3.7 微かな命
「嘘……」
リガンは思わずそう独り言を呟く、誰に聞かせる訳でもなく。
リガンの目の前に広がっていたのは壮絶なる光景であった。家と思しき藁の建物は踏み潰され蹂躙されている。
生活の源である田畑も作物が一つもなく、地面には無理矢理引き抜いたと思われる跡があり、荒れていた。
しかしそんな事は微々たるものである。一番の惨状は無数に転がっている獣丸の死体である。
どの獣丸も刃物によるものと思われる切り傷があり、辺りの地面はどす黒く、大量の血が流れたことは疑いようがない。
その光景を前にしてリガンは立ち尽くしている。リガンはこれまで戦場と呼ばれるような場所には来たことがない。それは勇者達と共に旅をしていた時もそうである。
その為これ程までの多くの死体を見たのは初めてであり、それ故に脳が事態の受け入れを拒んでいたのである。
しかしそんな静寂が支配する地にて微かな音が鳴る。
リガンが音の鳴る方へ目を向けると、崩れている家の藁の山が微かに揺れ動いていた。
「誰かいるの」
リガンは問いかける。その声は優しく穏やかな声である。直感的にリガンには分かっていた、敵ではないと。そしてそれは正しかった。
悩んでいたのか、しばらくの間何も反応を示さなかった藁の中に潜んでいた者は藁の外へ、リガンに姿を表した。
出てきたのは子供と思われる小さな獣丸である。全身が紅色の大人と比べ、その者は薄い赤色をしていた。
見ると随分とやつれており、何日も食事をしていないのは明白である。
そこでリガンがした行動はまずその獣丸に食事を与えることであった。
リガンは背負っていた背曩から二本の白色の立方体をしたチークを取り出すと、その内の一本を獣丸に差し出す。
「一緒に食べよう、ね?」
リガンは獣丸に笑みを向けると、持っていたチークをひとかじりした。
差し出した物が害のない食べ物だと教えるためである。
獣丸はしばらくの間渡された物を注意深く見ていたが、リガンが同じ物を食べるのを見て食べ物だと理解すると無我夢中になって食べ始めた。
その光景を見てリガンは安堵した。人間の食事であり、まして不味いと評判のチークが受け入れられるかどうか不安であったからだ。
本来ならもっと美味しい物を食べさせてやりたかったのだが、旅人である身としては安上がりなチークしか持ち合わせていなかった。
「私の名前はリガンって言うの。あなたのお名前は?」
チークを食べ終わったのを見計らってリガンは尋ねる。それも出来る限り優しい声で。
腹を満たした事からか警戒心を解いた獣丸は子供っぽい笑顔でで正直に答えた。
「ラヒン、ラヒンって言うんだもん」
「ラヒン、良い名前ね。それに広語が分かるなんて凄いじゃない」
リガンの褒め言葉にラヒンは嬉しそうに笑う。ラヒンの話す人間の言語である広語は少しばかり訛っていたが、子供の段階でこれだけ話せるのは上出来という他ない。
ラヒンによると広語は母親に教わったのだと言う。母親という言葉を聞いた時リガンは思わず尋ねそうになった、貴方のお母さんはどうしたのと。
しかしこのような状況で、子供のラヒンが部外者である人間と話しているのに親が出てこない次点で察しはつくことである。
しかしリガンには知らなければならない事があった、それはこの村で何があったのかということである。
おそらく辛い悲しい思い出をラヒンに思い出させる事になるだろうが、そうしなければ何も行動出来ない。だがそれと同時に、本当に辛い記憶を、ラヒンに思い出させるのはどうなのかと、自身の良心が訴えかける。
そう考えて悩んでいる間ラヒンが自分の後方に目を向けていることにリガンは気づいた。
何かあるの、そう瞳で問うリガンにラヒンは答える。
「向こうにいるお兄ちゃん、何か具合悪そうだもん。大丈夫かもん」
その言葉でリガンはトルクの存在を思い出した、あまりの村の惨状に頭が一杯となりトルクの事を忘れていたのだ。
リガンが振り向きトルクの方を見る。トルクは草原の開けた直ぐの所に突っ立っていた。
しかしそんな彼の瞳は焦点が合ってなく、顔は蒼白になっている。
傍目から見れば具合が悪いのは明白であった。
どうしたの、リガンがそう問おうとした。しかし、その言葉を彼が受け入れる事はなかった。
トルクは言葉を発することなく、リガンらが見ているなか地面へと倒れこんだ。




