綾小路隼人の場合 07
第十三節
「どうも」
斎賀は背後から声を掛けた。
「ん?…」
サングラスが振り返る。
「先ほどは相棒がお世話になりました」
「…っ!」
斎賀が、あの場にいたもう一人であると気が付いた瞬間、脱兎のごとく逃げ出そうとするサングラス男。
人がまばらの店内で、派手にテーブルにぶつかり、大きな音がする。
「きゃーっ!」
談笑していた女性が悲鳴を上げた。
先回りしていた橋場が立ちふさがる。
「逃がさねえぞクソが!」
「っ!!!」
「今度は正々堂々と勝負しろ!」
そんな問いに答える積りも無いのか逃げようとする。
橋場は正面から受け止め、押し合いへし合いになった。
「「「きゃーっ!ご主人さまーっ!」」」
店内に可憐なメイドさんたちの悲鳴がこだまする。
「そこまで!」
別の男の声がした。
「店内での決闘はご法度です!」
口ひげを蓄えた年齢の割に貫禄のある男がいた。
第十四節
ポーカールームで向かい合っている四人。
橋場英男、斎賀健二、執事風の男、そしてサングラス男だ。…ついでに、デート中だった女性。
「状況を整理します」
「我々は全員がメタモル・ファイターです」
「色々あって、仲裁を綾小路さんにお願いすることにします」
「お引き受けいたします」
「…俺は状況が良く分からん」
「ではご説明します」
執事風の男が慇懃に話し始めた。
「私は綾小路隼人と申します。メタモル・ファイターをやっておりますが、同時に立会人も務めております」
「審判をやってるってことかい?」
「厳密には違いますが、そう解釈していただいて構いません」
「ふーん」
「僕はサングラスさんが『ピンポンダッシュ』めいた迷惑行為をどうしてやってるのかは問いません」
サングラス男は心なしかぶるぶる震えている様だった。
「ですが、けじめとして正々堂々と戦っていただきたい。相棒もそれで今回のことは水に流すと言っています」
言ってねえよ、と脳内で思ったが状況から流す。
「いかがです?受けますか?」
「…嫌だね」
ちょっとだけ久しぶりに聞くサングラス男の声だった。
「あんだとテメエ…あんなことやっておいて良く言えるな」
「ふん、その恰好ってことは気付いたのか。中々可愛かったぜ?」
「うるせえよ」
「中には全く気付かんまんま偉く長いこと過ごしちまうのもいた。馬鹿だよな」
「あの…すみません」
可愛らしい声で女性が手を挙げた。
「つまりどういうことなんです?」
「サングラスさんによる試合効果は無効です。サングラスさんが放棄している以上、試合は不成立。仮に変身させられていても難なく戻れます。まあ、気付かない場合もあるでしょうが」
「…ていうことは、あたしも戻れるってことなんですか?斎賀さん」
「…僕の名前をよくご存じで」
「あの…あたしです」
「“あたし”じゃ分からねえよ。誰だ」
真っ赤になってもじもじしている美少女。さっきまで自分もそうだったと思うと嫌になる橋場だった。
「アキラです。ぶりん・あきらですあたし」
一瞬沈黙。
「「はぁ~っ!?!?!」」
(続く)




