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恋愛ゲーム

作者: 馬路キレ子


 テレッテ、テレレレーン♪


「あっ…」

「ぷぷぷ、こんなところで死ぬなんて、お前だっせえのー!」


 いつも私が鼻で笑い、その無能ぶりを馬鹿にしていた同級生の男に、『ただ一度の失敗』で罵られた、この悔しさ。このやり場の無い怒り。誰にどう伝えていいものだろうか。


「う、うるさい!だいたいなんで私が、こんなゲームをやらなきゃならんのだ!」

「あれぇ?誰だっけ?『クリアできないゲームは無い』なんて言ってた人は」


 テレビモニターを前に体をワナワナと震わせる私、17歳。

いわゆる女子高生真っ盛りの時期。肌に合わないその称号を手に入れたばかりの私は、相変わらず小洒落た物に貪欲な女友達の誘いを断り、下校の瞬間から一直線に、毎日馬鹿ばかりやっている同級生の家に来ていた。テレビモニターには、天使の輪を浮かべて転ぶキャラクターの絵。そして私の隣には、座布団の上に胡坐をかいて座る同級生の男。


「やっぱり勉強だけ出来ても仕方ないよね。あ、ちなみにこの面、俺は小学生の頃クリアしたぜー?」

「ッ…!」


 私は下唇を噛みながら、男のあざ笑う顔をキッと鋭く睨みつけると、黒塗りのコントローラーを同級生に向かって放り投げた。


パシッ…!


「おっととと、ゲームオーバーの度に人ん家のコントローラーを壊されたら堪らねえからな」


 私の投げたコントローラーを軽く片手で受け止めると、男はニタニタと薄気味悪く笑った。ナイフのように鋭く尖った私の視線にこめられた、静かな憤怒を感じることもせず、この男は眉と口元を一杯に歪ませて笑ったのだ。


 燃えさかる火災の中へ、ドラム缶にたっぷり入ったガソリンを撒く。

この男がやったのは、それに近しい物。私の放つ刃物の視線は、その鋭利さを増した。相手の体を貫くほど刀身が延び、刃先は鋭さを増し、想像しうる『女の子らしさ』とは、まるでかけ離れたような別世界が今、私の目には存在していた。


 だが、そんな視線を感じながら、汚らしくスナック菓子の油に塗れた男の口から放たれた言葉は、炎上爆発を繰り返す火災現場に投入された次のガソリン缶だった。


「おやおやぁ〜?そんなにムキになって簡単にコントローラー投げるなんて、もう降参ですか〜?ははっ、誰だっけ?自分にクリアできないゲームは無いとか、ほざいてたお嬢さんは」


 ゲーム機とゲーム画面が見守る二人だけの空間、とは言えだ。

 人を見下すような男の薄ら笑いに含まれた意味。おそらくそれは、理屈で畳み掛けようとした私でさえ閉口してしまうような、正論…約束事。…抗えない事実だった。


 その瞬間まで成立していた、圧倒的支配関係にあった私と男の、まさかの逆転劇。

それまでの勝者敗者の立場と理念が一転し、勝利者に君臨する男の顔に咲く『いやらしい』笑み。夏が来ると耳障りに聞こえ始める蝉のような、その憎たらしい男の笑顔を見れば見るほど、支配者であった私のプライドが、ズタズタに傷付けられてゆく。


「うるさい!今のは手が滑ったんだ!さっさと、それを返せ!」


 傷付けられたプライドと威信を回復させるために、私は沸きあがる怒りを最大限に殺して、自分が投げたコントローラーを男から奪い取り、汗に濡れた手でガッと掴むと、『GAMEOVER』と書かれた画面を憎憎しく思いながらも、まだ慣れないボタン操作を精一杯素早く入力し、スタート画面へと戻る。


 ピコーン♪と軽い電子音。ゲームを開始する私の目は真剣…いや、汚名返上の執念に狂う獣そのもの。気付けば、せっかく綺麗に整えた長い黒髪は、私の逆上する心に伴って、もう纏まりを失っていた。


