綾小路隼人の場合 01
第三章 綾小路隼人の場合
第一節
「それにしても橋場さんってお金持ちですよねえ」
感心して言う斎賀。
「…まーな」
その金は今は無きミリお姉さん…物理的にはお兄さんだった…から頂いたものだ。なんてことはこいつらに言う必要はない。
高校一年生の男子に現金二百万円はかなり多い。
預金通帳に入れるのも足が付くので、自分の勉強机に押し込んで月に一枚づつ程度引っ張りだしていた。
約束通り橋場は斎賀と一緒に秋葉原の繁華街を歩いていた。
東京に引っ越してからというもの、一度は来るのも悪くないかもしれない…とは思っていた。
「メイド喫茶とか行ってみます?」
「あれだろ?俺でも見たことがあるぜ。『お帰りなさいませ!ご主人様!』とかいうんだろ?アニメみたいな声で」
「アニメみたいな声って…まあ、そうですけど」
「悪いが俺はオタクじゃないんで興味ないね」
「じゃあどうしてアキバに?」
「お前が誘ったからだろうが」
「ははは…確かにね」
「なんでアキバなんだよ?」
「間違いなくこの頃メタモルファイターが増殖しています。この間見せられた写真の中にメイド衣装があったもんで…」
「この辺に相手をメイドにするファイターがいるかも…なんて言う気じゃねえだろうな?」
「半分はそうです」
「残りの半分は何だよ?」
「純粋に買い物ですよ。この辺りは本屋街としても一級品です。お小遣い出たんで一冊くらいは新しいのが欲しくて」
「本屋…?アニメショップみたいなのばかりだぞ?」
「その“アニメショップ”の売り物の大半は書籍です」
「兄さんたち…ちょっといいかな?」
二人は同時に立ち止った。
第二節
場所は秋葉原のど真ん中。歩行者天国である。
「間違いだったらスマンね。あんたがた、メタモル・ファイターじゃないか?」
バンダナにサングラスの背の高い男だった。
細く引き締まった身体に夏前だというのに全身黒の革ジャン姿なのが何とも異様だ。
「えーと」
「人違いだ」
何か答えようとしていた斎賀に被せる様に橋場が断言した。
「そうかね?間違いないと思ったんだが」
サングラスなので表情は読めないが、若干おどける様に言う。
「ここはお誘いに乗りましょうよ」
「おい!」
橋場が遮る…が、このやり取りでもう決まったようなものだった。
「そう邪険にしなさんな。滅多に会えないんだから出会いを大事にしようぜ?」
軽くサングラスをずらす。ごく普通の目がそこにはあった。
「試合の申し込み…と理解していいですか?」
「そういうことだ」
「何で俺たちが分かった」
ひゅう、と口笛を鳴らすサングラス。
「お仲間は雰囲気で分かる。みんなそうだと思ってたが?」
「条件がある」
「バトル条件派かい?一応聞こうか」
周囲にはひっきりなしに人が往来している。休日の秋葉原ならでわだ。
「俺はこの能力について知りたい。何か知ってるなら教えてくれ」
意外な顔をする斎賀。橋場が自ら乗り気になるのは珍しいからだ。
「…ん?それはオタクが勝った後の話かい?」
「そういうことだ」
「そう言われてもオタクがどの程度まで知ってるのか分からないんだけど?」
「こちらも知ってる情報なら提供する。話し合おう」
「こいつぁ変わった申し出だね」
「どうする?なんなら試合なんぞしないで情報交換といかないか?」
「断るね。戦いたい」
「前提条件としては成立だな。オタクが勝てばおいらの知ってる情報であんたが知らないのを提供しよう。けど、おいらが勝ったらどうしてくれる?」
サングラスの下の口が不敵に笑う。
「だから情報の提供を」
「おいらは情報なんか興味は無い。デートしてくれ」
「…何だと?」
「解除条件を談合すればいい。『デート終わるまで戻れない』ってな」
水木に聞いた話と同じだ。
「…俺は男だぞ?」
「だろうな」
「男とデートしても面白くないだろ?」
「いや、面白いね。男なのに美少女になっちゃって可愛い服を着せられてもじもじしてるのをリードするのがたまらないのさ」
橋場はドン引きした。
こいつは、水木とはまた違ったベクトルのディープな変態だ。
「その後はありませんよ」
何故か斎賀が割り込んでくる。
苦笑…いや失笑しながら手を振るサングラス。
「メタモルデートして夜の事まで考えるなんぞ素人だ」
また聞き慣れない用語が出てきたが流すことにした。
「どうする?受けるのか?」
「能力教えろ」
(続く)




