3.25 逃げるために
「トルクっ!」
リガンは思わず叫ぶ。カタンが魔術による攻撃をしてきたのだ。それをもろに喰らったトルクは後ろの空中に吹き飛ばされた。
しかしリガンにはカタンによる攻撃を見ることが出来なかった。それほどまでに早く、かつ正確にトルクを撃ち抜いたのだ。
キリヤルの元副隊長の座は伊達ではない。
リガンの心は折れる寸前である。カタンの実力がこれ程とは想定していなかっためだ。それに加え頼りにしていたトルクが倒れたとあっては逃げる手がなくなる。
悲観的になるリガンであるが、この時彼女はカタンの実力を考慮に入れても、トルクの力量を鑑みていなかった。
カタンの魔術を受け、空中に浮き上がったトルクは宙で姿勢を立て直すと地面に倒れることなく着地する。
この事に勝手に殺られたと勘違いしていたリガンは無論のこと、攻撃した側のカタンですら驚いた。
カタン自身殺すまでは無いにしろ、当たれば確実に気絶確定の威力の魔術による攻撃を加えたつもりである。それをあぁも何事もないかのように復帰するとは、攻撃した彼自身予想外であった。
しかしトルクの腹から氷の欠片がこぼれ落ちたこと、そして鞘に納めていた筈の剣をいつの間に引き抜いていたことから、カタンはトルクが攻撃を喰らったにも関わらず、気絶しなかった理由に思い至たる。
「魔具か、こんな場所でお見掛けする機会があるとは思いもしなかったな」
装っていた紳士的態度を捨て去り、離れた所にいるリガン・トルク両名に聞こえるような声量でカタンは発言する。
一方でカタンが魔具を知っていることにリガンは少し驚く。しかし冷静に考えてみれば、キリヤルの副隊長を勤めていたカタンが知っていても可笑しくはないのだ。
今現存カタンとトルクはにらみ合い、二人の間には殺気だった空気が流れている。そしてその両者の間に立つリガンはその雰囲気に呑み込まれていた。
そんな中先程のカタンの発言に顔色ひとつ変えず、空中からの着地で膝を曲げた状態から、直立した姿勢に戻ったトルクがカタンの言葉に返答する。
「だったら魔具を見せた代わりとしてここから出してくれないか、僕達は急いでいるんだ」
「それは無理な相談だ、俺にはここの頭としての面子があるからな」
予定調和な解答がカタンから返される。
その為残された逃走手段はひとつだけとなった。
「だったら僕達がどうしても出て行くといったら?」
「無理矢理にでも止めるさ……先程の通りにね」
低く通る声を発すると、カタンはトルク・リガン両名を指し示すかのように右手に持っていた杖を向ける。
それを見たリガンは思わず畏縮してしまったが、後方から低く小さな声が聴こえ、リガンは振り返る。
その声量はカタンの元へは届かぬほどであった。
「僕が時間を稼ぐ、隙を見て君はその子を連れて門から逃げろ」
トルクの提案にリガンは息を呑み、直ぐには答えない。
「……トルクはどうするんですか、貴方を放っておいて逃げろと言うんですか」
リガンは心の内では自身の発言を卑怯だと感じていた。しかしそう思っていても言わざるを得なかったのだ。
犠牲になろうとする者を置いていく現実を簡単に受け入れられる程、リガンは達観してはいない。
そんな子供のようなリガンの発言を、トルクはきっぱりと撥ね付けた。
「君がいては寧ろ足手まといだ。けど心配は無用だ。あいつに会うまで死にはしない」
トルクの言う所のあいつに会うまで死ねないというのはリガンと一緒の思いである。もっとも会うための動機は180度異なるが。
またリガン自身戦力にならないことは十分承知していた。
その為リガンに出来たことと言えば、トルクの言葉に従いこの場を離れること、それだけであった。
「……分かりました、後で必ず会いましょう」
「あぁ後で必ず」
トルクの言葉を聞き終えると、リガンは振り返ることなく出口である門に向かい走り出した。しかしただの直進ではなく、集落を囲む柵の壁面に沿ってである。
出口である門の前にいたカタンはトルクではなくリガンに杖を向けた。
戦えず逃げようとする者を見逃すほどカタンは甘くはない、例えそれが女であったとしても。
『白針』
小さく、自分自身だけに聞こえる声でカタンは詠唱する。そして杖の先端から、逃げようとしたリガンに向け無属性の攻撃魔術が撃ち放たれた。




