1-2 牢獄の男
殺人を犯したクレオは獄へつながれた。はじめは独房へ入れられたが、一月後、ひとりの先客のつながれた地下牢へともに入ることになった。
「ギヨームの旦那」
クレオが地下牢へつながれたとき、新入りを凝視する囚人に看守が言った。「話し相手を連れてきてやった。懐かしい故郷の話でも聞かせてやんな」
看守はポケットから乾パンのかけらを取りだし、土のうえへ転がした。囚人はほとんど視線を下げず、新たな同居人を見据えたまま乾パンを取りあげてポケットへ押しこんだ。
重い鉄格子の扉を閉ざし、看守は出ていった。
煤けた顔に顎髭をたくわえた囚人 ―― ギヨームと呼ばれた男 ―― は、目の前の女がみずから膝を折るのを見て、ようやく視線を下げた。
「殺人か」
「……」
「一度殺したやつは、特別な眼になる……。小娘といって侮れんな」
男は乾パンのかけらを取りだすと、前歯で噛みちぎりむしゃむしゃやった。ちぎった残りを新入りの足もとへ転がした。
***
三月のあいだ地下牢で過ごしたクレオは、ある朝看守に引きたてられて地上へ出た。季節は夏を過ぎ、秋のはじめへと移っていた。
なぜ今自分が牢を出され、そしてどこへ送られるのか ―― クレオはなにも知りはしなかったが、ただ、人知の及ばない力がはたらいたのだと信じた。
「ソングロンの話は聞いたか」
看守の問いに、クレオはなにも答えなかった。ただ目だけはそらさずに、彼のほうを見つめていた。
「旦那も無念だったろうな。ま、ならず者ってのはそういうもんだ。やつらには心から同情するが、いくら大金を積まれたとして、あいつらの立場と入れ代わるのだけはごめんだ」
***
獄中でギヨームは徐々にクレオに話をしかけ、やがて、みずからの生い立ちと牢へつながれたわけを語りだした。
「俺はブロンシ島の生まれだ。あの島は、今でこそきらきらしてやがるが、昔はいたるところ緑に被われていて、島の者はみな自然の中で育ったものだ。……俺たちの島は三十年ほど前にこの大陸のやつらに乗っ取られて、島じゅうに散らばっていたもとの島民はみな一箇所に集められた ―― やつら、粗野な先住島民らが自分たちに対して暴動を起こすといってな ――。じっさい俺たちの仲間には、そういう行動に出た者もいて、俺も何度か加わったりもしたが、やつらはそれが飛び火して起こるのを警戒して、俺たちを集めて島の隅っこへ追いやった。多くの村から成り立っていた俺たちはひとつにまとめられ、窮屈な土地へと押しやられ ――、その土地は、血みどろと呼ばれるようになった」
囚人は乾パンのかけらを取りだし、前歯でかじる。残りをクレオへ投げてやると、備えつけられた桶から水を汲み、口をゆすいだ。
「俺たちはそのちいさな土地をさらにちいさな縄張りに分けて抗争を始めた。思うにこれが、やつら ―― 手前勝手な植民どもと大陸の政府 ―― の狙いだったんだ。……俺たちはそれぞれに砦を築いて争った。俺は自分のとこの頭領が死んだというんで、新たな頭領に引き立てられた。俺はこの体格のせいか、昔から仲間に慕われていた……。俺は頭領になってから、抗争を有利に進めて勢力圏を拡大しつつあったが、それを見てやつら……、静観を決めこんでいたやつらは、俺の味方をするといって俺たちの抗争に介入してきた。なんでも、縄張りを圧迫された俺たちの相手方が、やつらの街へ出て悪さを始めたというのでな。俺は悩んだすえ、やつらの話に乗った。もはや島は、俺たちのものではなかった。快適な暮らしのためにやつらに従うのが、俺と仲間たちに残されたいちばんの良策だった」
ギヨームは時々、聞き手のようすをうかがった。彼女は耳を傾けて、黙って話を聴いていた。
「ところがやつら、俺を裏切った。俺の味方に見せておいて、裏では敵に情報を回していた。そして、捕虜になった俺は、そいつらの手から政府に引きわたされて……、このザマというわけだ」
クレオは終始、なにも言わなかったが、彼女の胸には熱いものが宿り始めていた。
それは、「同情」や「憎悪」など、そういった単純明快な言葉で表せるような感情ではなく、さまざまな要素 ―― この女がその気性や生い立ちのうちに潜在的に持ちあわせたもの ―― が絡みあった、複雑な思いだった。
やがて、ギヨームは腹痛を訴えて牢を出た。看守は彼が死んだと告げた。
***
「看守さん」
ふいに、彼女は呼びかけた。そして、立ち止まり振りかえった看守の鳩尾を思い切り突いた。
音もなく崩れる看守を飛び越え、クレオは走りだした。
逃亡のようすを、高台からひとりの刑事が見守っていた。