「見てろ…たかが十数年前の…前時代のアクションゲーム一つぐらい、この完璧な私が解けないはずは無いんだ!」

「ほー、やる気あるねえ。その根性だけは認めるけど、また同じところでゲームオーバーにならないようにね」


 ゲーム画面を見ながら鼻息交じりに意気込む私と、それをニタニタ笑いながら見る男の姿は、誰かここに人が居たなら、実に好対照に映っていただろう。


―――――


 事の始まりは、支配される側に立っていた男の些細な悪戯心だった。

全てを熟知し、全てにおいて完璧な、理系数学の神童と呼ばれた私が、全てを知らず、全てにおいて不出来な、文系馬鹿の筆頭たる男に、ある日誘導尋問されて、「クリアできないゲームなんてない」と言わされたことが、そもそもの間違いだった。男が「じゃあこれクリアできるか?」と、持ち出した一本の古めかしいカセット式のゲームソフト。


 ゲームタイトル『スーパーファンシーブラザーズ2』。

当時としてはポップなタイトルロゴに、ピコピコと耳に付く音で始まる、奥行きの無い縦と横だけのゲーム画面。その内容はというと、お世辞にも美麗とは言いにくいマス目のドットで描かれたオヒゲのキャラクターが、ある日さらわれた姫を救い出すために、持ち前の槍を駆使して、難関ステージを潜り抜け、各ステージに存在するボスを倒すという、いわゆる『前時代型』アクションゲームだ。


 しかし、これがなんとも、不条理な難易度だった。


 1面に出てくるキノコ型モンスターの『ファリボー』は、丸っこくて可愛らしい姿かたちに見合わず自分のキャラよりも素早く動き、同じく1面に出てくる亀型飛行機乗りの『PATAS』は、地面スレスレを水平に飛ぶミサイル攻撃を仕掛けてくる嫌味な敵だ。しかもこれが雑魚キャラクターとして、画面狭しとワサワサ出てくるのだから、初めて操作する私にとっては、たまったもんじゃない。通算5回のコンティニューを繰り返し、私はやっと1面のボスと対面した。


「ふっ、どうだ!ボスまで来たぞ!」

「甘い甘い。ここからが、このゲームの恐ろしいところだよ」

「何ぃ?…わっわっ…わわわ!」


 男を優越の座から引きずり降ろそうと、私が「ふふん」と自慢げに鼻を持ち上げ、ふとゲーム画面から目を逸らした瞬間。それは、起こった。


 ピロピロピーピロピー♪


 リズムの速い電子音の羅列。

おそらくボスの激しさをテーマとする楽曲が聞こえると、画面には恐るべき事態が起こっていた。


「な、なっ、なななっ、こ、こいつなんだ!」

「ふふ。こいつこそ初心者キラー。一面のボス『アックス蜂蜜熊』さ!」


 私が見たゲーム画面は、すでに一回り巨大な黄色のグラフィックで描かれた『蜂蜜熊』の投げる大量の手斧で一杯になっていた。画面半分が灰色のドットで埋まるほど、大量な手斧の数にパニックを起こした私と、私の操作するキャラクターは、斧を避けようとして右往左往しているうちに、体力が削られ、死んでしまった。


「…な、なんなんだ今の」

「ぷぷぷ、一発も当てられないでやんの」


 為す術もなく敗れた光景に、コントローラーを持ちながら呆然とする私。

それを見て、手を口に当てて溜まった空気を含みながら嫌みったらしく笑いを堪える男。


「お、お前、本当にこのゲームクリアしたことあるのか!」

「ええ、ありますよ。ちなみに二度ほど。ぷぷぷ、それにしても無様なことで」

「こ、このぉ…次は絶対攻略してやる…!」


 私は、含み笑いを浮かべる男に完全にキレた。もうこうなったら、どんな事をしても、この男をギャフンと言わせてやる。そうと決まれば、見た目を気にしている場合じゃない。邪魔に感じた制服のスカーフを解き、胸元手前までシャツのボタンを外し、袖を捲り上げ、上着のポケットに入っていたゴムバンドで髪を後ろへ結わくと、残機2人と表示されたゲーム画面を見て、「なにくそ」とボス攻略へ乗り出した。


