沢尻瑛子の場合 45
第九十三節
「そんなの大した問題じゃないって。何かと思って心配しちゃったよ」
本当に安心している様子の群尾。こいつは人を疑うってことを知らんのか。
信頼されてて嬉しい反面、こいつ自身のことが心配になってきた。
「けどさ、そんな訳のわからない女だったら嫌じゃんか」
群尾は目を見開いてハトが豆鉄砲食らったような表情をしている。
「瑛子さんは瑛子さんだからさ。別に特殊能力のあるなしで選んだわけじゃないし」
「あっそ」
どうやら一種のジョークで流されてしまったらしい。まあ、ある意味最もまっとうな反応なのだろう。案外普通の人にバラしたとしても反応はこんなもんなのかも。
「でもさ!ケンカとかするの怖くね?」
「ケンカ?瑛子さんと?」
「しないとも限らんだろが」
「そしたら僕は女の子にされちゃうんだ」
「そういうことになるな」
「それは怖いな…」
「どうなのぶっちゃけた話。男って一度は女になってみたいとか言うじゃない」
「…かもしれないけど、女性に見られてるのは嫌だよ」
ちょっと引く瑛子。
「あ…そうなんだ。それは初めて聞いたわ」
「で、その後はどうなるの?どれくらいで戻れるの?」
「わかんね」
瑛子は頭をポリポリ掻いた。
「最後まで見極めた訳じゃなーけど、多分戻れないんじゃねーの?」
「実験したんだ」
「だから言ってんだよ。じゃなきゃこんなアホな話するか!正気を疑われるわ」
群尾の表情が硬直した。
「…もしかして本当なの?」
「だからそう言ってんだろうが」
「じゃあ、もう何人か変えちゃってるの?」
瑛子は群尾を見据えたままかなり時間を掛けて答えた。
「…うん」
何やら悪戯を父親に怒られる小娘みたいだ。
第九十四節
「それは良くない…良くないよ」
「うるせーよ!あいつらみたいなドスケベな暴力男なんぞ女になって女の気持ちを思い知ればいいんだ!」
「…もしかしてキングスたちをやっつけたのって…瑛子さんなの?」
「キングスって…それがあいつらの名前なんだ。だっせー」
「僕もそんなに詳しい訳じゃない。全く違う世界の話だよ」
「違う世界って」
「街の裏の顔っていうかさ。でも彼らは僕らみたいなモテない男からすると本当に別次元に住む妖怪人間みたいなもんだよ。でも、首謀者が逮捕されて、残りは何故か全員一気に行方不明になっちゃったって聞いたんだ」
「十分詳しいじゃん」
「知り合いの知り合いからの又聞きみたいな話だよ。噂じゃヤクザ組織ともめて全員身柄を拘束されたとか何とか言われてるけど…」
「キングスって名前なのかどうかは今知ったけど、細マッチョとすんげーイケメンとすげー大男がいたことは覚えてる」
「大体の世評と一緒だね。で、瑛子さんはそいつら全員を女子高生にしちゃったの?」
「うん。した」
全く迷いなく答える。
腕組みし、顎に手を当てて考えている群尾。
「…彼らは何をしたの?」
「…あたしが連中に乱暴されかけたのは知ってるよね?」
「うん。噂ではね」
「多分あたしがあんだけ強くなかったら清美みたいにヤク漬けにされてたと思う」
「叩きのめした上で女の子にしたんだ」
「したよ?何か悪いの?」
「いや、問題ない。正当防衛の範囲内だ」
「…なんだって?」
「正当防衛。聞いたことあるよね」
(続く)




