3.27 気持ち揺らいで
陽が落ち、昼間黄金色に輝いていたバサバサ草原は今度は黒へと変色し、辺り一面暗闇に支配される。
そんな中、バサバサ草原にまだらに点在する森林地の中で、トラルン集落から離れた場所にリガンらはいた。
トルクの援護を受けトラルン集落から無事逃げ出したリガンらは隠れる場所を探し、この森林に目をつけたのである。
しかしあまり奥へと入り込むと、トラルンからやって来るであろうトルクを見つけ出すことができない。その為リガンらはバサバサ草原を見ることが出来る、森林の浅い場所に隠れ休んでいた。
たどり着いて早々、リガンは身を守る為にチッ光を取り出そうとしたが、そのチッ光が入った小瓶がある自身の背嚢が、カタンらに取られたままであることを思いだし、思わず舌打ちする。
この時朝からの激動とも言える出来事続きで、リガンの精神は疲れ果てていた。
しかし不快感の避け口として出した舌打ちによって、傍らにいたラヒンは怯えてしまった。
そんなラヒンを見てリガンは一人ではないことを思いだし、自身を戒める。
自分より更に壮絶な目に遭い、さらに年下で子供のラヒンが堪え忍んで要るのに、自分だけが苛立ちを隠さなくてどうすると。
「ごめん、少し苛立ってた」
「いいんだもん、イライラすることぐらいあるだもん」
リガンの謝りにラヒンが受け答える。そのラヒンの、純粋な瞳を見てるとどうしようもない思いがリガンの心深くから沸き上がってくる。リガンの今まで押さえてきた気持ちが出そうになってきた。
「……本当にごめん。私は貴方をあんな目に遇わせるつもりじゃなかった。本当にごめんなさい」
気がつくとリガンは目に涙を浮かべながら、ラヒンに頭を地面すれすれまで下げ、胸の内に沸き上がる思いを吐露していた。
リガンとしてはずっと謝りたかったのだ。自身の行いで、本来無関係であるラヒンを巻き込んでしまった点について。
そんなリガンを目の前に、当然のことながらラヒンはあわてふためく。
「お姉ちゃん頭を上げてだもん。僕気にしてないよ、本当だもん」
ラヒンは慌てながらも必死になってリガンを元気付けようとする。しかしその行為が痛いほどリガンには身に染みるのであった。
「ありがとう……その、励ましてくれて」
しばらくたち一通り泣き止んだ後、リガンは元気付けてくれたラヒンに礼を言った。
そんな自身の後悔を涙と共に洗い流したリガンが、次に思ったことはラヒンの故郷の事であった。
もっともラヒンの故郷のことは出会った当初から気にはなっていたが、唯一生き残ったラヒンへの遠慮が、リガンに聞くのを躊躇わせていた。
しかし、思えばラヒンを巻き込んでしまったことに対する罪悪感に隠れていたが、彼との最初の出会いも謎が深いものである。
ラヒンの故郷である獣丸の村での、何者かによって蹂躙された形跡、そして数多くの獣丸の死体、そこの唯一の生存者ラヒン。
数多くの謎があり、未だ何一つ解決していない。
もしかすると、カタン襲来により変わってしまったトラルン集落と、何か関係があるのかもしれない。
そんな事を思っていたリガンの口は、自ずと開かれた。
「ラヒン、君は」
「君はどうして獣丸の子供を連れているんだ」
「!」
リガンの声を遮り、低い声が後を継いだことにリガンは驚き飛び上がった。
この場にはラヒンとリガン二人しかおらず、第三者と思われる声が突然背後から響き渡れば、リガンが驚いてしまうのも無理ない話である。
リガンはゆっくりと、ビクつきながら後ろを振り向くと、そこには息ひとつ切らしていないトルクが立っていた。
「トルクっ!いきなり後ろから話しかけないでください。驚いたじゃないですか」
「悪い、そんなに驚くとは思わなかった」
リガンの抗議にトルクは軽く受け流す。その後トルクは歩きリガンの横、ラヒンの前に立った。
陽が落ち視界が暗い中、トルクがより近くに寄った為、リガンは彼の様子をより詳しく見ることが出来た。
戻ってきたトルクには衣服が破けた痕跡や血が染み出ている様子はなく、大きな怪我はない。
トルクが無事である事にリガンはほっとした。
「良かった、大きな怪我を負ってなくて」
「あぁ、何とかな。それより話は何故獣丸の子供がいるかということだ」
トルクはラヒンを見下ろす。人間の中でも比較的背が高く、無愛想な面構えのトルクに、ラヒンは立ちすくんでしまう。
そんな様子を見てトルクは獣丸が嫌いなのかと感じたリガンは、ラヒンの肩を持つためこれまでの経緯を話した。
トルクが倒れてからラヒンとの出会い。トラルン集落への移動の経緯。そこでカタンの罠にかかり出られなくなったこと。そしてトルクの目覚めと共に逃げ出した事。
無論ラヒンの肩を持つのと同時に、リガンはトラルン集落がいかに酷い現状となっているかを丁寧に説明した。
リガンとしてはラヒンに対してのトルクの態度を軟化させること、そしてトラルン集落に住まう人々の救済が願いである。
リガンの話に口を挟むことなくトルクは黙って聞いた。
そしてリガンが語り終えた後トルクは何も言うことなくラヒンの目の前にしゃがむ。
リガンはトルクが何をするのか理解出来ないでいた。彼を理解出来るほど、リガンとトルクの間は進展していない。
それはラヒンも同じでありトルクが目の前にしゃがんだ時、見れば分かるほどに怯えた。そしてトルクが手を伸ばしてきた時には、ラヒンは目をつぶってしまった。
しかし意外な事にトルクはそんな怯え震えるラヒンの頭を撫でた。今までのトルクなら絶対にしないであろうその仕草にリガンは驚く。
リガンとしては、トルクがそんな人思いな行動に出るとは思えなかったからだ。
撫でられた方であるラヒンは怯えから戸惑いの後、喜びへと変わる。今では嬉しそうに頭を撫でられていた。
その顔を見てリガンは安心した思いとなる。思えばラヒンの笑った顔を見たのはこれが初めてであった。
「大変だったな、けどもう安心だ。僕達が君を安全な所まで送ろう」
トルクはラヒンに語りかける。
人助けが嫌いと言っていたくせに、助けようとしているじゃないか。
リガンはそう毒づきそうになったが、今回のトルクの考えはリガンも賛成であり、この時ばかりはトルクを見直していた。
しかし次の言葉でリガンの、トルクへの好意は白紙となった。
「朝にはもうここを出発しよう。この草原にはもう用はないからな」
たった一言、しかしそれだけでトルクが、トラルンにいる人々を見捨てようとしている事が、十分すぎるほどリガンには分かってしまった。