――――――


 一つの事に不屈の根性を発揮した理系人間の怖いところは、場面場面での瞬発力というより、何回にも渡る仮定と実験を繰り返して得られる洞察と解析力だ。


 私は、とにかく出てくるボスのパターンを読んだ。おそらく前時代のカセット容量では、各ステージボスの細かな行動アルゴリズムは組めないと推測した私は、『蜂蜜熊』の投げる手斧の始点と終点、描く放物線の距離を計算し、コントローラーのジャンプボタンと、移動ボタンを握る指に感覚を焼き付けていく。


「…武器投射後、落下時に減速する際には投射をやめる、求められる答えは…今っ!」

「げげえ!」


 自らの操作するキャラクターが飛ばした、怒涛の槍の連射。

それが、ステージボス『蜂蜜熊』に直撃すると、画面が七色に点滅した。


「よしっ!」


 観察を始めて早くも十数分。私は、入念な仮定とそれに基づく実験、そしてたどり着く結論、至る全ての準備の末、ついに初心者キラーの『蜂蜜熊』を撃破した。

 ふぅ、と息をつき、画面を凝視した目に瞬きを与えて休めながら、私は男に「どうだ、やったぞ」と言わんばかりの視線を送った。男は、手を頭の後ろに回し、乾いた笑いを浮かべていたが、余りに早い適応能力に動揺を隠し切れない様子だった。


「だ、だがな。まだ1面だぜ。後の4面、はたしてお前なんかにクリアできるかなぁ?」

「すぐにクリアできる。お前は約束の土下座の準備でもしながら黙ってみていろ」

「さっきまで死にまくってたのに…ど、どこから来るんだよ、その自信は…」

「ふん、私は完璧だからだ。たとえ仮想空間であるテレビゲームにおいても、それは同じだ!」


 男は、私にそう言われて、俄かに背筋を凍らせたようだ。

さっきまで見えなかった男の気持ちが、壁だった難関ステージをクリアした今では、手に取るようにわかる。男が心に抱いていたのは、私への怯えだ。


 もし万が一、この女がクリアしてしまったらどうしよう。

 この女は、本当に男の俺にゲーム一つぐらいで土下座をさせるのか。


そんな怯えた心のぐらつき…震えが、空気を伝わって、聞こえてくる。

聞こえてきた分だけ、『そうだ』と確信する私のコントローラーを握る手が、冴えを増す。


「きゅ、急に暑くなってきやがったぜ」


 それまで開いていた部屋の窓を閉めて、室内空調のスイッチを押す男。座布団に座ると黒い瞳が、ゲーム画面と私の間をチラチラと泳いでいる。それに気付いた私が、ふとゲームにポーズをかけて見れば、驚いた表情で強がって「降参か?」なんて聞いてくる。なんと、その姿の判り易いことか。


 すっかり水気の無くなった渇いた唇、クリアしそうになる度に喉を飲む音。さっきまで盛んに伸びていた菓子を掴む男の手がグーの形を保っている。ゲーム画面に集中しすぎて、止まっているのだ。敗者から、勝者に成り上がった時と対して違わない時刻、対して違わない空間だというのに、着々とステージクリアする私と、約束の『土下座』という言葉が、途端に緊張という湿り気となって体を襲わせるのだ。男は、二、三回深呼吸をしながら、Yシャツをバサバサと忙しく上下に揺らし、その中へ冷たい空気を滑り込ませてゆく。今日が特別に暑いわけでもないのに、焼くような苛立ちが心を刺す。


 どうしてそこまで私が怖いか。

答えは簡単だ。私が凡そ女子高生に通じるはずの冗談が通じないタイプの人間だからだ。


 空気が読めない女、だとしても私は執拗に刑を執行する。約束事で相手を土下座させるとなったら、例え相手が泣いて喚いても、例えばそこが汚らしい便所の床だとしても、顔を何度も床にこすり付け、誠意が見えるまで何時間も土下座させられる。愚かな敗北者が、泣き叫びながら許しを請う姿を見るのが、たまらない。我ながらサディスティックな思考回路だと知っているが、抗えない。


「…はやく始めろよ」


 そういう女だと知っていたからこそ、男は菓子も食わず、ただ一心に私のゲームオーバーを念じていたに違いない。必死に冷静を装ってゲーム画面を見ながら、飛び跳ね、右へ左へ移動する私のキャラクターに向かって、「穴に落ちろ!」とか「敵に当たれ!」など、無言のプレッシャーをかけるのだ。


