1.5 女の子
「ありがとう、こんなにチークを美味しく感じる日が来るとは思わなかった」
一般的な男がするように砂利の上に直接座ると、青年はそう述べたが、顔は相変わらず無表情であったため、リガンはその言葉を真に受けることは出来なかった。
もう少し喜んでくれたっていいじゃないか、それがリガンの本心であり少しばかり気分を害した。
しかしそもそもリガンが無理矢理青年に食べささせたのだから、礼の言葉を言われるだけましだったのだが、当の本人はそうは思わなかった。故にそれが声となって現れた。
「どういたしまして。そんなに美味しかったなら最初進めた時に素直に受け取っていれば良かったですね」
少しばかり毒の入った言い方ではあったが青年はそれを気にも止めなかった。
「言っただろ、人の行為は受け取らない主義だって」
けれど結局は受け取ったじゃないか。そう思いはしたがリガンはそれを口にはしない。
そのような思いを抱いていた反面、リガンは青年の考え方に興味を抱いていた。青年は子供の頃の自分見たく、意気地になってその言葉を言っているようには見えなかったのだ。
人の行為は受け取らない、何故そう思っているか気になったが、ここでリガンはまだ青年の名前を知らないことに気づいた。
「えっと、まだ自己紹介していなかったね。僕の名前はリガン、あなたは」
「……トルクだ」
名前を聞かれた時、少しの間をおいて青年、トルクは答える。
その名前にリガンはさしたる思いを抱かなかった。
今や興味はトルクの考え方の方である。
「トルク、不躾な質問かもしれないけどいいかな」
いきなりの呼び捨てにトルクの顔が少し曇ったがすぐにまたいつもの表情へと戻った。
「まぁ答えられることなら」
それを聞くとリガンは遠慮することなく尋ねた。
「トルクって俗にいう世捨て人ですか」
その質問に対してトルクの表情は崩れない。
「世捨て人じゃないよ僕は」
「じゃあセレン教の信者の方?」
「セレン教は人と人との繋がりを重要視している宗教じゃないか、僕の考えとは真反対だ」
「じゃあイレン教の方?」
「イレン教はそもそも他人間族が信仰しているもので人間が信仰するようなものではない……君、僕をからかっているのか」
そこまで来てやっとリガンは己の失礼さに気づいた。
「すみません。別にからかってたわけじゃないんです。ただ何かお力になれればなと思いまして」
その時トルクは無表情とはうってかわって露骨に相手を嫌悪するかのような表情になる。そんな彼の表情にリガンはトルクの人間性を垣間見た気がした。
「そんなものはいらないよ。それより君はどうなんだい。何かお困りがあれば助けるが」
トルクの口調は投げやりなものとなり、声も陰険な雰囲気を帯びている、
そしてそんなトルクに触発されてか、リガンもいつもより気がたつようになった。
「自分は助けてもらうのが嫌いなのに、他人にたいしては違うんですね」
心にもない皮肉であったが、言われた当人であるトルクは平然としていた。
「他人に対しても同じくらい嫌さ、しかし君には食事を頂いた借りある。そのおかえしという訳だ」
「そんなこと言われても特に困ったことなんて無いですよ」
もちろんこれは嘘である。本音では女一人旅だと危険が多いこと、それが今のリガンの困った事であった。
しかしそれを初対面の人、何より男相手に言えるはずがない。
けれどトルクはその嘘を見破り、そしてリガンが何よりも恐れていたことを口にした。
「困ったことはないって、そんな格好をしていてもか」
その言葉を聞いてリガンは嫌な予感がした。そんな格好、確かにトルクはそう言った、そしてその言葉が意味するのは……。
答えは分かっている、しかし尋ねずにはいられなかった。
「……どういう意味です」
まるで答えを恐れているようなゆっくりとした声であったが、その反対にトルクの言葉ははっきりしていた。
「だって君、女の子だろ」