3.9 集落への招待
トルクの元へたどり着いた時リガンは息切れを起こしていた。何せ歩きづらい草原を往復1時間走り続けたのだから当たり前である。
ラヒンをおろしたリガンが呼吸を整えている間、荷車を引いてきた男二人がトルクの診断を始めた。どうやら外見によらず医術の心得があるらしい。
初めの頃、男達は獣丸の村の惨状に驚いたがラヒンの姿を見ると何も言うことなく診断に取りかかった。
それは男達なりの気遣いであるかもしれない。獣丸の子供であるラヒンを前にして尋ねることをしなかったのは。少なくともこの時のリガンはそう考えた。
しばらくの間二人がかりでトルクの病状を見ていた男達が診断結果を下した。
「ただの失神ですね」
「……はっ?」
すっとんきょうな声がリガンの口から漏れ出る。
男達の説明する所では何かしらの大きな心理的負担がかかったことによるものだろうということである。
しかし心理的負担だと言っても原因は一つしか考えられない。
リガンは辺りの光景を見渡す。地面に転がるのは無数の獣丸の死体である。死体の状態から見て死後数日といった所であった。その光景はこの村で起きた惨劇を思わせるほど、おぞましい光景ではある。
しかしあんなにも腕が立つトルクがこのような光景に耐性が無いことにリガンは意外性を感じずぬにはいられない。
あそこまで腕が立つのなら幾多の戦場を駆け抜けた筈であり、そこでこれと良く似た惨劇を目にした筈なのである。
それなのにこれに耐性がないとは一体どういう事か。ますますトルクのことが分からなくなるリガンであった。
診断が終わった後男達はリガンらに自分達の集落に来てはどうかという誘いを申し出た。
何でもそこに医術を生業とする専門の医術士がいるというのだ。彼に診てもらえばトルクの症状もより詳しくなるということである。
「それにあなた方今日寝泊まりする場所はないのでしょう。なら彼が起きるまでとは言わず、明日まで私達の集落で休んでいくといい」
「良いのですか。そこまでの事をしていただいても」
「はい、大丈夫ですよ。私達の長は優しい方ですから」
何て好い人達なのだろうか。リガンはそう思わずにはいられない。リガンが見ず知らずの人にここまで親切にされるのは旅に出て以来初めてである。
改めて人の助け合いの大切さを身に感じるリガンであった。
リガンから男達へ一連の出来事における礼が申し上げられた後、気を失っているトルクを荷車に乗せてリガンらは人間の集落へ向けて出発した。
今度の移動は先程とは違い走ることはなく、列もリガンが先頭ではなく荷車を引く男達が先頭に立って歩いていく。
歩く間男達と話すことによりリガンは今行こうとしている集落の事を知ることが出来た。
集落の名前はトラルンと言い、出来たのはラヒンが話したようについ半年前だと言うこと。
成り立ちの経緯は魔剛関連であるという。なんでも魔王なき後も故郷に魔剛達が離れることなく、また暴動化したため住民達は故郷を離れそこに新たな住まいを造る事になったとか。
魔王なき後、全ての魔剛達は配置されていた場所から去っていくものとばかり思っていたリガンにとってこの内容は衝撃的であった。
旅の道中今まで滞在した全ての場所からは魔剛は去って住民達は解放されておりてっきり他の地でも同じとばかり思っていたのだ。
しかしその内容が真実なら魔剛間でも異なる行動をとるという事になる。
魔王なき今、魔剛は統一性を失っていると考えるべきであろうか。
リガンがそう悩んでいると、胸に抱かれていたラヒンが肩まである薄橙色をしたリガンの髪を引っ張ってきた。
「ラヒン、ちょっと髪を引っ張らないでよ」
リガンがそう抗議するとラヒンがリガンに向け手をこまねく。どうやら耳を貸してくれと頼んでいるらしい。
リガンが右耳をラヒンに近付けると小声で話しかけてきた。
「お姉ちゃん僕あそこに行きたくないんだもん」
前方にいる男たちには聞こえない小さな声でラヒンは懇願した。
ラヒンには集落に行った時に受けた住民からの、まるで憐れむかのような視線が怖く思えたのだ。それは子供であるゆえの純粋さが織り成せる感覚でもあった。
それ故にラヒンはあそこへは行きたくはなかった。
しかし得てして子供の真意が大人に伝わらぬように、ラヒンの言葉もリガンには届かなかった。
「大丈夫、怖いことなんてないわ。獣丸だからいじめたりなんてしないわよ。だから安心してゆっくりと休んでいきましょう」
リガンはラヒンが拒む理由を勘違いした。ラヒンは自信が獣丸であるが故に人間の集落を恐れている、だから行きたがらないとそう捉えたのだ。
結局ラヒンの思いは伝わらぬままリガンらは集落トラルンへとたどり着くこととなった。




