水木粗鋼の場合 06
第十四節
「そういうことなら協力しますよ」
「おい斎賀!」
「大丈夫ですって。だってこの人…水木さんって、そもそも試合に勝つ気が全く無いんですもん。だからボクらが変身させられる危険性は全くありません」
「…そうなのか?」
目をキラキラさせながら水木が答えた。
「はい勿論です!協力してもらうのに危険なことなんてさせませんよ」
と言った後で、
「…ご希望があるならお答えしますけど」
と付け加えるのを忘れない。
「馬鹿な!いらん」
斎賀が少し考えている。
「そうですね。折角なんでお願いしましょうか」
「本当ですか!分かりました!」
「斎賀!お前どうかしてるぞ!」
「まあまあ。スパーリングみたいなもんですって」
「しかしこいつが、談合を持ちかけておきながら一方的に裏切って勝ち逃げ狙ってたらどうするんだ!」
そういえば武林は以前にもそんなことを言っていた。
「光さんと同じですよ。アキラさんは『試合はするけど、メタモル能力はお互い使わない』勝負を持ちかけて歩いてたんでしょ?彼は反対で、『試合の形式は取るけど、メタモル能力は一方通行』を持ちかけてるだけなんだから」
「どこが同じだよ!全然違うじゃねえか!」
「危険性はあると思うが?」
「ボクが水木さんの立場で、仮に本当に談合を持ちかけるふりをして引っ掛けようとしているんだったら、相手が三人つるんでる時点で適当な言い訳をしながら逃げます。もしもそんなことをやれば三人がかりで倒されてしまいますから」
「それは…」
第十五節
「でも、水木さんは三人いると分かった時点で『三種類の衣装を着られる!』とばかりにはしゃいだんですよ?ありえないでしょそんなこと」
「理屈は通る。だが、保険は掛けさせてもらいたい」
「どういうことです?」
これは水木。
「悪く思わんでくれよ。おたく…お前の財布を預かりたい」
一瞬の静寂。
「そんなことでいいんですか?」
「ああ。もしも約束を破ったら財布は返却しない。どうせメタモルファイターならえらい強さだろうが、力ずくで取り返される前にその辺にばらまくくらいは出来るぜ?」
「心配いりません。決して約束は破りませんから」
いそいそと財布を出して来る。
「はいどうぞ!」
力強く差し出してきた。
第十六節
カラオケボックスである。
「ではよろしいですか?」
「ボクは構いません」
水木に全額を出させて若干広めの部屋を取った。廊下側の窓が小さいとはいえ透明なので完全な密室ではないし、何より監視カメラで常時監視、録画されているだろうが、少なくとも衆人環視の街中のファーストフード店で性転換ショーをやるよりはマシだ。
「まず、お互いに試合の意思を明確にします」
興奮からか汗が噴き出している水木。悪いけどかなり見た目が暑苦しい。
「談合は経験がありますけどね」
ちらりと橋場の方を見てくる斎賀。この間の中華料理店での一件だ。
「余りこの形式に慣れていらっしゃらない方が多いんですけど、お互いに『勝負!』って言えばほぼ大丈夫です。心の中で納得し合うのが大事ですけどね。意味も分からない外国語で『勝負』と読ませられても発動はしませんから」
似たような話は確かに聞いたことはある。
この能力はことほど意思の力が重要であるらしい。
「では参ります『勝負!』」
「勝負!」
斎賀が言い返す。
「はい、勝負成立です。適当にボクに触ってください」
「…一応断りますけど、本当にいいんですね?ご存じでしょうが、メタモル・ファイター同士の変身は試合終了後に戻れるのは確かですが、決してノーリスクでは無いんですよ?」
「大丈夫です!」
力強く宣言して直立不動になる太目…いや、直接表現しよう…デブの水木。
そのピュアさは、本当に小学生の可愛らしい男の子ならば微笑ましくもあるのだろうが、いい年こいた男だと何かムカつくものがある。
「では…」
軽く肩にぽん、と手を触れる斎賀。
(続く)