居酒屋①―格差嘆きの三浪人
それほど広くない居酒屋の店内は、夕方をすぎた頃から活気づき始めていた。不景気のせいか、その店もここ最近はめっきり客が減っている。だがこの日は週末ということもあり、店内はそこそこの賑わいをみせていた。
座敷席では談笑するビジネスマン数人の姿がある。彼らはスポーツや人気の音楽、巷で売れ行きを伸ばすヒット商品など、様々な話題で盛り上がっていた。
その盛り上がる隣で、さも不快げに酒を飲む者の席もある。不快にはなりながらも、隣から漏れてくる話につられ、その席の一人が口を開く。
「確か今年は、サッカーのW杯南アフリカ大会があるんだったな。去年は野球のWBCで日本が優勝したんだったか?」
作業着を着たその男は、顎ヒゲを生やし、さほど大きくはないながらもその体は角張ってゴツゴツしている。
「音楽で去年人気だったのは、K‐POPとかだな」
頬杖を突いて気だるげに言ったのは、ヒゲ男の隣に座る痩せこけた長髪の男だった。マスクを顎にかけ、後ろで髪を縛ったその男は、自分で言ったことに気づくとなぜか不機嫌そうに頭を掻きむしる。
「食べ物関係で人気だったのは、食べるラー油とかノンアルコールビールとかだね~」
ほがらかにそう言うのは、ヒゲと長髪の向かい側に座る太めの男である。追加で注文した生ビールと唐揚げにフライドポテト、串焼きや刺し身の盛り合わせ、さらにピザや焼きソバまで運ばれて来くると、柔和な顔をさらにほころばせて言う。
「他では東京スカイツリーとかをつくってるそうだね~」
景気のいい話題が上がるにしたがい、しんみりしていた席上もやや活気づく。だがそれも一時的であり、しばらくすると三人は溜め息を漏らした。
「・・・だけどおれたちには関係ねえことだな」
「別次元のことすぎて、現実感がないんだよな」
世界的なスポーツの大会の盛況や期待。人々の耳目と関心を集める音楽業界の華々しさ。そしてヒット商品を出した企業の好調さ。それらがいかに世間を賑わせ活気や影響をもたらしているといっても、それで自分たちの置かれた状況が良くなるというわけでもない。それよりもむしろ、隔絶感がかえって落胆をもたらすような感覚さえある。
それを紛らわせるように三人は酒を煽った。そこへうんざりしたような声が聞こえてくる。
「しかし最近の若いやつらはダメだよな」
景気のいい話で盛り上がっていた隣の席は、いつの間にか厳しい空気になっていた。
「想像してた仕事と違うとか言って、すぐ辞めやがるし。やる気も根性もないし、だいたい学生気分が抜け切ってねえんだよ」
「すぐにしんどいとかばっか言いやがるしな。おれたちが入社した頃の方がもっときつかったろ」
30代くらいと思しき三人連れのビジネスマンは、同じ会社の後輩か部下のことなのか、若手社員を槍玉に挙げ、それが若者の全体像だとみなしているらしい。
三人のうちの一人が隣の沈んだテーブル席を一瞥すると、酒の勢いもあってか、なおも舌鋒を鋭くさせて言った。
「それに世間じゃ無生産や無責任な役立たずが増えてるんだろ」
「いい歳して親に養ってもらって働かないニートとか、気楽な働き方しかしないフリーターとかな。他にも生活保護を受けて働かずに金もらってるやつらとかな」
「なんでおれたちが働いて払った税金が、そんなやつらに使われなきゃならねえんだろうな。まったく世の中おかしいぜ」
ビジネスマンらの声が大きくなるにつれ、隣にいる三人の不愉快さも増していく。まるで自分たちに聞かせるつもりで言っているようで、ヒゲがイラ立ちを募らせた。