1.4 空腹な出会い
男側の主人公がようやく登場します。何を考えているか一見分からないような人物ですが、温かく見守り頂けたらと思います。
「あげますってこれ、ほらチークですよ、チーク。旅人御用達の保存食ですよ。知ってるでしょう?毒なんて入ってませんって」
「いや、いい。君の気持ちだけ受け取っておこう」
「そんなこと言わずに、ほらお腹は正直ですよ」
向かい合う二人は何回行ったか分からない言葉の応酬を続ける。そしてこれまた何度目か分からない音が男の腹から鳴り響いた。
結局小屋の中にいたのは魔剛でも盗賊でもない、人間の青年であった、極度にお腹を空かせていたが。
年は自分と同じ位を思わせた。目と髪は黒色、長い髪は後ろで束ねている。服装は一般的な旅人と同じ単純、簡素なもので不必要な装飾など施されていなかった。
しかしだからこそ青年の右腰にある剣が目立つ。剣は全体が白の色調で統一されており、見られぬ装飾が施されていた。
決して華美な装飾では無かったが、それは見る者を虜にするような純然たる美しさを放っていた。
このような白く美しい剣をリガンは見たことがない。
しかし何かしらの既視感をリガンは感じた。どこかでその剣か、はたまたそれに似た物を見た気がしたのだ。
どこで見たのか思い出そうとするリガンであったが、その行為をまるで邪魔するかのように再び青年の腹が鳴った。
「やっぱり我慢してるんじゃないですか、あげますよ一つくらい。充分に買い込んでいますからね」
「いや結構だ。僕は安易に人からの行為を受け取らない主義なんだ。だから君のは受け取らない」
「人からの行為を受け取らない主義って、そんなんだから腹が減るんですよ。さっ早く食べてください」
そう言うとリガンはトルクの手に無理矢理チークを押し付け、持たせてしまった。
「だからいらないって言ってるじゃないか」
さすがに頭にきたのか青年の口調は荒くなり、声も微量ながら怒気をふくんでいた。
しかしそんな青年の主張もリガンには無意味である。
「そんなに嫌なら捨てればいいじゃないですか。僕に返したって受け取りませんからね」
リガンはそっぼを向き、青年に向き合おうとしない。
そこまでのことをされ、さすがに青年も受け取らざるを得なくなった。チークを手に持ったまま、まるで考え込むかのようにしばらく顔をうつむかせていたが、顔を上げると無言のうちにチークを食べ始めた。
そんな青年を見てリガンは安堵した。リガン自身はこの行為を正しいことだと疑っていなかったからだ。
何故なら勇者と同じ人助けをしているのだから。自身が助けられて嬉しかったように、相手も助けられて嬉しいはずだと信じていた。
青年がチークを食べ始めたのを確認した後、リガンは小屋の隅に置いてあった腰を掛ける台をたき火近くの、青年とはたき火を挟んだ反対側に運ぶとその上に座った。
この時リガンは今だ濡れた外套を羽織っており、フードの先からは水滴が滴り落ちている状態である。一刻も早く脱いで体を暖めたい、リガンはその気持ちでいっぱいであったがそれは出来ない事である。
何故ならたき火を挟んだ小屋の隅に青年、男がいるためだ。これまでの旅で、女であるために様々な理不尽をリガンは強いられてきた。ましてこんな小屋で男と二人きりであり、自身が女であるとばれたら何をされるか分かったものではなかった。
今や苦しんでいるのは青年ではなくリガン自身であり、濡れた外套から伝わる冷気で体は冷えきっていた。しかしながら男をこの雨天の中外へ追い出す、そんな考えはリガンには無い。
たき火に手を当て暖を取っていると、チークを食べ終わった青年が会ったときと変わらない無表情のまま近づいてくる。
そしてたき火を挟んでリガンと正面から向き合う形で地面へと座り込んだ。