 だが、一度私の方へ向き始めていた風向きが、変わることなどなかった。


「よしっ!1UPアイテム獲得!」


 コントローラーを握る手の無駄のなさ。出てくる敵、出てくるアイテム、出てくる武器、ありとあらゆるブロックを壊して回り、ありとあらゆるスコアを稼ぎ、確実に機数を増やしていく私のキャラクター。流石に各ステージのボス戦は苦労したが、これも洞察力と解析、そして負けてなるものかと思う根性が私の背中を押していった。


 私の洞察力と解析を加えたプレイ方式は、まるで攻略本を刷り込ませたように完璧なものだった。


「上下4×4ドットの蛇行する放射物の軌道…間隔は1秒毎に4発。2×2の遮蔽面積こいつには、この短剣が有効っ!」

「おまえ、なぜそれを」


 上下に弾を放つ2面のボス『ミサイル白雪姫』を、短剣で串刺しにし。


「三度目、四度目の移動後は炎を吐いた後、次の移動まで4秒の停止時間があり、そこに一番有効な武器はたいまつ!」

「な、なんだと…!」


 高速移動しながら炎を吐く3面のボス『テレポートランプの精』を、たいまつで焼き殺し。


「悪質な水平移動は、しゃがみで避けて、着地を狙って槍を叩き込む!」

「うおお…!」


 恐るべき噛み付き攻撃を得意とする4面のボス『キングライオン』を、槍で突き殺した。

 

 瞬転…!

高難度を誇る、難解なアクションゲームを前に、さっきまでズブの素人だった私が、いつの間にか発見していた見事な打開策の連続。人の目を気にしないほど肌けた体のことなど当に忘れ、私は、いつの間にかゲームの鬼になっていた。ステージをクリアするごとに、私の動くキャラクターの、その一挙手一投足に声をあげながら、内心『土下座』という意味に怯えて竦む子ウサギのような男。それを見て、もっと苦しむ顔が見たいと悦に浸る私。


やはり私は完璧だ。

こんな男が、付け入る隙など微塵も無いほどに。

だが、それは、最難関のラストステージを見る前の、私の戯言に過ぎなかった。


―――――


 ピロピロピーピロピー♪


「な、なんだこいつ…!」


 理屈で攻略できないボスの存在。

最終面。ステージボスとの対決を意味する電子音は同じなのだが、そのボスキャラクターの質が、今までとまるで違う。悪質というか、悪辣というか、とにかく常軌を逸して強い!おそらく、これを作った製作者の性格がひん曲がっているとしか思えない仕様だ。


「そいつが、ラスボスの『三月鼠』。こいつがまた偉く強いんだわ」


 そう男が言った時、すでに私のキャラクターは地を転がって天使の輪を浮かべていた。

ステージボスと出会ってから、すでに1時間ほどが過ぎていた。通算対戦回数51回にして気付いた法則。『三月鼠』の技と行動パターンは、おそらく一つしかない。それは、以下の通りだった。


1、開始直後に画面中央へ大ジャンプ。

2、素早く2×2ドットの七つの誘導弾攻撃。

3、着地と同時に左右に5×5ドットの火柱攻撃。

4、その場に数秒間停止し、自分の操作するキャラに向かって走って体当たり。

5、両端一方の壁に張り付き、滑り降りながら1の行動に戻る。


 おそらく行動パターンさえ読めば、攻略が可能だと思っていた私が、死亡すること51回目にして気付いた、このボスキャラクターの真の恐ろしさ。それは…


「こいつ、攻撃がまったく通用しないじゃないか!」


 驚くべき事に、この『三月鼠』には、自分の操作するキャラクターの一切の攻撃手段が効かない。隙を見て何度か武器を放つのだが、キンキン!と弾くような電子音が聞こえるだけで、まるで効いていない様子だった。効く武器があるのか?と仮定して、あらゆる武器を試したが、その都度実験は失敗に終わる。あれだけあった残機が、見る見るうちに消えてゆく。無常に流れる、ラストステージの電子音。気付けば、自分の操作する残り機数は、3機。


