4.19 お酒はお好き?
トルクはリガンの腕を掴んでいる酔っぱらいの魔岩を睨み付けている。
その姿にリガンはトルクの事をこれまでとは別の意味で少しばかり意識したが、直ぐに思考を切り替える。
トルクの発言を翻訳し、酔っぱらいの魔岩に言うかどうかリガンは迷っていた。トルクの行為はありがたいのだが、その発言は明らかな挑発であり、一悶着起こる可能性だってあるのだ。
リガンは気質的に争いごとを好まない性格な為、言うべきかどうか悩むこととなる。
しかしリガンが決める前に、魔岩の方から手を離した。彼の赤みがかった顔は薄くなっており、突然の出来事に溜飲が下がったようである。
「あぁ、すまない、少しばかり強引だったな」
完全とは言えないが、整った声で話しているのを見る限り、冷静にはなったようである。
「いえ、私こそ少しばかり騒ぎ過ぎてしまいすみません」
掴まれていた腕をさすりながらリガンは答える。掴まれた箇所にはくっきりと跡が残っていた。
魔剛としては普通の力だったつもりだったのだろう、酔っぱらいの魔剛は先程だけの謝罪だけで済んだことになったらしい。魔剛は上半身を屈め、視線をリガンらに合わせた後、声を発した。
「けど、あんた達せっかくこの祭に来たんだから酒ぐらい飲んでいかねぇか。人間の酒には無い、とびっきり強いやつもあるからさ」
朗らかな声音のもと、魔剛はリガンらを酒へと誘う。
物静かな種族である貴術・魔岩族と酒の関連性は乏しいように思われるかもしれない。しかし貴術と魔岩は実のところ大の酒好きの種族でもある。
彼らは草食であるが故に、大地の恵みを凝縮した酒をこよなく愛していたのだ。そして種族的に人間より大柄な体格の為、酒への耐性は十分過ぎるほどであった。
しかし本来の貴術・魔岩族は酒を嗜むように味わっており、酔っぱらうなど下品極まる行為である。
しかしここは祭の場、酔っぱらっても誰も責めはしないのだ。
リガン自信は酒には興味がなかったが、一応トルクにどうするかと聞いてみた。
リガンは旅をしている最中トルクが酒を飲んでいるのを見たことがない。その為トルクはきっとこの誘いを断るだろうとリガンは考えていた。
しかしトルクの返しは意外な物であった。
「僕は飲んで見たい、貴術や魔岩が飲む酒を。貴術や魔岩の硬貨はもっていないが、飲む酒と同等のガリー硬貨か品物を渡して飲むことが可能か聞いてくれないか」
トルクが酒に興味を抱くことにリガンは意外に感じた。そもそもトルクが酒を飲むことが出来るのも初めて知ったのだ。
新たなトルクの一面を知ったことに嬉しさを感じながらリガンはトルクの言葉を魔岩に話す。
トルクからの言葉を聞いた後、魔岩は大きな口をおもいっきし広げ笑い始めた。
「ワハハハッ、そんなのいられねぇよ、ただだよ、ただ。そんくらい俺が奢ってやる」
「しかし、それでは僕の気がすまない、何か払わせてくれ」
二人の会話は無論リガンが間に入り翻訳して成り立たせている。
トルクは人の施しを嫌っている為、魔岩の奢りも拒否しようとしている。
そんなトルクの行為を謙遜だと思ったのか、魔岩は引こうとしない。
「いいんだ、いいんだ、遠慮しなくて。若造は何も考えず、酒を飲めば」
「いや、しかし……」
あまりに人のよい笑みを魔岩はするので、正面からトルクは断りずらそうである。
しかし以前のトルクならそんな事関係なく断っていたんじゃないかともリガンは思うのだ。アクセサリー店の店主の時もそうであったが、ここ最近のトルクは何だが柔らかくなった気がする。
そんな事を思いながらリガンは通訳していたのだが、魔岩の方はそんなトルクの渋りに業を煮やしたのか、ある提案をした。
「分かった、ならお前さん方俺の話し相手になれ、その礼として俺はあんたらに酒を奢る。それでいいか」
「あぁ、それでいい」
即答である。本当に酒を飲みたくてしかたがなかったんだなと思わせる早さであった。
しかし問題は1つある。それはリガンがついていかなければならない点である。そもそもトルクは貴術語が喋れないのだ。
「いや、何でいかなくちゃならないんですか。もう休みましょうよ、こんな時刻なんですから」
魔岩に伝わらぬよう、人間の言語である広語でリガンはトルクに抗議する。
嫌々顔のリガンを、トルクは意外そうな表情で見つめた。
「?嫌だったか」
「嫌だったかって、いや、ただ単に寝たいだけですよ」
「それならいい、飲めば気持ちよく眠れるだろ」
トルクはリガンの背中を叩くと、歩き出す。どうやらリガンを連れていくのに何の一物もないらしい。
魔岩とトルクが歩いていくなか、リガンだけが立ち止まる訳には行かない。
ハァとため息をつくとリガンは意を決して歩き出す。
生まれて初めての酒を飲みに。




