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平成カワナカジマ  作者: でん丘じん介
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 居酒屋②―金なしあがきの三浪人

 隣から聞こえる声を払拭するように酒を(あお)っていると、思い出したようにヒゲがつぶやいた。

「ところで今日はどこへ行ったんだ、立見(たつみ)のやつは」

「今日も朝から駅前に行ったみたいだけど~」

 太めがそう言って大ジョッキを煽る。

「ああ、また宣伝活動か。店の状態もいよいよ危なくなってきたっていうわけだな」

 ヒゲが短絡的に笑うと、長髪が得意げに批評してみせる。

「だいたいあいつは商才ってもんがないからな」

「でもあれだね~、立っちゃんの歴史好きは昔からだったけど、まさか店をやってるなんて思いもしなかったね~」

 太めがしみじみと言って大ジョッキを煽ると、それでヒゲも思い出して言う。

「そういえば地域柄、ガキの頃は歴史っぽい遊びとかよくしたよな。我こそは越後にその人ありと言われた将なり――とか言ってチャンバラやったりしてよ」

「人数を集めて軍団合戦みたいなのをやったりもしたよね~。ああいう時の立っちゃんは生き生きしてたな~」

 太めが笑って言うと、ああいう時だけはな、と「だけ」を強調してヒゲが言う。

「他にも秘密基地みたいな城づくりに挑戦したよな。あれも確かあいつが言い出したんだよ。その城も完成したけど、つくりがもろくて三日目も経たずに壊れたんだよ」

 今考えればあんなのよくやってたよなあ、と懐かしそうにする。

「その頃とあんまり変わってないんじゃないか、立見は?」

 長髪が冷笑を浮かべる。ヒゲもそれに同意してうなずくと、ふと思い出して話を戻す。

「それでなんで店が危ないんだ? 食品偽装じゃなくて商品偽装か?」

「いや、粉飾決算じゃねえのか。意味は知らねえけど」

「それは、どげんかせんといかんね~」

三人が高らかに笑う。

「そういえば、この間もなんかになるとか言ってなかったっけ?」

 太めが記憶を辿りながらジョッキを傾ける。

「ああ、あれだろ。一国一城の(あるじ)とかいうやつ」

 ヒゲが思い出したように続けて言う。

「意味がわかんねえよな。いったい何時代の人間だよ。しかもどうやってなるんだよ」

「前から言うことだけはでかいんだよ。夢なんか追う歳でもないだろうに」

 長髪が少しイラ立ったように頭を掻きむしる。

 その後も三人は、立見という人物を酒の肴にして悪し様に言い合った。実のところこの三人は、地元にいながらそれぞれ事情があって身を寄せる所がなく、歴史店を経営するその立見のもとに住まわせてもらっている身なのである。本来なら店主に恩こそある立場なのだが、本人がこの場にいないのをいいことに、ふんだんに毒を盛り込んで言いたいことを言い、大いに憂さを晴らすのだった。

 ヒゲの(だん)、長髪の長壁(ながかべ)、太めの盛原(もりはら)、そして彼らが話の肴上に載せていた立見。この四人は、互いに子どもの頃からよく知る幼なじみだった。


 その後も酒量が増し、酔いが回るとともに、さまざまに話が脱線する。そうしてすっかりいい気分になったところで、そろそろお開きにするか、と誰ともなしに言って意見が一致する。その段になって急に三人とも無言になり、そのまましばらく睨み合いが続く。

 そこで初めて、三人とも自身が金を持っていないことを告げた。自分は金がなくても、他人がなんとかするのだろう。そう互いが互いを当てにして飲んでいたのだった。

 だがその当ても外れると、その後はさんざん罵り合い始めた。やがてそれに疲れると、三人はがっくりと肩を落とす。

「どっかに楽して儲かる話ねえかなあ・・・」

「ユニクロの社長の息子だったらな・・・」

「毎日お酒飲んで暮らしたいね~・・・」

 そう嘆いていると、ふと隣のテーブルから声が漏れてきた。

「今日はけっこうな人数が好感触で・・・」

「説明会もわりと好評らしいが・・・」

「大金が稼げるって言えば、たいてい・・・埋蔵金の噂もあるし・・・」

 金という言葉を耳にした途端、三人が即座に反応する。そして隣から漏れてくる会話に聞き耳を立てる。だが声が低く、話は断片的にしか聞こえない。無一文の悲しさか、話を聞き取ろうと耳を寄せるにつれ、三人の体が自然と隣のテーブルの方へと近づいていく。

 しかし、近寄りすぎてビジネスマンたちがそれに気づき、うさんくさげな目つきを三人に向けた。そして外見から三人を値踏みするように眺めて、ヒソヒソ話し出す。

(こいつらもニートかフリーターか?)(どうせ金のない貧乏人だろ)(人生終わってるな)

 はっきりとは聞こえないまでも、態度や口調から良くは言っていないことだけはわかり、ヒゲ男の目つきと顔つきが徐々に変わり始める。

 だがそこでビジネスマンらが何やらコソコソ言い合って、三人の方を向く。

「ひょっとして我々の話に興味でもあるのか? 見たところキミたちは、学もなく金もなく、この先に明るい未来も希望もなく、生きてる意味もないんだろうが――」

「そんなしんどい毎日から抜け出す、いい話を教えてやろうか、隣席のよしみで特別に」

 厚意というよりは、ほとんど愚弄という感じで嘲笑う。それで短気なヒゲの団が暴発寸前になる。

 その団を長髪の長壁が制し、当てにするように太めの盛原を見た。飲んでは食べて金を持っていないことに気づいた時、決まって三人はあることを他の客に持ちかけた。

 そのあることとは、制限時間内にどちらがより多い杯数の酒を飲めるか、という支払いを賭けた飲み比べ対決だった。この不愉快でどうせ安月給だろう勤め人らをその対決相手にして、さんざん酔い潰して支払いも押しつけてやる。

 嘲笑する男たちを見据えながら、団と長壁は無言でそう確認し合った。



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