4.9 あの人
トルクは考え事をするかの如く口をつぐみ、自身の殻に閉じ籠っている。
何か間違った点でもあったのだろうか、リガンは不安になる。
「トルク、何か言いたいことでもあるの?」
「僕かい?いや特にないよ、君の言っていることは正しいと思う」
眉間に寄せていたシワを元に戻し、トルクはリガンと向き直る。トルクの態度は気になるが、結局の所彼が何を考えていたかリガンは聞き出せなかった。
リガンらは用が済んだためこの場所を離れようと足を動かす。しかし動き出した足は店主の声によって呼び止められた。
「あんたの腰に着けているのはひょっとして魔具じゃないかね」
「……広語が喋れたのかあんたは」
トルクは足を止め店主の方へと振り返る。
実際、今まで店主は貴術族の言語を使用し、リガンと話していた。それがトルクを呼び止めた時は人間の言語である広語を使用したのだ。
トルクの問いかけに、店主は頬をかじりつつ答える。
「喋れない事はないが、最近は使う機会が無かったから上手く発音が出来が出来ないんだよ。そこのお嬢さんが貴術語が堪能だったからつい甘えちまったがねぇ」
照れ臭そうに店主は語る。確かに店主の話す広語は所々発音が可笑しな所があった。だが、それでも聞き取れない訳ではない。しっかりとコミュニケーションは取れるレベルである。
しかし、ここで論点となるのは今頃になって店主が何故広語を話始めたかと言うことである。
話しかけられたトルクは、魔具である白剣に手を触れつつ、言葉を発した。
「それで、あんたが苦手な広語を話してまで何で僕の魔具を気にするんだ?」
トルクの声音は警戒心の色合いが含まれていた。その事にリガンは不安になる。リガンとしては騒ぎなど起こしてもらいたくはないのだ。
そんなリガンの不安を裏切るかのように、店主は穏やかな表情のままであった。
「そう、ピリピリしないでくれ。ただ、あんたさえ良ければその魔具わしが手入れしてやろうかと思ってな」
「出来るのか、魔具の手入れを」
「わしは今はアクセサリーを売っている身ですが、本業は武器屋ですよ。魔具の手入れだってお手のもんです」
店主の言葉を受けトルクは店主へ近づいていく。
リガンとしてはハラハラしたが、彼が腰の魔具である白剣を引き抜き店主へと差し出したのを見て安堵する。
店主はトルクから白剣を受けとると、全体をくまなく見、鞘から抜くと刀身を光に当てながらじっくりと見ていく。
白く輝く刀身は美しいことこの上なく、トルクと共に旅をしたリガンは幾度となくその輝きを見てきたが、飽きることはなかった。
やがて見終わったのか、店主は剣を鞘に納める。
そんな店主の表情は先程のような穏やかなものではなく、幾分シワがよっている強面の面構えとなっていた。
「……あんたこの剣大事にしていたかい」
店主の雰囲気が変わると同時に声に僅かながらの怒気が混じっているのにリガンは気づき、そんな彼に恐怖心を抱く。
一方のトルクは、いつも通りの態度であった。
「大事にしていたつもりだが……そんなにひどいのか」
「あぁすっかり傷んじまってる。乱暴に、力任せに振り回したと思われる傷や凹みがね」
老年ながらも店主の鋭い眼光がトルクに刺さる。そんな店主に対しトルクは口を開こうとしたがリガンに先を超された。
「トルクはそんなに乱暴に扱ってないよ」
リガンが突如として会話に入ってきたことにより場の空気が変わる。
そしてリガン自身、トルクを庇うような発言をしたことに驚いた。過去の自分ならきっと黙ったままであると思うからだ。
この時リガンは、怒りを内包した店主に対し恐怖にも似た感情を抱いていたが、トルクが不当に責められるのを見て言いようもない思いを感じ、つい言葉を発してしまったのだ。
しかし、口を挟んでしまったことに変わりはない。撤回する訳にも行かず、リガンはこのまま突き通す。
「私、この人と一緒に旅をしてきて、戦いに見舞われることもありましたが、トルクは剣の扱いは上手で雑に振り回したりなんかしてません」
リガンのその発言を、トルクは意外な物でも見たかのような顔をして聞いていた。
そしてリガンが言い終わるとトルクも弁解し出す。
「実はそれは貰い物なんだ、ある人からの」
「その人は道具を大事にしない人だったのかい」
店主の声は相変わらず、冷たい冷気を含んでいる。
リガンが尻込みするなか、トルクは答えた。
「そうですね……、僕にとって命の恩人であるあの人は世捨て人のような人でした。この世にあるしがらみ全てを煩わしく思っているような。けどその人は僕を鍛えてくれた。だから僕はこうやって無事にいられる」
トルクの口調が丁寧なものに変わる。それだけトルクが白剣をくれた人に恩義を感じているという証でもあった。
「尊敬していたのか」
「えぇあの人は僕の師匠ですから」
トルクに師匠がいたと知ったのはこの時が初めてであり、それ故にその師匠という人物が気になったが、リガンはこの件を置いておくことにした。トルクの師匠という話題は今話している件から脱線するかに思えたからだ。
そしてこの時話していたトルクの師匠が何者なのか、それをリガンが知るのはしばらく後となる。
トルクの話を聞いた店主はじっとトルクの目を見つめる。
「……嘘はついてないようだ。よかろう、わしがあんたの魔具を直してやる」
店主の声が会ったばかりのときのように朗らかなものへと戻る。
その事にリガンは安堵した。
「いいのか」
「良いも悪いもこのままじゃこの剣が可愛そうなんでな。だが夜ぐらいまで時間がかかっちまうがいいか」
「よろしく頼む。代金のほうは」
トルクは背負っている背嚢を下ろし中から代金となる品物を取りだそうとする。
ここは人間の街でなく、他種族の街なので人間の硬貨であるガリー硬貨は使えず物々交換となる。
しかしトルクが物々交換に使う品物を取りだそうとするのを店主が手で止めた。
「代金はいい、これほどやりごたえのある物件は久し振りだからね」
「いや、それでは僕の気が収まらない。何か払わせてくれ」
トルクは店主の誘いを断る。人からの善意を嫌っていた彼は対等な取引を望むからだ。
しかし、ここは年月の差による生物としての深みがもろにでた。
「良いのさ、本当に。それともわしを信用ならんと言うのかね?」
店主の雰囲気が再び、重苦しいものへと変わる。リガンが息を飲むなか、トルクは折れ店主の善意を了承する。
トルクの了承を受け、店主は元の雰囲気に戻った。そしてトルクから受け取った白剣をカウンターの上に置く。
「わしも魔具を手入れ出来て幸せだからな。あんた達は祭で遊ぶなり図書館で時間を潰すなり好きにするがいいさ」
朗らかな顔つきで、店主はトルクに顔を向けて話したが、それに答えたのはトルクではなかった。
「図書館があるのですか!」
場違い、かつ突然また割り込んできたリガンの叫び声に、店主は無論のことトルクも驚いた。




