3.45 出発
「頂いてよろしかったんですか、こんなに沢山のチークを。それにこの服も」
リガンは背負っている背嚢を背負い直し、着ている服をつまみ上げる。その服は綿によって出来ており、随分と暖かく感じられた。
カタンやその仲間達を倒した翌日の早朝、リガンとトルクはトラルンから出発しようと門の前にいる。
そんな二人を見送ろうと門には大勢の人々が集まっていた。
「いいんですよ、私達を助けてくれたせめてものお礼です。それにこの先世界エラントは冬を迎えますからね。……そこの兄ちゃんももっとしゃきっとしなさいよ、そんなんだと彼女守れないよ」
集まってきていた人々の前列にいるハラルが、リガンの謙遜に答えると同時に、トルクに突っかかる。
しかしながら、このように人々から感謝され見送られている状況にも関わらず、トルクはいつもながらの無愛想であった。
そんなトルクも住民からもらった防寒具はしっかりと着ており、胸のポケットには白い一輪の花がささっていた。
「隣の子は彼女じゃない。只の同行者です」
事実だけを述べるトルクである。
彼女じゃないのは同意だがもう少し愛想よく出来ないのか、リガンはそんなトルクに頭を抱える思いである。
トルクに頭を抱えたリガンだが、彼女には気になる事があった。
「それより、ラヒン本当にいいの。獣丸の街にたどり着くまで一緒に旅をしてもいいんだよ」
リガンは集まった人々の前列にいるラヒンに尋ねる。尋ねられたラヒンというと、幾人もの女性達に抱え込まれていた。それらの女性達はラヒンと一緒に畑仕事していた仲であり、すっかりラヒンに夢中であった。
幾人もの女性達に囲まれるラヒンに、リガンは情報通である獣丸の片鱗を垣間見た気分になる。
「いいんだもん、ここの人達は優しいし人間の集落だからといって不自由することはないんだもん。それに……ここを離れたくないんだもん」
「大丈夫よ、ラヒンちゃん。私が守ってあげますからね」
「なによ、私が面倒みるんだから」
「違うわよ、私よ。ラヒンちゃんもそう思うでしょう」
ラヒンの見せる悲しげな顔に母性心がくすぐられたのか、女性達が取り合いをするかのようにラヒンを励ます。
そんな光景にリガンは安堵する。ラヒンが一人になることは無いように思われたからだ。
しかしながら、場が賑やかになるこの時、トルクはだけは顔に影を落とす。その事に気づいた者は誰もいなかった。
住民達への挨拶が終わると、リガンらは集落から草原へと体を向ける。
「……僕達はもう行くことにする。魔剛には気をつけてくれ」
「分かった、気をつけることにする。君達も元気でな」
「えぇ、皆さんもお元気で」
トルクは魔剛に関する勧告を行う。それを受けた医術士の老人が住民を代表し、別れの言葉をリガンらに贈った。
こうしてリガンとトルクはトラルンを出た。
見送りに来た住民達は各々別れの言葉を叫び、リガンはそれに答えるように、後ろ歩きでいつまでも手を振り続けた。
トラルンが見えなくなるまでリガンは手を振り続ける。まるで別れを惜しむが如く。
そして一方のトルクはその間一度も、トラルンを振り向く事はなかった。
「トルク、貴方剣術だけじゃなく魔術も使えたの」
トラルン集落が見えなくなり、リガンらは次の目的地である、トラルンで貰った地図に記された街を目指して歩いている。
そんな中リガンはかつてから抱いていた疑問をトルクにぶつけた。トルクの剣士としての力量は感嘆に値するが、魔術士としての力量は疑問であった為だ。
トルクが披露した魔術と言えば剣を氷の魔力で纏い、斬ると同時に切り傷を氷で塞ぐという魔術とは言えないレベルのものだけであり、トラルンで見せた氷の壁や刄というのはリガンらが旅して約一ヶ月初めてみる魔術であったのだ。
その質問に足を止めることなくトルクは答える。
「伊達に毎日練習してはいないさ」
「毎日?トルク魔術の練習なんてしてたっけ」
「君が寝た後だよ。もっとも君は夕飯を食べ終わったら直ぐに眠るから知らないのは無理ないけど」
「何よ、それって馬鹿にしてるの」
「それもあるな」
その発言にリガンは半分冗談半分怒りを表し、それをトルクは笑って誤魔化す。そんな他愛もない会話を二人が交わしたのた初めてあった。
話の流れはトルクへといき、そして彼の持つ魔具へと移る。
「それにしてもその魔具は凄い武器ね。名前は何て言うの?」
「名前?そう言えば聞いていなかったな」
トルクは右腰にある魔具に目を落としつつ答える。そんなトルクの回答にリガンは首を傾げる。
聞いていない?と言うことは元は誰かの所有物だったのだろうか。その事を尋ねようとする前にトルクが口を開いた。
「名前か……君が決めてくれ」
「私が?どうして」
「僕よりは君の方がセンスが良さそうだからだ」
いきなりのトルクの無茶ぶりにリガンは断るつもりであったが、センスが良いと言われた事はリガンの気分を高揚させ、名前を付けようという気分にさせた。
「名前か、うーんと……白剣なんてどうです。白い剣だから白剣」
「……いや、やっぱりセンスが良いというのは撤回しよう」
「何よ白剣でいいじゃない」
リガンはむきになり、頬を膨らませる。
一方センスが悪いと言ったトルクであったが、自身で名前を決める事はなかった。
その後リガンが幾つもの名前をあげたが、白剣という名前以上に酷いものであった為に、結局の所最初のリガンの命名どおり白剣という名前に決まった。
このように、リガンとトルク両者の仲は少しばかり進歩した。
そしてそのきっかけとなったのは、トラルンでの出来事であることは言うまでも無いことである。
第3章は今回で終わりです。次回からは第4章となります。




