
犬やら猫ならまだしも、馬の擬人化だ。さすがここは夢の国、これが俺の死後の世界だ。
(車で伊賀の国に行きたいのだが)
秀吉はこの二足歩行で人の言葉を話す馬みたいな男と取り引きをしている。ここの戦国時代の人たちにとっては普通の事なんだろうが。
まあそれはいいとして、この時代に車なんかあるわけないし、一体どういう事だ。
(伊賀の国だと料金は人参300本くらいかな)
人参300本って、やっぱり馬かよ。しかも今決めたんじゃねぇかよ、ちょー適当だな。
まああんたも商売人、人並みならぬ馬並にその適当加減は人情があっていいかもな。それに銭より人参の方が価値があるなんて面白い。
(人参は後で奥の蔵に入れといてな)
それだけ言うと馬男は奥の部屋へ去って行った
(サトシ殿、私はこれにて殿のところまで戻りますが伊賀の国まで道中お気を付けて)
しかし秀吉さんもあの信長の家来だなんて、本当にたいへんだな。それにしても悪魔討伐は面倒くさいなあ。こぅサクッと魔王の目の前まで行けないものかね。
俺はもう死んでるし、誰の指図も受けないし、もちろん仕事なんてのはしなくてもいい。毎日気楽にもっと適当に自由に生きたいのよ。悪魔討伐なんて引き受けるんじゃなかったな。俺は英雄になんかなる気はないし。
(そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。俺死んでるから無敵なんだ。腹も減らないし、なんとかなるよ)
少しして、奥からあの馬男が出て来た。
(お待たせ。じゃ行くよ、さあ乗った乗った)
(げぇ、まさかあんたに背負って。しかもなんで学校の体操着やねん。半袖短パン、紅白ハチマキいらんやろ。鼻息荒いってあんた馬か)
二足歩行で顔は人間、馬だけにちょっと馬面、体は筋肉質で全身馬のような毛で覆われていて尻尾はない。太い腕に下半身はとんでもないムキムキだ。見た目がミノタウロスのようで強そうではあるが、その今にもはち切れんばかりの体操着を見るとミノタウロスなんかより面白くて愛嬌たっぷりだ。
ツッコミどころ満載なこの人間のような馬男はなんだか面白そうじゃないか。
(まったくここは想像だにしない世界だ)
真面目に冷静に考えてたら頭いかれてまうわ。パニックになりそうなときはいつもこのように自己暗示するのがいいんだ、深く考えない。
ぶつぶつ言いながらこの面白そうな乗り物に乗ることにした。しかし秀吉もひどい事を言う、これが車だなんて。
(ちゃんと乗ったかい、さあ行くよ)
馬男の顔付きが変わった。次の瞬間、俺は放心状態になっていた。