3.44 一輪の花
トルクが目を覚ました時に目に入ったのは、遠くまで続く青々とした空でなく、2mほどの距離しかない木目調の天井である。
トルクは見知らぬベットに横たわっていた。
窓から差す赤い光に、時刻はもう夕暮れを示していると理解できる。
起き上がり辺りを見渡すと、自身が居る部屋が昨日気を失った時にいた部屋と酷似していることに気がつく。ただひとつを除いて。
寝ているベットの横に椅子があり、そこにリガンが座り込んでいた。
頭をたらし、トルクが起きたのに気づいていない。
そんな時、突然部屋の中に声が響いた。
「目を覚ましたか」
その声はリガンの出す高い声ではなく、低くしゃがれた声である。
そしてその声本人である老人が扉を開け中に入る。その老人にトルクは見覚えがあった。
「貴方が僕を診ていてくれたのですか」
「そうだ、まぁお前さんを診たのはこれで二度目だがね。それより具合はどうだ」
椅子はリガンが占有しているため、老人はベットの側に立ったまま尋ねる。
その言葉を受け、トルクはカタンから魔術を喰らった部分である腹に手を当てた。すると少しの傷みが生まれトルクの顔に苦痛が走る。
そんなトルクの様子を老人は観察していた。
「痛いか、まぁ無理もない肋骨がおれていたのだから。魔術である程度治療はしたが完璧に治ったとは言い難い。本当はここに数日いてもらいたいんだが……」
老人はトルクの目を見つめる。そしてトルクの瞳に退かぬことない確固たる信念が有ることを確認した。
「すまない、先を急いでいるんだ。だからそれは出来ない」
「だと思ったよ。まぁ治りは遅くなるが歩く位なら許可しよう。もちろん戦闘はご遠慮願いたいがね」
「あぁ約束する」
真面目な顔つきでトルクは答える。その時部屋にノック音が響いた。
コンコンと軽い音が響いた後、入ってもいいですか、という幼い声が部屋内部に伝わる。
その声に怪我人であるトルクではなく、老人が受け答え、部屋に招き入れた。
部屋に入ってきたのは年端もいかぬ女の子である。女の子の両手は背中で隠しており、その状態でトルクの元へと駆け寄ってきた。
トルクの元へ来てもなお、女の子はまだ悩んでいた。これを渡すべきなのかどうか両目をうろうろさせながら。
しかし意を決し、背中で隠していたものをトルクに差し出す。
それは一輪の白い花であった。
「これを僕に?」
トルクの問いかけに、女の子は過剰と思えるほど頭を縦に振り答える。是非受け取ってほしい、その感情が体いっぱいに、溢れていた。
そして人からの善意を嫌っていたはずのトルクは、女の子の行為に答えるように、手を伸ばし彼女の手から花を頂く。
「ありがとう」
戸惑ったようなはっきりしない声であったが、そんなトルクの言葉に女の子は満面の笑顔で答える。
そしてそんな女の子の笑顔に見いられたのか、トルクはしばらく放心ぎみとなった。
リガンが起きたとき、トルクは手にしていた白い花をじっと見つめていた。
「あ、ごめん私ったら寝ちゃって。トルク、怪我はどう」
「大丈夫だ、ここの先生に治してもらった」
トルクは近くにいる老人に顔を向ける。向けられた老人はトルクに軽く会釈すると、リガンの方へ向き直る。
「あの時は済まなかった、もっと早く逃げるよう言っていれば君達を巻き込むことは無かったろうに」
老人が頭を下げて謝罪する。急に謝られ、また頭を下げられるのに慣れていないリガンは慌てふためいた。
「い、いえそんな貴方のせいじゃないですって。むしろここの現状を知れたからトラルンの人々の手助けをする事が出来たんですから」
「その事なんだが、ぜひ私達から君達にお礼がしたい。今晩トラルン奪回の記念を祝して住民総出の宴会を開くんだが、それに出てはもらえないだろうか。色んなご馳走を味わう事が出来ると思うが」
老人の提案にリガンとトルクは顔を見合わせる。そして言葉を交わすことなく結論を出した。
どうせ、この時刻になったらもう旅立てない。ならば今夜は盛大に祝ってもらおうではないかと。
「分かりました、それなら是非とも今晩の宴会に参加させてください」
「そうかそれはよかった。なら今すぐ行こう。本当は君達を呼ぶためにこの部屋に来たのだから」
案内の為老人が先頭となり部屋を出る。それに続いてリガンが。そしてトルクは手にしていた白い花をしばらく見つめた後、胸のポケットに差し込むと、ベットから立ち上がり部屋を後にした。




