3.30 独りぼっちの空
「バカバカ、トルクの大バカ野郎」
涙声で一人、リガンはわめき散らしていた。
トルクと喧嘩し、飛び出したリガンであったが行く宛てなどあるはずがなく、夜のバサバサ草原を一人歩いている。
しばらくの間泣きわめき続けたリガンであるが、その状態が長く続く筈もなく、一通り泣きわめいた後リガンは口をつぐんだ。
一通り泣きわめいた事により、リガンは胸の内にある思いを吐き出す事ができ、正常な気分へと戻っていく。
そしてリガンは改めてトルクとの会話を思い出すのだった。
魔剛が命を奪っている、その証言にリガンは驚きを隠せないでいた。
魔剛は物資を奪えど命は奪わない。それは人間が魔剛と初めて接触されて以来覆ることのない事実であり真実である。
しかしそれが覆ろうとしているのだ。しかも勇者が悪意の源である魔王を倒したこの世界で。
現にトルクの言う通りなら、既に幾人の人々が既に死に絶え、ラヒンの村も襲われたということになる。
そしてその話をしていた時のラヒンの怯えようを見るからに、それは事実であるように思われた。
その事はリガンに衝撃を与えると同時に、悲しい思いにもさせる。
しかしそれと同じくらいに勇者が必死になって救った世界が平和になっていないこと、その事に対してもリガンは悲しみを覚えると同時に怒りを覚えるのだ。
それに魔剛の事と言えば、トルクのあの発言がリガンには気掛かりであった。
「魔剛に襲われた者の気持ちを、肉親を奪われた者の気持ちを、か……」
リガンは声を出してトルクの発言を思い出す。
確かにリガンは魔剛に命を狙われた経験はないし、肉親とはそもそも仲が悪いので肉親を想う気持ちもない。
その為リガンがその人達の思いを鑑みても、表面的なことしか分からず、深層までは思いは至らない。それはリガン自身も分かっていた。
しかしその発言はトルクの過去を明らかにするものであると、冷静になったリガンには推測することが出来ていた。
もし自身が経験した事がないのなら、あの様に感情が籠った声は出せないからだ。あの時のトルクの声、発言は明らかに自身もその内の一人であると示していた。
ということはトルクは昔……。
そのような事を考えている時、リガンは不意に草の重みから解放された。
顔を上げて見ると草原が途切れており、目の前に在ったのはラヒンがいた村であった。
リガンの足は無意識の内に知っている場所、つまりラヒンと出会った場所に向かっていたのである。
ラヒンの村は昼間の時と変わらず、無数の死体が転がっていた。
それを初めて見たときリガンは何も分かってはいなかった。しかし今は違う。今は魔剛族が殺ったことをリガンは知っている。
リガンは魔剛を恨んではいない。リガンは魔剛による強奪を、彼らなりの本能がそうさせていると思っているためである。
だが目の前に広がっていた光景はあまりにも惨いものであり、ラヒンが体験したであろう恐怖は、尋常なものではない事ぐらいリガンにも理解できる。
しかしだからと言ってトラルンの人々を見過ごす、トルクのその案には同意できないのだ。
リガンは今でも生まれ故郷での生活を時々思い出す。リガンが思い出す思い出は大半が魔剛による支配下の時代、虐げられた者達の記憶である。虐げられた者達は正常ではいられない、異常にならなければやっていけなくなる。その事はリガン自身身をもって経験した。
その思いをトラルンの人々に味わって欲しくはないのだ。故にリガンは決別した、トルクと別れてでも救うと。
それに勇者もきっとそうしたはずだ、そう考えリガンは自身の決断を後押した。
その日、リガンは死体が転がるラヒンの故郷にて、休むこととした。
リガンは積もれていた藁に体を入れ寝転がると、空をみやげる、
夜の空に輝く星々は一つ一つが孤独に虚しく輝いている。
最近は夜に輝く星々を華やかだと感じていたリガンにとって、そのような孤独な空を見たのは久しぶりの事であった。
いったいいつ頃このような空を見たのだろうか、リガンは考えそして思い出す。
この星空は一人で旅をしていた時、孤独の中で見た空と同じであったことを。




