霧雨市怪奇譚 縊れ鬼
私の個人HP(http://nozakibiblio.web.fc2.com/)に掲載している作品を微改修した作品です。
ちょっと現象が現象なのでせんしてぃぶかもしれませんが、実行はしてないからせーふだよね?
……ごほん。
短編シリーズは久し振りの投稿になりますが、過去作です。
新作も二本、寝かせているのですがまあ、そっちも機会を見て投稿します。
というわけで、お楽しみ下さい。
山の中にぽっかりとできた広場、青ざめた月光を浴びて、中央に生えた松の木が浮かび上がっている。
加藤清虎は、その木の根元に、木箱を踏み台にして立っていた。
目の前で、ロープが揺れている。
先が輪になった、首吊りのロープだ。
清虎はその輪にゆっくりと首を通した。
ロープの先は太い枝に括り付けられていて、そう簡単にはほどけない。
後は足下の台を蹴り飛ばせばいい。
それで全てが終わるはずだ。
こっちに、来い。
首を、括れ。
吹き抜ける風に混じって、そんな声が聞こえた気がした。
「わかった、今やるよ」
清虎はそう言うと、大きく息を吸い込んで踏み台を蹴り飛ばそうとした。
「……死んだって、良いことありませんよ。特に自殺は」
後ろからそう声をかけられたのは、その時だった。
思わず振り向くと、メタルフレームの眼鏡をかけた、きつい印象の少女が腕組みをして立っていた。友人の土岐日向だ。
「お兄さん、どうして急に自殺なんかしようとしたんですか? みんな心配して、探し回ってますよ」
「理由なんか、ないよ。みんなには薄ぼんやりとした、わけの分からない不安とでも言っといてくれ」
確か、芥川竜之介が自殺した理由だった気がする。
実のところ、清虎にとってはそれで十分だった。
何か理由があっての選択ではない。この前の遠征の帰りにこの松を見かけた時から、そうしなければならないという思いに駆られているのだ。
「断ります。自分で伝えてください」
日向はスマートフォンを取り出してボタンを押した。
誰かを呼ぶつもりなのだろう。
「やめてくれ。これ以上誰の顔も見たくない」
「だめです」
「やめろ!」
清虎は台から降りると、日向に掴みかかった。
日向は懸命に抵抗するが、さほど時間もかからずに、清虎はスマートフォンをもぎ取り、通話を取り消すとその辺に放り投げた。
「頼むから死なせてくれ」
「だめです」
清虎は日向の両肩を掴んで、言った。
「俺はなんとしても今日、ここで死なないといけないんだ!」
日向はふう、と一つ息をついた。
「それは、お兄さんの意思じゃないですよね」
清虎の手をどかすと、木に背を向けた。
「理不尽な死に方をした者の無念がその場に留まり、他人に自分と同じ死に方をさせようとする。『桃山人夜話』にそういう妖怪の話があるそうです」
唐突な切り出し方に、清虎は何の話かと訝ったが、日向は背を向けたまま続けた。
「今のお兄さんは、死神に憑かれてるんです」
「お、おい、やたらなこと言うなよ。死神なんて、非現実的な……」
「確かに、非現実的かもしれません。でも、木を見てください」
日向に促され、清虎は背後の木を振り返った。
立派な松の木の、周囲に張り出した太い枝からは、幾人もの死体が下がっていた。
頑丈なロープに吊られた縊死体は、手足が硬直し、やや前傾してぶら下がっている。
その白濁した目が一様に清虎の方を向いていた。
「――っ」
清虎は、言葉を失った。
耐え難い生理的な悪寒が全身を巡る。
「この木は別名、縊り松。ここ数十年の間、年に一人の割合で自殺が出ているそうです。アレはたぶん、その自殺者達です」
「な、な……」
何かを言おうとしても、言葉にならない。
舌がうまく回らない。
縊死体の一つが、口を開いた。
低い、唸るような音がそこから漏れ出す。
それに同期するように他の縊死体も口を開く。
その唸り声は何かを言おうとしているかのように高低をつけて耳に入り込んでくる。
清虎は、最初、死者達が何を言っているのかわからなかった。
だが、すぐに気付いた。
清虎を呼んでいるのだ。
こっちへ、来い。
首を、括れ。
そう言ってるのだとわかった途端、清虎は糸が切れたようにその場にへたり込んでしまった。
「お兄さん、へたり込んでないで逃げましょう」
日向がそう言って腕を掴むが、力が抜けた清虎は上手く立ち上がれない。
それでも、這いずるようにして木から離れる。
死者達は何をするでもなく、ただ濁った目で恨めしげに清虎の方を見ていた。
木が見えなくなった頃、ようやく二人は足を止めた。
「助かった……のか?」
「ええ、たぶん」
清虎の口から、安堵の息が漏れた。
と、その時、清虎のポケットで携帯電話が唸った。
慌てて取り出すと、画面にはこう表示されていた。
『着信 土岐日向』
そんなはずはない。
日向は目の前にいるのだ。
「そう言えば、私のスマホは確か……」
「あの木の根本か」
二人は無言で顔を見合わせた。
なおも、携帯電話は唸り続けている。
「これは、出たらまずいんだろうな?」
「私にはどうもできません。知識しかないですから」
出たら今度こそ、引かれる。
それがわかっているから、出るわけにはいかない。
だが、着信を拒否したとしても、それで追跡が終わるとは限らない。
どうしていいかわからず、押し黙っていると、携帯電話は留守番モードになって、振動が止まる。
『もしもし、加藤先輩? 今どこですか?』
聞こえてきたのは、黒田孝美の声だった。
清虎はすぐに通話ボタンを押す。
『加藤先輩、無事だったんですね。みんながどれだけ心配したか……』
孝美の安堵するような声が聞こえてきた。
「悪い、黒田。でもなんでお前が日向のスマホを持ってるんだ?」
『え? ああ、落ちてたんですよ、松の木の下に。木には何も下がってないから、トッキーが上手くやったんだとは思ったけど……』
そこで孝美は一瞬、言いよどんだ。
「どうした?」
『ひょっとしてお邪魔かなぁって』
「人聞きの悪い」
いつものやり取りだが、清虎は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「孝美、私たちは今のところ無事です」
横合いから日向が口を挟んだ。顔が近い。
「今、そこから少し下ったところにいるんですよ。お兄さんが足を滑らせちゃって」
『なにしてるんですか』
「それで、私だけではどうしようもないので、迎えに来てくれますか?」
『はーい。じゃあ、待っててよ』
そう言って、電話が切れた。
「今の、聞こえてました?」
「あ、ああ。孝美には聞こえなかったみたいだけどな」
二人は、孝美の声に重なるように聞こえる、小さな声をしっかりと聞いてしまっていたのだった。
こっちへ、来い。
首を、括れ。
その声はしばらく、耳から消えそうになかった。
死神……
『絵本百物語 桃山人夜話』に見える妖怪。
今日的な死神には死を司る神、死者を冥界へ導くタナトスなどのイメージがあるが、ここでは死者の怨念が生者を引き込もうとするモノとして描かれている。
中国の鬼にも似た扱いであることから、両者は同一の起源を持つと考えられる。
――――十詠社刊『本朝妖怪録』より抜粋
原題はまるで芝居の題名のようなブツでした。僕才能ないのかな。
シリーズの他の作品と合わせるためにタイトルをいじった他、清虎を迎えにくるキャラも日向に変更になっています。
なので、主な改修箇所は台詞周りになります。展開自体はまったく変わっていません。