3.31 妹
ラヒンは気まずかった。何故なら親しいリガンがいなくなり、残ったのは出会って間もないトルクだけである。自身の頭を撫でてくれたトルクであるが、そんな彼もリガンと別れてからは不機嫌極まりない様子である。
気まずく、重い空気が流れるなか、特にすることがないラヒンは時より気付かれないように、トルクの事をちら見していた。
トルクはリガンと別れて以降、無愛想な表情に加え不機嫌さも加味されているかのようであったが、その表情はラヒンにとって見覚えがあるものであった。
その顔は父母が喧嘩した後にラヒンに見せる表情と酷似していた。
ケンカの後、父親と母親は入れ替わるようにはラヒンと会い、そして毎回同じような言葉を発するのだ、どうして喧嘩になっちゃったんだろうと。
そしてそんな最早この世にはいない両親の事を思い浮かべるとラヒンは泣きたくなる思いに駆られる。
ラヒンはまだ子供であり、自身の感情を上手く制御できないのだ。
「ぐすっ、ぐすっ」
沈黙の空間に、男の子の泣き声が加味される。
泣き出したラヒンであるが、ここで意外な事に、トルクはリガンには見せたことがない温和な表情で彼の前に腰掛けた。
「ごめんな、こんな所を見せちゃって。けど心配はしなくていい。俺が必ず君を安全な場所まで送るから」
リガンが見たことがない一面をトルクはラヒンに見せる。
トルクの声色、表情共に優しく、子供を扱うのに慣れている者のやり方であった。
この時のトルクの言葉は的を射ていなかったが、一人じゃないそう思えるだけでラヒンは救われる思いである。
そんなトルクに慰められ、ラヒンは次第に落ち着きを取り戻した。
そんなラヒンが開口一番に尋ねたのはリガンの事であった。
「お姉ちゃんは?お姉ちゃんはどうするもん、このまま放っておくもん?」
前のめりで話すラヒンに、対しトルクは言いにくそうな表情、態度になる。
「……いやあいつは放っておく。あいつが自分の意思で出ていったんだからな」
「けどお兄ちゃん悲しそうな顔をしてたんだもん、ほんとはお姉ちゃんの事が心配なんじゃないかもん?」
「何をばかな、俺とあいつとはただの協力関係にあっただけ、奴の事などこれっぽっちも想うわけがない」
トルクはそう言うと、ラヒンにこれまでの事を話した。そう、リガンの知らない自分の過去から、二人の出会い、マリエルでの出来事、二人の目的のことまで。
「どうだ、だから俺とあいつとは何の思い入れもない、だからあいつが出ていってもなんも思わないね」
「……けどお兄ちゃんの話やっぱり変だもん」
トルクの過去話によってラヒンは、彼の事をより深く知ることができ、それと同時に二人の間にあった距離が短くなった。
それ故に自信たっぷりに話し終えるトルクにリガンは子供ながらの無邪気さで疑問をぶつける事が出来た。
「だって何にも想っていなかったら、こんなにお姉ちゃんを助けようとするはずがないんだもん」
「それはあいつが持っている勇者の情報が必要だったから……」
「けどお兄ちゃん、お姉ちゃんの事を喋るときの声はほんとに心配でしょうがないといった声だもん。お兄ちゃんほんとはお姉ちゃんの事嫌いじゃないもん、好きなんだもん」
ラヒンの言葉にトルクは首を横に振る。
「いや、それは違う。たぶん俺はあいつの事を……」
「お姉ちゃんを?」
トルクの先を促すようにラヒンは喋る。
しかしながらしばらくの間、トルクは考え事をするかのような表情で黙っていた。
そんな彼が口を開いた時、トルクの表情と声は話題を無理に変えるかの如く、明るいものとなっていた。
「いや、やっぱりやめた。それよりお前はあいつの事が好きなようだからな。朝になったら迎えに行くか」
「……うん、それがいいんだもん」
トルクの発言はラヒンの期待した物ではなかったが、リガンを迎えに行く、それを聞けただけでもラヒンは嬉しかった。
それから時がたち、夜が更けラヒンが木に寄りかかり眠る頃、一人トルクは空をみやげていた。
その空は昔とちっとも変わった様子はなく、トルクはホッとしたような残念なようなため息をつく。
「あいつは……妹に似てるんだよ」
誰に宛てたか分からぬ言葉をトルクは空に、静かに放った。




