1.2 雨
-E.W529年8月23日 世界エラント西部、ラスルト地方-
雨は嫌いだ。
リガンは雨の中を走りながら思う。しかしそれで雨が弱くなる訳でもなく、相も変わらず雨は少女を濡らす。
昔、少女が生まれ故郷にいた頃、雨が降ると魔剛族達による毎日の勤労が休みとなる為、彼女やその両親・兄達は雨の日だけは一日中家にいることができた。
しかし、そんな雨の日が何よりも彼女は嫌いであった。
家族は少女に暴力や罵詈雑言を浴びせていた。それが雨の日となると一日中となるのだ。
あの時代、人々の息抜きの娯楽は魔王によって廃止となり、人々は日々の労働によって苦しんでいた、彼女の両親や兄達も。
あの頃のリガンは雨を憎み、恐れていた。しかしあの人、勇者達に助けられて以降はその心配もなくなり、あの村に着いてからは雨のことは嫌いではなくなった。
しかし旅に出てからというものまたしてもリガンは雨のことが嫌いになった。
旅人にとって雨は天敵である。雨が降ると外に出ることが出来ず、雨宿りで時間を浪費しなくてはならない。
おまけに風邪なんて引いたら一大事である。独り身であるリガンには看病してくれる者はいないため、自力で身の回りのことをしなければならない。それを住み慣れた家でなく、見ず知らずの土地でやるのだ。そのため危険も定住してる人と比べ自ずと高くなる。
このように一人旅の場合は多くの危険が襲いかかってくるが、それも同行者がいれば心配もなくなるのだ。
そしてそのようなことを考えているときリガンは一人でいることの寂しさを感じてしまう。子供の頃、両親や兄達に理解されず一人でいることに何の不満もなかった。しかし勇者達に会いあの村で生活したことで、今ではリガンは人と一緒にいることの楽しさを知っていた。
そして今や一人でこの世界、エラントを今やどこぞにいるかしれぬ勇者会いに旅している身として寂しさを感じるのは当り前である。
このように、リガンは波乱な人生を送ってきていた。
それに加えリガンは少女であり男と比べ危険な目に会うことが多い。
そのためリガンは自身が女であるとばれぬよう、今や変装紛いのことをして素性を隠していた。厚底の靴を履いて身長を大きく見せ、全身を外套で覆い隠すことで胸をごまかし、顔も外套に着いているフードを頭深くまで被ることで誤魔化していた。厚底の靴が歩きにくいことや外套の中が蒸し暑いこと、自慢の薄橙色の髪や赤い瞳が隠れてしまうことなどの不満が合ったがそれは我慢するしかない。
旅立って一ヶ月、変装しなかった当初は女としてなめられ、相手にされなかったり、口にするのも憚れるような内容で襲われそうになったことが幾度もあったのだ。それに比べればまだこれらの不満はましである。
そしてそのような格好で今リガンは雨の中を走っている。本来なら雨の中など走らないのだが、移動中に降られてはしかたがないことだった。
身に纏っていた外套に水が染み込み重くなる、おまけに厚底の靴による歩きにくさでリガンの負担は相当なものであった。
だが万が一、自分を見ている人がいるかもしれないという可能性が有る限り、リガンには変装道具を脱ぐことは出来なかった。
傍らの森で雨宿りしようとも考えたが、今や森は完全に魔剛の勢力下にあり休んで行くことなど出来るはずがない。
雨に濡れたことによる寒さと雨粒が染み込んだ服装による重さのせいで、リガンの疲労は頂点に達しようとしていた。
そんな時であった。丘の先から何かしらの小屋とおぼしきものが見えてきたのは。
(助かった)
リガンはまるで救われた思いがし、そして急いでその小屋に向かったのだった。