それでも、ひはまた
眼前に白と黒のマスが並ぶ。規則正しく整列する二色のそれを、なんとなしに追っていると、次第にそのマス目たちがゆらゆらと揺れ始めた。その揺れは大きくなっていったが、揺れはマス目たちから起こっているのではなく、向かい側から流れてくる波のせいだとわかった。波の正体は声てぇだった。声の主は、隣人だった。
私は向かいに座る隣人と将棋を指していた。
隣人と指し始めた一局の最中に意識が飛んでしまっていたらしい。通常の将棋をやる事にすっかり飽きを感じてしまった私は隣人に、今度はチェスの盤を使って一局やる事を提案したのだった。しかしその途中でマス目を見る事に集中しすぎて、どこかの小宇宙に行ってしまっていたらしい。
いい加減隣人が起こりだしそうに見えたため、慌てて歩を動かした。隣人はふむとうなり、またいつものように長考し始めた。
やはりというかなんというかこのゲームは面白くなかった。しかも先ほどの小宇宙旅行の間に、昔このゲームをやった事を思い出していた。しかもその時の相手は向かいで考えあぐねている隣人だった。お互いに退屈しあった事をこいつは忘れているのだろうか。
そう考えているうちに隣人が一手指した。あわてて私は盤に意識を向ける。今度はすぐに飛車を動かすことを決める。飛車を持ちあげ、狙ったマスに置く。マスが下へ抜けた。白いマスが黒くなった。黒からゼンマイが生えてきた。ゼンマイはゆっくり回り始め、タイヤになった。たい焼きが食べたくなった。魚のうろこを取り始め、うろこをなめた。うろこが前歯の間に挟まった。たい焼きが燃え始め、灰になった。卵焼きとたい焼きがキスをして受精卵ができた。ゼンマイのベッドで寝た。卵焼きから白みが流れ出てゼンマイに巻き付いた。盤の白い部分がさらに白くなった。かぼちゃが縦に割れ、種がでた。かぼちとたい焼きの子供が結婚して、ゼンマイの弟ができた。夕日が沈みはじめて三年がたった。リンゴはようやく机から落ちて、冷蔵庫になった。ドアの向こうは山々が連なる湿原だった。かぼちゃの死体が地面をえぐりながら笑い転げる。ダビデ像の内臓は今日のメインになった。駅のホームで今日も誰かが明日をあきらめた。舌打ちをするかぼちゃ。ミトコンドリアは病にかかって、病にかかった。明日はずっと輝き続けるし、この胸に渦巻く不安の形をした良くない何かは、この先もずっとことりの顔をした少年に歌を教えていく。町田駅はきれいだ。車。テレビは情報を垂れ流し、それをみたゼンマイのいとこは学校に行こうとしろい下駄箱を閉じる。冷蔵庫のリンゴは、ゆっくり蓋を開けてまだ見ぬ明日を夢見て、湿原をでんぐり返し。キャンパスには隣人の姿はなかった。小説は何回読み返しても、一回も読み直せなかった。人生は一度きりだから楽しまなきゃと注射をうって、目を閉じたけれど、地球のまばたきは三年間に七回はする。隣人は私のへそのごまのたまり具合をみて泣く。石の上にも三年。SF。蛍光灯を取り換えて、夕日は今日も西に沈む。




