1-4 刑事アルフレッド
クレオは浜の赤い屋根の小屋へとたどり着いた。肩で息をしながら握っていた拳を開くと、貼りついた血糊の感触がより現実味を帯びる。
中を見渡すが、人影が見当たらなかった。不安が彼女を襲う。パンを食し腹痛を訴えるギヨームの像が、まぶたの裏に浮かんだ。
―― 彼はなぜ、死ぬとわかって食べたのだ……?
「……だが俺は、もうお終いだ」
ギヨームの言葉が脳内に響く。
―― ハッ。
気配を感じて、クレオは身構えた。
「お終いだ、観念しろ」
瞬く間に周囲を囲まれた。クレオはとっさにサーベルを抜いたが、すぐに戦意を失った。―― 彼女を囲った男たちはみな、黒い銃口を向けていた。
***
クレオは衛兵たちに連行され、彼らの事務所へ入っていた。目の前にはひとりの背の高い男がいたが、彼こそが彼女に銃口を向けていた一団の長で、敏腕と名高い刑事アルフレッドだった。
「安心しろ、お前を殺しはしない」
そう言って刑事は、真っ赤な紅茶を出した。「毒など入れていない」
クレオは観念して、カップに口をつけた。
「浅はかな女め、見も知らない人間に頼みこんで、自分をどこかへ逃がしてもらおうという肚だったか」
クレオは答えなかった ―― そうだとも、そうでないとも。
「ひとつだけ、お前に与えられる生き方がある」
アルフレッドは言った。「ずっと惨めな暮らしをしてきたのだろう。今こそ、大義ある人生を始めてみないか」
憎悪の瞳で、クレオは彼を睨んだ。彼女の熱い感情が、このうえなく冷え切った視線を刑事へと向けさせた。
アルフレッドは咳払いをすると、調子を変えてこう言った。
「君はなにか、誤解をしているようだな」
彼は戸棚からアルバムを取りだし、一枚のモノクロ写真を彼女へ見せた。
「これがだれだかわかるだろう」
写真にはアルフレッドと、クレオの知る人物 ―― ギヨーム ―― が写っていた。
「交渉のときの写真だ。……言ってしまうが、私は今でも彼の味方だ。彼を逮捕したのは私だが、それは彼の身に危険が迫っていたからだ。だから私はあえて彼の敵に近づき、身柄を送るように交渉した ―― ギヨームが、そいつらに殺されぬうちにな ――。……しかし、今回の彼の死については私も驚いた。毒殺の疑惑があるということだから、司法解剖の手続きをしたところだ」
クレオはいまだ注意深く、刑事を見据えて話を聞いていた。
彼は話をつづけた。
「ギヨームも悪党には違いないが、それでもあいつには徳があった。ああいう連中にはそれなりの仁義というのがあるもので、ギヨームにはそれがあった。……その彼の去った後、ソングロンは荒れ放題だ。今あの地で幅を利かせているジャン=ポールという輩はとんでもないやつだ。今やっと観光地としての一歩を踏みだしたブロンシ島だが、やつを放っておいたらどうなるかわからん。ギヨームと違って交渉もできんやつだ」
―― この刑事の話はほんとうなのか……、いや、だとしても、私に話すことにどんな意図がある……。
「そこでだ」
アルフレッドは切りだした。「君に極秘の任務を受けてもらいたい」
「任務……」
ここでようやく、クレオはつぶやきを漏らした。
刑事は声を潜めた。
「君にはブロンシ島へ行ってもらう。もちろん、ソングロンの内部へだ。ジャン=ポールとの交渉では、君を彼の側女にということにしておく。しばらくのあいだ、君は彼を油断させて……」
「暗殺……」
「そうだ、ジャン=ポールとやつに従う重鎮どもを殺せ」
「……」
クレオは依然として、警戒の眼差しを持ち合わせていた。
アルフレッドは調子を戻して言った。
「信じようと信じまいと勝手だが、お前にとって悪い話ではないだろう。この作戦には大義がある。このまま囚人でいるよりはるかに名誉なことだ。それに……、たとえ三月のあいだであれ、ともに過ごした仲間の敵討ちができるのだ。 ―― まあ、私は囚人になったことがないから、もしかしたら仲間意識なんてのは、私の勝手な想像かもしれんがな」
「……」
最終的に、クレオはこの任務を引き受ける決心をした。
もとより囚われの身である彼女に選択の自由などなかった。断れば、そのときは……。
ともかく、刑事のいうことが真実であれ嘘であれ、彼女に残された道はただひとつ ―― 彼らの言いなりになってでも生きて、その生涯に大義を見いだすことだった。