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2-5 ジュリアンという青年


「まさか、ほんとうに勝っちゃうなんて思わなかったよ」

「え」

「うそうそ。君が負けるはずないって思ってた」


 トマの死を見た男たちは完全に闘志を失い、ジュリアンによって捕らえられ、牢へと入れられた。寝坊によって戦闘に参加せずに済んだクロードはそのかぎりではなかった。

 短銃を投げた女はジャン=ポールの側女そばめのひとりで、彼女はこれまで密かにトマとの逢瀬を重ねていたと白状した。そればかりか ―― だれにかれたでもなく、この女がみずから語ったことによれば ――、この女はいずれあるじの寝首を掻き、恋人トマを新たなボスの座へ据えようとまで企んでいたらしい。すべてを話すと、彼女は部屋の窓から身を投げて死んだ。

 ジュリアンは驚嘆して、この女と恋人の屍体したいとを、あわせて手厚くほうむった。ジャン=ポールとアントワーヌの屍体は首から下をもぎ取られ、街路へさらされた。


 ジュリアンは、この手柄のほとんどすべてをクレオに譲った。クレオはこの青年のために新たな頭領として据えられ、町中の者が彼女の前に平伏した。


「どうしてこんなことを?」

「だって、おもしろいじゃない」

 青年は、あいも変わらず飄々(ひょうひょう)としていた。



 このジュリアンという青年は、クレオの生涯においてもっとも深い影響と衝撃を与えた人物だった。彼女に影響を与えたといえば、先の囚人ギヨームもそうだが、彼の場合は単に彼女の奥底にあった義侠心や同情心といった感情を刺激したにすぎない ―― もとよりクレオは、他の生きかたができるほど器用ではなかった。

 ジュリアンは小柄で、クレオに比べて細身でもあった。肌は日に焼けてはいたが、この町の他のどの男よりも張りがあった。表情豊かで、小さな顔をゆがめて笑うとぷくりとした涙袋なみだぶくろが強調された愛らしい笑顔にもなる。クレオのことを姉さんと呼んだが、彼のほうが三つほど年長だった。

 メリメのカルメンが運命の女であったならば、この青年はまさしく、クレオにとって運命の男であるに違いなかった。違いがあるとすれば、この青年の妖しさには妙な穏やかさと安心感のあることだった ―― これはクレオにとって、抗いがたい魅力となった。



 ***


 大陸。例の高台のビルで、ふたりの刑事が話をしていた。


「ジュリアンというガキが、小娘を惑わし操っているらしい」

 苦りきった顔でアルフレッドが言う。「明らかに想定外の状況ということで、使者は慎重を期してあいつには会わず、こちらの指示を仰ぎに戻ってきたというわけだ」

「ふん、それでこんなにもお前のコーヒーが苦くなったわけか」

「いや、それは単に豆を入れすぎた」

「それは不安が原因だろう」

 シャルルは苦笑いを浮かべた。「今度のタイトルは、『敏腕刑事、助けを求む』だな」

「『ジュリアンという青年(ガキ)』さ。俺の頭はやつの名前でいっぱいだ」

「俺のカップは雑味でいっぱいだ」

 軽口を叩きながらも、シャルルは黒いコーヒーを飲み干した。


「そもそも、あの小娘を使ってソングロンの弱体化を図るという計画を立てたのはあんただ。俺はそのあんたの策をって、あの小娘を刺客としてやつらのもとへ送りこんだにすぎない」

「ところが、その結果はかんばしくなかった」

「ジュリアンというガキのせいで、今度はあいつがボスになってやつらをまとめあげてくれた。これじゃトップが入れ替わっただけ ―― いや、もしかすると、もっと悪いかもしれん」

「さすが敏腕、ご明察だな。なんだかんだいって、あのむすめには人がついていく。口数は少ないが、ふしぎな安心感を与えるおんなだ」

 アルフレッドはさらに顔をしかめて言った。

「もともと俺の思いついた作戦じゃない。理屈は理解していても、ほころんだ場合の修復方法は発案者のあんたに頼るほかあるまい」


 しばらくのあいだ、刑事シャルルは黙りこんで、空いたカップに残った豆の香りをいでいたが、あごをさすって顔をあげると不敵な笑みを浮かべてこう言った。

「出すか、本物を」――



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