3.14 囚われた二人
目を覚ましたリガンは、今自分が置かれている状態を十分に理解することが出来なかった。
分かったことと言えば、自分が先程いた部屋から移動しておらず、両手が背中越しに縛られ拘束されているということ。そしてラヒンが見当たらないということ。そして最後に目の前にある台に男が腰かけているということである。
「おや、意外と早く目を覚ましたものだな。さすが魔剛蔓延る今の世を旅するだけの身体をお持ちのようだ」
高らかな声と共に腰かけていた男がリガンに話しかける。そんな男の顔を見てリガンは気づいた、男は先程トルクを荷車に乗せて運んだうちの一人であった。
「なんでこんなことするんです。それにラヒンは無事なのですか!」
両手を縛る縄を軋ませ、声を荒げながらリガンは尋ねる。それに対し、男は傍目から見ても丸わかりな程のなめくさった態度で対応した。
「おぉ怖い、そんなに怒らないでくれよ。心配しなくとも獣丸ならここにいるよ」
男はテーブルに手を伸ばすと、丸い形状の物体を掴みリガンにつき出す。
それは獣丸が身の安全を守るために、鋼鉄の背中に生えた鱗を外部にさらし、弱点であるお腹を内側に丸めた、防衛手段である球体型であった。そして顔は見えずとも薄赤色の皮膚から、ラヒンであるということが分かる。
しかし問題なのはラヒンが取っている球体型に、幾重もの縄が締め付けられているということである。
あれでは球体型を解こうにも解けず、延々とその格好でいなければならない。
「お前ラヒンになんてことを!」
リガンは男に掴みかかろうとしたがそれは出来ない話である。両手を背中越しに縛られては手なんて出よう筈がない。
縄を軋ませただけのリガンに、男は見る者を不快にする笑みを浮かべる。
「威勢がいいねぇお嬢ちゃん。けど安心しな、この獣丸には何もしてねぇよ。したことと言えば動けないように縄で縛り付けた事くらいか」
トルクを助けた時とはまるで違う悪党の雰囲気を醸し出し、男は答えた。
男の顔は自信満々であり、相手を見下すような嫌みが多量に降りかかった顔をしている。そしてそんな顔をされて気分がいい人間などいるはずがない。
リガンはその男の顔面にメガトリ粉をぶつけようと右腰に掛けてあるポーチの中を探ろうとした。幸いにも縄は両手首の背中越しで縛られており、腕の自由は効かないものの指先の自由は確保されている状態にある。
相手に気づかれぬよう慎重に右腰のポーチまで、リガンは手を運ぶ。しかし、本来ポーチがあった筈の場所にて指先は空を切るばかりである。
リガンは不審に思い右腰に目を向けた。すると驚く事にメガトリ粉を入れたポーチがないのである。同様に左腰にあるポーチも紛失していた。
「お探しものはこれかい」
丸まったラヒンをテーブルに置くと、代わりに何かを掴んでリガンに見えるようわざとらしく掲げて見せた。
それはリガンが着けていた二つのポーチであった。
「それを返して下さい。それは母の形見なんです」
必死の形相でリガンは頼み込んだが、無論これは嘘である。リガンの母親だけでなく、家族全員リガンを嫌悪しており、そんな贈り物などするはずがない。
しかしポーチの中身は知識のない者が見れば、ただの薬品関係の粉としか思えないだろう。故に同情作戦が効くことにかけたのだが、そんな嘘は向こう側にお見通しであった。
「お嬢さん嘘はいけねぇ。はしたない女の子がこんな物騒な物を身に付けちゃ世も末だぜ」
男はポーチからメガトリ粉が入った小袋を取り出す。
リガンは騙せると思い侮ったが、本来男がその粉を分かって当たり前なのだ。分かったからこそ、ポーチを取り上げたのだから。
リガンが渋い顔をし、そっぽを向く。リガンとしてはもう打つ手がないのだ。
リガンの戦闘能力は皆無である。リガンの基本行動は敵との戦闘を避け、もし戦闘に突入した場合はメガトリ粉等を使用し敵を撹乱させ逃げることであった。
その為小道具が入った背嚢やポーチを取られればなす術は無くなるのである。
そんなリガンはもうラヒンの姿を直視することが出来なくなっていた。危険な目に会わせないと言いながら、現在進行形としてこのような目にあわせているのである。
ラヒンは球体型を取っており、リガンと視線を合わせることはないものの、彼女としてはラヒンのあのような姿を見るだけで、胸が締め付けられる思いである。
ラヒンは声を上げられず、リガンは声を上げようとしない、そんな沈黙する二人を前に、男は口を開いた。
「さて、静かになったことだし行こうか」
黙っているリガンを見下しながら立つと、リガンから奪ったポーチを腰に、ラヒンを片手で持つ。
そしてリガンを部屋の外へと追い出した。




