3.12 事態の主導権
部屋に入ってきたのは、最初にリガンらがトラルン集落にきた時に出会った、人のよい笑みをした男性であった。
身長はトルクより少しばかり小さいようで、体格もがっしりした方ではなく、どちらかというと華奢な感じを思わせる。しかしひとつひとつの動作に気品があり、高い教養の持ち主だと思われた。
先程までトルクの容態を見ていた医術士の老人は、その男性に対し敬うような姿勢で接していた。どうやらその男性はこのトラルンにおいて高い地位にいるようである。
老人はトルクの容態について説明した、彼が病気ではなくただの失神だということ。もうじき目を覚ますだろうことも。
その時の老人の顔には先程リガンが感じた不安めいた様子を一切感じさせないものであった。
早くここを出た方がいい、その言葉の真意をリガンは掴みあぐねていた。
そしてラヒンは老人のこの言葉を、その場にいたにもかかわらず聞き損ねていた。ラヒンの身長はそれこそリガンの膝以下の高さであり、老人がリガンに言った小声での忠告を、聞くことなど出来なかったのだ。
老人の失態をひとつあげるのならそれはラヒンではなくリガンに忠告したという点であろう。
ラヒンならば老人の忠告を住民達の視線と考え答えを導き出せたかもしれないのだ。
しかしその事で老人を責めることは酷だろう。誰も少女ではなく獣丸の、しかもその子供の方に信頼を寄せることなど無いだろうから。
男性に説明し終わり、老人が部屋を出る際、一瞬ではあるが自分を振り返り見たかのようにリガンには思えた。
それがリガンの見間違いかそれとも事実なのか、それを確かめる前に老人は部屋を出てリガンの前から姿を消した。
「お連れの方が大事ないようで何よりです。私の名前はカタン。このトラルンで長をしております」
人のよい笑みをしながらカタンと名乗る男性は自己紹介する。
老人の事が依然気になるリガンではあるが、その事は一先ず置いておき、カタンに続いて彼女も自己紹介した。
「私の名前はリガン。こちらは……」
「……」
リガンが暗黙の内に自身を紹介するよう誘導するものの、ラヒンは答えようとしない。
喋らないラヒンを不思議がり、リガンは彼を直視する。そこでようやくリガンは気づいたのだ。ラヒンが怯え震えていることに。
リガンは改めてラヒンの言動を思い出した。トラルンに向かう際ラヒンが行くのを拒んだことを、トラルン内部を歩く際ラヒンが強く胸を抱き締めたことを。
そしてあの老人の忠告、それでようやくこの集落には良からぬ問題があるとリガンは察したのである。しかし問題はこの集落に何があるのかということであった。
「どうしました、何か具合が悪そうですが」
相変わらず人のよい笑みでカタンが申し上げる。しかし同じ笑みでも今のリガンが感じる思いは違う。カタンの笑みは胡散臭いと感じたのだ。
「いえ、特に悪い所はないです。ただ少し歩きすぎたもんですから……」
このときのリガンの意識はこの集落の現状、秘密に行っている。その為少しでも情報を聞き出そうと当たり障りのない受け答えをした。
今やリガンの置かれた現状は最悪と言ってもよい状態にある。一体この集落で何が起こっているか、そしてリガンらに何をしようとしているのか、そして誰が敵なのか。何もかもが不明なのである。
しかし今のリガンらには差し迫った危機は訪れていない。
そのためリガンがとった行動は少しでもこの状況を長引かせ、事態を構成する要素を見つけ出し考えをまとめることであった。
別にその考えは間違いではない。むしろ正しい選択である。しかし事態は当事者の思う通りに運ばないものである。
リガンの受け答えに、カタンは顎に手を当て考え事をしていたが、何か閃いたらしく、顎から手を離した。
「あぁそうだ今はちょうど昼頃、そしてそこの獣丸の方は歩きすぎて疲れている。きっとお腹が減ったでしょう、どうです近くの部屋にお食事を用意させています。お食べになりますか」
変わらない笑みでカタンは提案する。しかしその笑みは拒否し得ぬ強固さを感じさせるものであった。




