駅前―チラシ配りの武将②
「がんばってるな、立見」「遅くまでよくやるな」
一瞬、警戒した立見だったが、すぐそれを解いて表情を和らげた。
そこには戸倉、秋山という昔から知る同じ歳の仲間がいた。仕事の帰りらしく、二人はやや疲れた顔をしている。それをねぎらうと、やや口調を明るくさせて仲間らが言った。
「まあ仕事も順調で、さして問題なくうまくいってるしな」「また今度、史跡巡り行こうぜ」
そう笑いながら仲間らが駅前を後にして行き、立見が手を振ってそれを見送る。
怒りと落胆を味わった後だけに、ほんのわずかな間のことが妙に嬉しい。その後、小原と村下という仲間にも会う。いくらか気分も軽くなったところで、さて、おれも帰ろうか、と思い荷物をまとめようとする。
すると傍らに一人のビジネスマンが足を止めていることに気づいた。その手には、先の背の高い男が投げ捨てたチラシがあった。
「へー、歴史店ですか・・・」
まだ新人なのか、若そうなその男がチラシをしげしげと眺める。
「店の方の景気はどうです」
「いやー、悪戦苦闘というか、なかなか楽ではありませぬが・・・だけどまあ、背水の陣でがんばっておる所存ですよ」
好感触を示す人間もまれなため、感情が高ぶってつい口調が変わってしまった。
それから、「横綱だった朝青龍が引退しましたねー」「ハイブリッド車が売れてますねー」などの世間話を二、三すると、ビジネスマンは立見の格好を見ながら口調を改めた。
「ところで、歴史がお好きなようでしたら、それにぴったりのいい話があるんですが・・・」
新人が持っていたカバンを開けてパンフレットや冊子を取り出す。
それを受け取ろうとしたところで急に、「タ~ラコ~、タ~ラコ~」というテレビのCMソングの着信音が流れた。携帯電話を取り出した立見が、その画面を見て一瞬顔をしかめる。登録されていない番号の表示に、嫌な予感を覚えつつ通話ボタンを押す。するといきなり怒鳴り声が耳元を強襲した。
「おい、立見! 今からすぐ来い! 五秒以内でだ!」
そこで一方的に通話は切れた。しばらく耳鳴りが治まるのを待つ。
声の主は団で間違いなく、事情はすぐに察した。また金もないのに酒を飲みに行き、そしてその代金を支払わせる目的で、他の客に酒の飲み比べ対決をふっかけたに違いないと。それでいて対決の分が悪くなると、急遽、立見を加勢として呼び寄せるのだった。
通話料金を払えない三人は携帯電話を持っていない。登録されていない番号だったのは、団が他の客を脅して強引に携帯電話を取り上げたためで、それも以前と同様のことだった。立見の持つ携帯の番号は、紙に書いて盛原に持たせているようだった。
これで何度目だろうとうんざりするものの、立見はあきらめて三人のもとへ向かうことにした。新人ビジネスマンには、「急用ができたんで、また今度」と軽く詫びる仕草をし、バイクの停めてある駐輪場へと急いだ。
スピードを上げたバイクが夜の町を走り抜ける。三人のいるところはいつも同じなのでわかっている。立見はアクセルをふかすと、急いで彼ら行きつけの居酒屋へ向かった。
風を切って走るうちに、まるで駿馬に跨っているような気になる。まさに人馬一体だ・・・と気分はすっかり騎馬武者感覚だった。
すると突然、走らせていた馬ならぬバイクの速度が緩まった。そして暴れ馬のように機体が上下に激しい揺れを起こし、前に進むのも困難なほどになる。
慌ててバイクを止めて降りると、エンジンが断続的に音を発して煙を出し、やがて完全に停止した。あちこちいじってみようが、叩いてみようが、うんともすんともいわない。
呆然とする立見の頭に、ふと数日前の記憶がよぎり、同時にある人物の顔が思い浮かんだ。人のバイクに、ブエナビスタだの勝手に名づけて乗り回していた人物である。競馬界の年度代表馬か知らないが、この惨事は、その人物=団の無茶な乗り方のせいだと立見は断定した。
その後、散々苦労した末に立見が居酒屋に辿り着いた時、三人の姿はどこにもなかった。