2.16 季節外れの幻想
「随分と威勢がいい嬢ちゃんじゃねぇか、おかげでこちとらへとへとになっちまったよ」
見ている者を不快にさせるような気味が悪い笑みをし、偽勇者がリガンの前に表れた。
一方のリガンは驚いた、お前だったのかと。しかし首謀者が分かり、リガンの内にこみあがってきたのは恐怖ではなく憎悪であった。
それもそうである。勇者がいると聞き付けマリエルまで旅をしてきたのに、勇者の代わりに居たのは勇者の品格を貶めるような全くの別人である。それだけでも憎たらしいのに今は自分を何の目的かは知らぬがずっとつけていたのである。
憎んで当たり前であった。
しかし偽勇者を憎んでいるよりも先に考えるべき問題がある。それはどうやってここから逃げ出すかということであった。
今リガンの前方には道を塞ぐように偽勇者とその両脇に彼の子分がいる。
そして後方にはリガン自身がまいたメガトリ粉とそれを吸って苦しむ三人の男達いる。後ろの三人も偽勇者の息がかかっている者と考えるべきだろう。
もし偽勇者をさけ後方に逃げるならメガトリ粉が舞っている状況を突破しなくてはならない。そのためには体内に入れないようにしなければならず結果として目と口、鼻をつまんでいかなければならないのである。しかしそのような状態で、もがき苦しんでいる男達を避けるのは至難の技であり、もし避けられたとしても偽勇者達に追い付かれるのは目に見えていた。
よって残された道はひとつだけである。リガンは偽勇者の問いかけに答えず、この代わりとしてメガトリ粉をぶつけようと右を動かす。しかしリガンが何を考えているのかは相手側にとってはまるわかりであり、それを見逃すほど偽勇者は愚かではなかった。
「お嬢ちゃんよぉ、こちとら暴力は振るいたくねぇんだ、てめぇがそうするならこちらも相応の手段に取らざるをえねぇな」
そう言うと偽勇者は背中に掲げていた大剣を抜き地面へと突き刺す。その大剣には修理された後があり、トルクが昼間斬ったのと同一の大剣であった。
脅されたリガンの右手はポーチに触れることなく元の位置へと戻る。リガンの行為が偽勇者に見抜かれていたのだ。
リガンにはもう打つ手がない。前には偽勇者を含む三人の男達、後ろはメガトリ粉が舞う状況、退路は完全に絶たれていた。
それを自覚したときリガンの内にあるのは先程までにあった憎悪ではなく恐怖であった。
リガンは恐怖した、心の奥底から。似た状況はこれまで幾度かあったが、打ち手が完全に無くなり万事休すの状態になったのは今回が始めてである。
故にリガンは恐れた。想像でしかなかった光景がついに現実となるのを。
そんな中リガンの心の中に浮かんだのは二人の人物だった。
一人はリガンが常日頃から思い慕っていた勇者、もう一人は……。
その時、不意にリガンは背中に冷気を感じた。背中にかいた冷や汗のせいだろか、そう思ったが感じた冷気はそんな生半可なものではない。
気がついてみると前にいた偽勇者達が各々が驚いた表情でリガンの後ろを観ていた。子分の二人は口をあんぐり開けて、偽勇者は口を閉じながら目を見開いて。
気になり後ろに振り向いたリガンの目に入ってきたのはこの場にふさわしくない神秘的、幻想的な光景であった。
まきあがっていたはずの黒いメガトリ粉が白く凍っており、それは一見すると濃い霧のようである。
暫くするとそれはまるで粉雪のごどくゆっくりと、不規則に揺れて落ちてゆく。それは今の真夏の世界エラントではみられない季節外れの雪景色であった。
そしてそんな中をゆっくりと、凍り落ちたメガトリ粉を心地よい音を鳴らし砕き踏みつけ、リガン達に向かって歩いていく人影がひとつ表れた。




