2.7 人への施し
人・人・人・人・人・人溢れんばかりの人混みである。
リガンは目眩をしたかのように視界がぐらつき始めるのを感じた。それほどまでに人が多いのだ。
門をくぐりマリエルの街へと入ったリガン・トルクを待っていたのは溢れるばかりの人混みであった。
しかしこれには一応の訳がある。マリエルが魔王に支配される前、マリエルには通りという概念はなくそれこそ家同士の間の狭苦しい通路しかなかったのだ。しかし魔王による支配が開始されると、魔剛に納めるための物資を輸送しなくてはならなくなった。
おもに物資の運搬は魔剛達自身で行っていたのだが、そこで問題が生じた。
この時のマリエルは他の街と同様中央に農地がありそれを守るようにして周りに家が建てられていたのだが、他の街とは違う点が存在していた。それは農地で取れた物資をマリエルの外まで運び出すのに必要な通りが無かったのだ。これはマリエルが急成長した際無計画に家を建てた名残である。
そのためこの時マリエルの道は人ひとりが通れる位の狭い通路しかなく物資を荷車に載せて運ぶなんて芸当は出来そうになかった。
そのため魔剛達はマリエルには無かった門を一から造り、そこから農地まで繋がる直通の広い通路を作らなければならなくなった。それにより多くの家が潰され大勢の人間がしばらくの間路頭に迷い混む結果となる。
当然マリエルの住民達は表立った行動はしなかったものの、この事に関して怒りを覚えた。
しかし皮肉なことに魔剛達が作った通りが、魔剛がいなくなった今ではマリエルの中でもっとも活気溢れる場所となっていた。
通りにはそれこそ大勢の人間がいたがそれと同じくらい両脇に屋台が立ち並んでいた。売っているものは農地で取れたと思われる食材を調理したものである。
そのため通りには沢山の香ばしい美味しそうな匂いが立ち込めており、リガンは人の多さに目を回しながらも屋台に目を走らせずにはいられなかった。
リガンは旅人であり、そのため日々の食事といえば保存がきき安価であるチークばかりである。
そんな一辺倒の食事ばかりしていれば飽きるのは当然であり、他の食べ物への欲求が増えるのは当たり前であった。
そのためリガンは街や村へ着くと、勇者の情報や旅の準備の他にその街・村特有の料理を食べ歩くのが密かな楽しみとなっていた。
そんなリガンからしてみればマリエルは天国である。なぜならこんなに多くの屋台が多種多様な料理を販売しているのだから。
しかしリガンがここに来た目的は勇者に会うためであり、食べ歩きなどしている時間などなかった。
屋台から目を外そうとしたリガンであったが、あるものが視線に入りリガンの動きを止めた。
それは年幼い男の子がものごいをしている光景であった。
リガンは近くにある屋台へと向かいヤキ餅を購入すると、ものごいをしている子供に向かい歩き出した。
「はい、ヤキ餅だよ。暖かくて美味しいよ」
その男の子の前に立つとリガンは優しそうな顔で購入したヤキ餅を子供へと差し出した。
男の子は最初こそ警戒している様子であった。それもそうである。何せリガンの服装はこの街にはないもので目立っていたし、何よりも彼自身施しを貰うのを諦めかけていたのだから。
男の子はしばらくの間リガンの顔、瞳を注視していた。
やがて男の子はリガンが本当に助けるつもりでヤキ餅を差し出していることに気づいた。するとリガンの手からヤキ餅をいきよいよくむしりとった。
「……ありがとう」
小さな、しかし確かに聞こえる声でそう呟くと男の子は裏にある通路へと消えていく。
人助けをしたことでにこやか顔になっていたリガンに、話しかける者がいた。
「ほんとにあれでよかったと思うのか」
いい気分になっている所にいきなり後ろから話しかれられたのでリガンは驚き飛び上がる。
リガンが振り返ると後ろにはトルクが不機嫌そうな顔で立っていた。
「よかったのかって、いいに決まってるんじゃないですか。何かいけないことでもしましたか」
驚かされたあげく、自分の行いにケチをつけられたためリガンは少し気分を害していた。
それに加えトルクの言いたいことがリガンには理解出来なかった。
「あの子はまたものごいをすることになるぞ。君が食べ物を恵んだおかげであの子はものごいを続ければ食べ物が貰えるんだと思うようになるからな」
「だったらなんです。何もするなというんですか」
リガンの声が少し怒気を含むものとなる。それもそうである、自身の行いを真っ正面から否定されたのだから。
しかしトルクはリガンとは対照的に落ち着き払っておりそれが余計にリガンを苛立たせることとなった。
「そうだ、何もしなければあの子もあの行為が無駄であると分かり努力するようになるだろ」
「だからって今苦しんでいる人を見捨てることは出来ません」
「……君はもう少し自分の行いに責任を持った方がいい」
何を言っているだこの人は。リガンはそう思わずにはいられない。
人が苦しんでいるなら助けてあげるそれがリガンの矜持であり勇者によって助け出されたことから得た教訓でもあった。
勇者に助けられたから今の自分がある、その感えがリガンの根本にあり、そのため人助けを否とするトルクの考え方を理解することが出来なかった。
リガンがトルクに反論を言おうとしたその時である。通りの先からこれまでとは違う騒ぎ声が広がった。
騒ぎ声の中には勇者が表れたという声が含まれていた。




