― 物語の外、名もない被害者たちのエピソード ―
檸檬 絵郎 作
架空の国と架空の島にて。――
***
ホテルから出たふたりの若い男は、等間隔のネオンに浮かびあがる海辺の道をドライブしていた。バイオレットの夜空には星が浮かび、防風林のイトスギが黒くきわだっていた。
「これがゴッホか」
後部座席の男が言った。空いた窓から吹き込む夜風が、彼の長い髪を弄ぶ。「この島は二度目だが、こんな景色を見たのは初めてだ」
若者たちを乗せたRV車は、黒い林の中へと入っていく。
「まだまだメジャーな観光地とは言えないがな。ガキのころ、親父と最初に来たときにはまだ治安が悪くて ―― なんでも、もとの島民が政府と対立していたらしい。島国みたいなもんだから、そういう根性があったんだろうな」
「それが今じゃ、ネオンきらめく観光都市ってわけか」
「郊外じゃ今もわからんがな」
車は林の道を進み、断崖のうえへ出て海を望む。そしてまた、茂る木々の中へ入っていくが、三十分も走れば、また市街の夜へと戻ることになる。
「停めてくれ」
ふいに、後部座席の男が言った。
「どうした」
「ちょっと、小便」
「我慢しろ、ここにトイレはない」
「いや……、ちょっと飲みすぎたかな」
「わからんな、三十分我慢できないか。さっきまで流暢なフランセを操っていた男が、林の奥で立ちションとは」
「下戸にはわからんロマンがあるんだよ」
林の中に車が停まり、ひとりの男が茂みへと出ていった。
***
男が戻ると、相棒の車はバックライトを点灯したまま停まっていた。黒い闇の中に光るその人工的な灯りへと、若い男はなんの気なしに向かっていく。
運転席のドアは半開きで、相棒はうなだれるようにシートに身を持たせていた。
「戻ったぜ」
男が声をかけて乗りこむが、返事はない。
「戻ったぜ、運転手さん。……おい、どうした」
反応のない彼のようすに違和感を覚え、男は身を乗りだして相棒をゆすった。そして、気を失った若者のぐしゃりとつぶれた顔面を目の当たりにして、一気に血の気を失った。
後部座席のドアを開き、若い男は転がり落ちた。慌てて起きあがり運転席へ向かうところを、棍棒を手にした二、三の黒い影が囲んでいた。音もなく、男の視界を闇がおおった。――