 しかし、前向きになれるような打開策も未だ発見できず。絶えず迫り来る鬼畜とも思えるステージ構成、そして何よりラスボスの存在が、状況を絶望的に塗り替えた。私は、心が折れて、泣きそうになった。理論で突破できないほど、敵が強かったからじゃない。ここでゲームオーバーを迎えることが即ち、男から見た私の敗北を認めるようで、ただ悔しかったのだ。一度でも私が、敗北をその身に感じてしまえば、今まで他者を突き放し、高まる自負心、プライドという己の作った防壁に逃げ込むことが途端に出来なくなる。他人を虐げることで悦楽を感じている、サディストとは名ばかりの寂しがり屋。実はそれこそが、私なのだと気付いた時には、また一つ残機が減っていた。


「…」


 いつの間にか、ゲームに怯えていたのは、私の方だった。

コントローラーを持つ手には力が無くなり、目には真剣味が薄れていた。ただ自嘲するように緩慢なプレイをしてしまう。隣の男は、それをどのような目で見ていたのだろうか。私は、残り一機となったところで、ゲーム画面にポーズもかけず、ただゲームを投げ出すように、操作を放棄した自分のキャラクターに死をくれる敵の出現を待った。


 だが、その時だった。


「おい!ふざけんなよ!諦めて死ぬとかお前らしくねえよ!」

「え…どういう…」

「いいから、コントローラー貸せ!」


 男の語気から見える、明らかな苛立ち。

何故?あと数秒もすれば、残機が無くなってゲームオーバーになって、同時に私の敗北と、男の勝利が確定するというのに。いったい何故なの?


 勝手気まま、野放図に、無造作に、私の手に置かれていたコントローラーを奪った男は、画面にポーズをかけ、暗転となった画面を見ながら、十字キーを数回動かし、設置された二つのボタンを一定のリズムで打ち出し、何かのコマンド入力処理を行った。すると…


ピロリロリーン!


「えっ…」


 ゲームを開始してから数時間は経っているのに、聞いた事も無い奇妙な電子音。

事の次第にわからない私は、画面を見回した。すると、今まで表示されていた自分のキャラクターの体力ゲージの横に、もう一本。同じ色の体力ゲージが用意される。そして画面上には、別色で塗られた操作キャラクターが居た。


「…な、なんだこれ?」

「協力プレイ!見りゃわかんだろ!頭でっかちに、ラスボスの攻略法も教えてやる!」

「わ、私は別に、このままゲームオーバーで構わんぞ!」

「ったく、素直じゃねえなあ、お前も…俺がお前の勝ちを手伝ってやるっていってるんだよ!」

「い、良いのか?きょ、協力プレイで倒しても、お前に土下座はさせるが」

「ああ、いいよ!このまま煮え切らないプレイで終わっても、ゲーマーとして面白くねえからな!」


 いつにも増して熱く、優しくも感じられる、男の言葉。

だが良く考えてみれば、土下座するのを覚悟でゲームクリアをするというのも、どうなんだ。…こいつ、そんなにサディストな私に攻めて欲しいのか?世間一般で言う、いわゆるマゾなのか?と、無粋な思考に陥りながらも、私は男から手渡されたコントローラーを握る手に力を入れた。不思議とさっきまで感じていた絶望感は無い。付かず離れず、男が隣に居るという感覚からだからだろうか。そして、その時、男が放った言葉を、私の耳は捉えて離さなかった。


「それに、諦めてゲームオーバーされて逃げられたんじゃ、俺がお前を誘った意味ねえだろ!」

「…え?」

「いいから、さっさとやるぞ!まずはラスボス前の敵の駆除からだ!」

「あ、ああ…」


 言葉の意味は良く判らなかったが、隣の男は確かに本気だった。

このゲームに対してそれほど愛着があるのだろうか、それとも捨て鉢になった私を許せない理由があるのだろうか。だが、今まで一人で進めてきたゲームを二人でやるのは心強い。とにかく今は何も考えず、二人でボスを攻略して、二人でゲームクリアを目指そう。


