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1-3 逃亡


 クレオの行く先は決まっていた。海の見える方角へ、ひたすらに走るだけだった。


「脱獄を考えたことはあるか」

 獄中で、ギヨームは言った。「浜に、赤い屋根の小屋がある。俺を慕う仲間が、正体を隠して潜んでいる。万一俺が脱獄して助けを求めたときには、いつでも逃げだせるようにボートを用意しているはずだ。……だが俺は、もうおしまいだ」

 彼の腹痛は仮病ではなかった。

「今朝、俺がお前にパンをやらなかったわけがわかるか……」

 一口かじった瞬間に、彼は毒を見抜いたのだと言った。「間抜けな野郎どもだぜ」


 たった二日前のことだ。これはもう、人知を超えたなにかの意思に違いないとクレオは思った。

 彼女は野を駆け、中世の町並みを残した石造りの旧市街へ入りこんだところではじめて追っ手集団の声を聞いた。迷路のような路地をひたすら走るが、いかんせん道がわからない。視界が開ければ目指すべき方角はわかる。が、土地勘のある追っ手は先回りをして彼女の前方へと躍りでた。


 はじめに姿を現した敵は、サーベルを構えて立ちはだかった。クレオは冷静に思考をはたらかせ、数秒前の景色を思い浮かべる ―― 心のうちでうなずくと、相手を見据えたまま七歩後退し、左手を横に伸ばした。そして、その手につかんだものを前へ引きだすと ―― 予測したとおり、台車に積まれたオレンジが石畳の道へと転がった。驚く敵の隙をついて彼女は身体をひるがえす。


 ふたたび走りだしたのも束の間、石段を登る途中で、追ってきたひとりの敵と鉢合わせをした。今引きかえせば挟み撃ちにされる。


 ―― それもよし、か。


 クレオの決断は早かった。彼女はためらいもなく、もと来た道を引きかえした。

 オレンジを飛び越えて追ってきた先ほどの敵が石段の下へとたどり着き、ふたたびサーベルを構えて彼女の前へ立ちはだかる ―― が、クレオは走る速度を緩めない。


「ハッ ――」


 掛け声とともに跳躍したクレオは、右手の壁から張りだしたひさしへ手をかけると、敵の頭すれすれを飛び越えて石畳へ着地し、また駆けだした。



 ***


「おい、どこへ行った」

「見失ったか」

 サーベルを下げた衛兵たちはしつこくクレオを追い回したが、その姿を見失っていた。

「あいつには土地勘がないはずだ。すでにこの迷路のような市街を抜けているとは思えん」

「次に会ったら……」

 

 言い終わらないうちに、衛兵は倒れた。背後に現れた脱獄囚の女が、彼の後頭部を突いたのだ。


「なっ、このアマっ」

 仲間の衛兵は腰に手をかけたが、手首を取られてひねりあげられる。彼女はすばやくサーベルを奪い取った。


 ―― この感触、うまく扱えるか……。



 ***


 血に染まったサーベルを手に、クレオは走った。最後に残ったひとりの敵が、死に物狂いで追いかけてくる ―― 彼女は立ち止まると、身体をひるがえして後方を突いた。


「ハッ ――」


 剣先は相手の喉笛を突き刺した。充血した目の玉が、彼女の顔の前で見開かれる ―― 突き刺したまま、相手を壁へ押しつける ―― 彼の指が、つかんだやいばに食いこみ血がにじむ ――。クレオは腕で相手を押し、サーベルを引き抜いた。血しぶきが飛び、彼女の顔と唇、その内側にのぞく白い歯をも染めた。

 クレオは息絶えた敵の腰からベルトを外すと、自分の腰へ巻きつけた。血糊のついたサーベルを捨て、彼のものに取り替えた。


「一度殺したやつは、特別な眼になる……」


 ギヨームの言葉が、むすめの脳内を駆けめぐった……。



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