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沢尻瑛子の場合 42


第八十七節


「信じらんない。何考えてんの?」

「勝手でしょーが」

 瑛子が予想した通り、みんなはいい顔をしなかった。

「群尾ってあれでしょ?帰宅途中に幼女追い回してるみたいな雰囲気のあいつっしょ?」

「んなこたねーよ。普通だ普通。ただダサくてもさいだけで悪人じゃないから」

「マジ何でなの?瑛子!何でよ」

 休み時間に机に乗り出して来る恵理。

「なんつーか…気まぐれ?」

 飄々としている瑛子だった。

「…群尾くんってそんなにいいところあったんだ」

 メガネにおさげという、校内でも最もススんだ男性経験の持ち主とは思えない外見の清美が受ける。

「別に…積極的にどうこうじゃなくて…新鮮っつーかさ」

「そりゃ瑛子もここ二三日は色々あったけどさ…」

「分かってると思うけど、これからあたしの彼氏に陰口とか無しだから」

「うわっ!『彼氏』とか言ってんだけどマジで?」

「そらゆーっての。あんでそんなに絡むのよ。別に羨ましくないでしょ?」

「…瑛子、それって陰口…」

 これは清美。

「あたしはいいのよ」

「ほーん。てゆーか結構評判になっちゃってんだけど構わないワケ?群尾が瑛子に告って成功したって一年生まで知ってるよ?」

「そーなんだ」

「分かってんのあんた?これから村八分になるかもよ」

「勝手にやらしとけばいいじゃん」

 女子どもの考えそうなことは分かる。

 だが、屈強の戦闘マシンみたいなの相手にしてすら勝てる瑛子がごく普通の女子高生ばかりのこの教室で集団の圧力程度に屈するとは思えない。



第八十八節


 クズ男ばかり急激に見てきた瑛子は、何というか肉食系のイケメン…二枚目にうんざりしていた。

 全員ではないのだろうが、連中の肉体的屈強さは全てが女を支配下に置くために使われていた。女子プロレスラーでも簡単には勝てまい。

 恐らくあのサークルの連中は物凄くモテたはずだ。

 男性経験の無い瑛子にすら「モテ男」の放つ独特の雰囲気が濃厚に感じられた。同時にその傲岸不遜さもだ。

 全ての女はオレのモノ。オレたちのモノ。所有は出来なくても声を掛ければ簡単に寝られる。そうでない女はちょっとおかしい。

 …そんな感じだ。


 もう本当にうんざりだ。

 確かに連中は恰好いい。細いしオシャレだし、何故か金も持ってる。車も高級車を乗り回してる。こうして列挙するだけで瑛子ですらちょっと気持ちが揺らぐほどだ。

 しかし、連中は最低だ。

 ちょっと付き合ってケンカでもすればパンチが女の顔にめりこむだろう。

 ニヤついた紳士的な一挙手一投足、掛けてくる声の一つに至るまで、全てはある一点の見返りのためなのだ。


「やりたい」


 生物としては正しいのかも知れないが、瑛子には浅ましく汚らわしいとしか映らなくなっていた。

 そこにあの群尾である。


 どう考えてもモテそうにない。というか間違いなくモテていないだろう。

 中肉中背よりも太り気味ということもあって、本人は余り自分の情報を喋らないのに勝手に「オタクくん」呼ばわりされ、軽蔑されていた。

 唯一、瑛子よりも少し背が高いくらいが男らしいところで、後は男らしさ以前に存在感そのものが希薄だ。


 しかしまあ、カモがネギしょってきたみたいな純朴さは脂ぎったマッチョどもの餌食に何度もなり掛けた直後の瑛子には新鮮そのものだった。

 もしも瑛子が「あの能力」に目覚めていなかったならばそれでも断っただろう。

 しかし、いざとなったらぶん殴って逃げてくればいい…という「最終手段」が持てる様になったということは、精神的な余裕が出てきたってことでもあった。

 群尾に限ってそれはないだろうけど、仮に暴力を振るわれたとしても簡単に叩き伏せることが出来るだろう。



(続く)


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