1.7 人への思い
「ついていくって、ええっ!」
リガンは驚き戸惑った。それもそうである、何せこの日会った初対面の人に一緒に行こうと誘われたのだから。しかも誘った相手とは先ほどまで口論じみた言い合いをしていたのだから尚更である。
驚くばかりで返事をしないリガンに変わり、誘った当人であるトルクが口を開いた。
「前いっただろ、困ったことがあれば助けるって。現に君はそんな格好をしなければならないほど困っている、違うかい」
「確かに私はあんな外套や厚底の靴をはかなければならないことにうんざりしてますが、そこからどうやって一緒に行くという発想になるんです」
「だって男である自分が一緒に旅をすれば解決することだろ」
それだと本末転倒ではないのか。リガンはそう思わずにはいられなかった。
第一リガンがこのような格好をするのは、女だからといって人々になめられることを防ぐためであり、この問題はトルクと一緒なら解決はできることもない。
しかし、第二の点が問題なのだ。まだ変装せず女性の服装をしていた頃、口にするのも憚れる理由で男達に襲われそうになったことが幾度もあったのだ。さすがのリガンもこれには相当参りり、女だとばれぬよう変装するようにしなければならなくなった。
そのためトルクの申し出は第二の点において本末転倒であり、通常の時よりむしろ危険が増大する結果となる。
このような理由からいつもであれば断るのだが、この時のリガンは違っていた。
リガンは呆れていた顔を引っ込め、幾分考える時間を迎えると、別の回答を導き出した。
「……分かりました。次の街まで一緒に行きましょう」
断る内容である筈の誘いを、何故リガンが受けたのか、それには理由があった。
リガン自身答えた時そこまで思い至らなかったが、実の所、心の奥底では人を欲していたのだ。
旅人は生活のほぼ大半を外で過ごすこととなる。そのため村や街に滞在する機会はほとんどなく、必然と人と触れ合う機会もまた減るのだ。
魔王が支配する前は旅人がまだ多く、道中旅人同士が会うことも多かった。しかし今や魔剛の影響で旅人の数は激減し、道中で同じ旅人と会うことはほとんど無い。
ましてリガンは旅の間全身に外套を羽織って、フードで顔を隠しており端から見れば不審者そのものである。そんな者に声をかける人などいるなずがなく街や村に入ってもリガンは一人だった。
勇者に会う前、リガンは家族に理解されず常に一人であった。その時はその事に何の不満も抱くことはなかった。しかし勇者達に会い、あの村についてからは違う。
リガンはもう一人でいることに寂しさを感じるようになっていたのだ。
こんなにあっさりと了承するとはトルク自身思っていなかったようで、今度はトルクの方が少し慌てていた。
「本当にいいのか、ここから一番近い街でも一週間はかかるぞ」
「大丈夫ですよ。私の目的地もここから一番近い所ですから」
「えっ、じゃ君の目的地もマリエルなのか」
その瞬間、まるで喋ってしまったことを後悔したかのようにトルクの顔が苦々しげに変わった。
トルクの表情の変化をリガンは疑問に感じる。何故自身の目的地がマリエルだと喋った事を後悔するのだろうかと。
リガンは前の街である情報を入手した。マリエルに勇者がいるという情報を。
リガンの目的はもちろん自分を助けてくれた勇者、トレンに会うためである。そのためにマリエルに向かって旅をしていた。
だとしたらトルクの目的も一緒なのか、そうリガンは考えようとした。しかしそれだと先ほどのトルクの表情の説明がつかない。
この人は一体何者なのか、疑惑がリガンの内に生まれた。