4.6 勇者とは英雄か
「ちょっと待ってトルク」
リガンはトルクに手を伸ばす。しかしその指先はトルクに触れず空をきる。
リガンが後に残され、去っていくトルクの背中を見送る。その背中はかつての、トラルン以前のトルクを思わせるものであった。
トラルンでの出来事以来、トルクとの仲は良くなったものだとリガンは思っていた。
しかし彼女は勇者に感謝し、彼は勇者を憎んでいる。その事実は変わることなく存在し二人を分け隔てる。
その事を改めて思い知るリガンであった。
「すいません、本当は彼そんな人ではないのですが」
リガンはヤハラに頭を下げトルクの非礼を詫びる。
一方のヤハラはトルクによって崩れた服を整えていた。
「彼はどうしてあんなに怒っていたんだ、俺が何か不味いこと言ったか」
急に胸ぐらを掴まれた件について完全に怒りは抜けていないものの、ヤハラは先程のトルクの無礼を水に流しリガンに尋ねる。
そんなヤハラにリガンは感謝の思いを禁じえない。
「トルクにとって勇者は憎むべき存在ですから」
「勇者?勇者とはなんだ」
ヤハラは首をかしげる。その時になってリガンは気づいた、勇者という言葉が広語における固有名詞であるということを。
「勇者とは人間の間で使われる言葉で、魔王を倒した者の事を指すんです」
「魔王を倒した者を勇者って?人間の人達は面白い言葉を作るね。僕達貴術の間じゃテ・ラスって言ってるよ。広語に訳すなら英雄って意味になるけどね」
「英雄?貴術族の人達は勇者を全面的に肯定しているのですか?」
疑問が混じった声音でリガンは尋ねる。
リガン自身は勇者、トレンが魔王を倒した行為を肯定している。
しかし世の中には勇者の行為を快く思っていない者もいるのだ。
何故なら魔王倒れた後、魔王の支配下であった大量の魔剛が世に蔓延るようになり、魔王が表れる以前のように、街の外を出歩くといった行為が出来るようにはならなかったのだ。
それ故に勇者を快く思わない者達の言い分として魔王と一緒に魔剛の問題も解決してくれというものである。まぁリガンに言わせれば虫が善すぎる言い分なのだが。
そのような者達が貴術族にはいないのだろうか、その思いでリガンは尋ねたのである。
その問いにヤハラは首をかしげる。
「当たり前じゃないですか、勇者は世界エラント住民全員を救ってくれた英雄ですよ、どうしたら否定的になるんですか」
言った意味が分からないといった様子である。その貴術族の考え方にリガンはうれしく感じた。
少なくとも貴術族の間では、勇者の行いが正しく評価されていたことが分かったからだ。
勇者の話題を出したリガンであるが、それにより彼女はとあることを思い出す。
「勇者の事と言えば貴術族の方にマナタという人がいると思うのですが、知っていますか」
「マナタ?知らないなその人が勇者と関係あるのか」
ヤハラは顎に手を当て思い出す仕草をとるが、あくまで仕草だけでありどうやらその名前に覚えがないらしい。
「勇者の仲間なんですが知りませんか」
「勇者の仲間か、貴術族の中にそんな者がいるなんて光栄だね。今は結構な数の貴術の者達がここにいるから聞いてまわるといい」
「そうですか・・・分かりましたそうします。色々な話を聞かせて下さりありがとうございました」
リガンが勇者達と一緒に旅をしたとき、勇者御一行はトレンを筆頭に人間のミトレ、貴術のマナタ、魔岩のセルタ、獣丸のセリア、以上の5人で旅をしていた。
その中でもリガンが特に会いたいのが勇者と言われているトレンなのだが、他の面々にも世話になっており、出来ることなら再び会いたいと思っていた。しかし、知らないと言われれば仕方がない。
リガンはヤハラに礼を言い場を後にする。先に行ってしまったトルクを追うためだ。
そんな去っていくリガンの背中を考え深げにヤハラは見つめていた。
「マナタ、君の事を知ってる子が来たよ」
ヤハラは小さく呟く。しかし、その言葉がリガンに届くことはなかった。