「そこっ、右から敵沸くぞ」

「そんな事ぐらい、わかってる!」


「大ジャンプ、私の動きにあわせろ」

「冗談きついぜ、お前こそ落ちないように気をつけろよ」


「上から来るぞ!おいおい、お前体力やばくねーか?」

「わかってる。次のポイントで回復できる。下は私に任せろ!」


「しまった!ダメージを喰らいすぎた…」

「俺のキャラの後ろを歩け、大丈夫。もうすぐ回復アイテムだ」


 おそらく通常時と比べて三倍以上の効率。一人が傷つけば一人が回復アイテムを譲り、一人が壁を壊せば、一人が敵を駆逐する。一人プレイでは味わえない、まさに二人プレイの協調という名の美徳。体力もアイテムも減らさずに、ボスステージ手前までガンガン進めることは、私の不安を払拭するのには十分だった。それよりも驚いたのは、私と男が、意外にも息が合うのだ。いつもは二人とも馴れ合いを嫌うような人間なのだが、コンビプレイという観点から言えば、その実、性に合っていたのかも知れない。今、この空間に居る二人の心は、ゲームという存在を媒介にして、俄かに交わりかけているのかもしれない。 


「ラスボス、来るぞ!」

「攻略法を早く教えろ。でないと足手まといになる」

「あいつは、前からの攻撃に無敵なんだ。だから挟むようにして、隙を見て背中から攻撃を連打すれば、必ず勝てる!」

「そうだったのか!よし、いくぞ!」


 二人プレイ必須とも思えるラスボスの構成。

このゲームソフトを作った人は、そう考えているのではないかと思うほど、ラスボスに対して二人プレイは必勝法だった。あの最高の難易度を誇っていたラスボスに、ダメージ効果である画面の点滅が出るほど、私は声高に「よし!」「やった!」と子どものように声を張る。優等生としての仮面、女の子として体裁、そんな煩わしいものを全て忘れた、ただ純粋な無邪気さが、今の私には、あった。


「これで最後ォォォ!」


ポン!バーン!


「や、やった勝った!やったぞ!私達やったんだ!」


 そして、ついに画面のまがまがしい点滅と供に、ラスボスを撃破した私達。

私はコントローラーを置いて、思わず男の手を握って声をあげて喜んだ。その時の私は、すでにプライドも何もなかった。ステージをクリアした。その、達成したという純粋な喜びが、アドレナリンを放出させ、あらゆる脳内快楽物質が、全身を駆け巡っていたのだ。手を握られた男が、少し照れていたのがニヤケ顔の隙間に見えたが、その後すぐに、勝利の余韻に浸るために甲斐甲斐しく画面を見守りだした男の顔は、少しカッコよく見えた。


 音の少ない三音の電子音と供に、浮かび上がるエンディング画面。

最終目的であった囚われの姫を持ち上げ、今まで操作されていたキャラクターが、操作の糸を離れて、自由に動き出す。ドット絵でもわかる可愛らしく踊る姫と主人公。おそらく数十年前には、感動と呼ばれていたであろうその画面を、私達は一緒に見ていた。男のほうは、なぜだかソワソワしていた。なぜだ?何かEDに内包された意味が、あるのだろうか。


 そして私は、次のED場面で驚くべきローマ字の表記を目にした。


『GOOD LUCK!! ORE NI TOTTE DAIJI NA HITO YO!』


 スタッフロールに書かれた一文の最後、名前の表記があり、その名前を私は知っていた。

隣に座っている、男の名前だった。


「え、これ…」

「悪いな騙して。俺って、こういう告白とか苦手だから」

「どういう意味?だって十年くらい前のゲームって…」

「得意分野でも無いのに、これでも調べ物しながら作って、結構大変だったんだぜ?」

「そんな…私、そんなの聞いてない」

「不意打ちだけど、俺みたいな文系の男が、お前みたいな理系の女の子を口説くには、これしかないと思ったんだ。そこんところ、よろしく加点お願いしますよ」

「…はい」


 私は、いつの間にか、恋愛というゲームの始まりを予感していた。

しかし、二人の恋愛というゲームのスタート画面は、『土下座』からだった。



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― 新着の感想 ―
[一言]  ども、近藤です。  面白い面白い。面白いけど面白いところを書いちゃうとネタがばれてしまう。アイデア自体もいいけど、こまっかいところまでちゃんと書いてあるからたいしたものです。  ところで、…
2008/06/15 02:21 退会済み
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