4.22 男の子
「え……トルク魔岩語喋れるんですか」
力抜けた瞳でリガンはトルクを指差す。そしてリガンに指差されたトルクは怪訝な表情をした。
「ん、僕は魔岩語なんて喋れないぞ」
あっさりと言い放つトルクであるが、今の会話にリガンやそして本人であるトルクも違和感を覚えた。
自身の言葉に誰かの言葉が重なっているのだ。そして言葉が終わってすぐ後に重なっていた誰かの言葉も止まるのだ。しかもその声は自身の声とそっくりである。
「おいおい、俺にもあんたらの言っている言葉が分かるぞ。一体どうなっているんだ」
テストはグラスをおき、トルク・リガンに向き直る。
しかしテストの言葉と同時にまた誰かが喋っていた。それも今度は広語で。
この祭り会場にいる人間はトルクとリガンしかいない。それ故に今度ばかりは無視出来ないものである。
声の発生源はリガンらが今いるカウンター奥の下から聞こえてきた。
誰が居るのか、リガンは身をのりだしカウンター席奥の真下を覗きこもうとした時である。
「おい、何しているんだ!」
突然の怒声にリガンは飛び上がった。自分に対し怒っていると思ったからだ。
怒声の主であるマスターはリガンに近づき、手を伸ばす。
その行為に思わずリガンは目を瞑り顔を背けた。ひっぱたかれると思ったからだ。しかし目を瞑ってしばらくたったにも関わらず、リガンの体にはどこにも触れた感触がしない。
どうしたのか、恐る恐る子供のように目を開けたリガンの目に入ってきたのは、マスターが幼き貴術の子供を掴んでいる光景であった。
「痛い痛い痛いって、父さん。悪かったよ僕が悪かったから」
「悪かったじゃねぇだろ。お客様が気持ちよく酒を飲んでいるのに白けさせる思いを味あわせやがって」
「ごめん、ごめんってば。だから離してくれよ」
マスターは幼き子供を掴み説教している。その言葉は貴術語であり、リガンには何を話しているか理解できた。
どうやらマスターの息子が自分達の会話をリアルタイムで翻訳していたらしい。
そこまで怒らなくてもいいのに。子供の叱られ具合をかわいそうにリガンは思い、仲裁にはいる。
「マスター、そんなに怒んないでやって下さい。私はいいですから」
「そうだ、マスター。離してやってくれ」
お客様であり、迷惑をかけてしまったテストとリガンが許した為、その子の父親でもあるマスターも許さざるを得なくなった。
「まぁ、お客様がそう言うんなら」
マスターは息子を下ろす。
マスターの息子は外見から察するに10歳にも満たないような子供であり、今だ背は低く、顔しかカウンターから出ていない。またその手には小さな身長に似合った大きさの杖が握られていた。
服の背中部分を掴まされていた為、喉が服によって圧迫される格好となったのか、下ろされた息子は首を手で軽く擦った後、テストに向き直る。
「ありがとよ、テストのおじちゃん」
「良いってことよ、それよりマルトさっきのはお前の仕業か」
テストが指摘した仕業というのは、マルトが自分達の会話を翻訳していたことに関してである。
それをマルトは胸を張って受け止めた。
「へへ、凄いだろ。父さんの仕事についていったときに覚えたんだ」
「けどその時はお前さんまだ赤ん坊だったろ」
「こう見えてもおいらは天才児だからね。この年でもう広語は完璧だし、こうやって声を変えることもできる」
マルトは手に持っていた杖を振るうと、テストそっくりの声となる。貴術が得意とする魔術によって、喉を通る空気の流れをいじり、声を変えているのだ。
しかも詠唱なしで発動したことを見るに魔術の才能も十分に有るように思われた。
「凄い、マルト何でも出来るのね」
「えへへ、ありがとよねぇちゃん」
照れ臭そうにする身をよじるマルトである。そういうところは年相応の反応である。そんなマルトを見てリガンは思い付いた。
マルトに翻訳させてみてはどうかということである。
「テストさん、マルトに先程と同じように翻訳をさせてみてはいかがでしょうか。そうすれば直接トルクと会話できますし」
「それはいい考えだ。おいマスター、マルトを少し借りるがいいか」
「あぁ良いぞ、こんなバカ息子に社会勉強させる良い機会だ。おいマルトしっかりと翻訳してやるんだぞ」
突然の成行で仕事をする羽目となったマルトは嫌そうな顔をする。
「えぇ、それはないよ父さん。何でここにきてまで仕事しなくちゃならないんだよ」
「つべこべいうな、第一お前さんがさっきやってたことをまたやるだけでいいじゃないか。何が不満なんだ」
「いや、強制されると何かね……」
「お前なぁ」
飽きれマスターはため息をつく。どうやら父親であるマスターでは説得が無理そうであったので、リガンが後を継ぐ。
「マルトやってくれないかな、そうしてくれれば私、嬉しいんだけどな」
リガンは手を合わし、頭を傾げる仕草をしてマルトに頼み込む。そんなリガンを見てマルトは顔を赤くすると、顔を背けた。
「……まぁねぇちゃんがそんなにしてほしいなら、してあげても良いよ」
「ほんと!ありがとう」
リガンはカウンターに身をのりだし、マルトの手を掴むとぶんぶんと振り回す。
リガンはどちらかと言えば美人の分類にはいる。そして幼き男の子というのはそう言う年上のお姉さんからのスキンシップに異常に弱い。そして貴術族と人間の顔は非常に良く似ている。その為このように人間の女性に貴術の男の子が照れるという現象がおこったのだ。
無論リガンはそこまで考えていた訳でなく、素で行っている。
そして人間の女性に手を握られた貴術の男の子は顔を赤くし、彼女と顔を合わせないように背けていた。




