沢尻瑛子の場合 26
第五十五節
「…で?まだなの?」
瑛子は延々と歩かされていた。
しつこいチャラ男の誘いを只管断って歩き続けたが、一向に諦めようとはしなかった。駅までの数分間繰り返したが同じだった。
駅にある交番に駆け込もうかとも思ったのだが、「民事不介入」の言葉の意味も良く分かっていない瑛子にすらその程度でこいつが逮捕されることなど想像も付かないことくらいは分かる。
ある瞬間、こいつが呟いた。「瀬戸口清美」の名前を。
清美は現在入院中だが、そのきっかけとなった事件の際、瑛子は首謀者の一人を性転換して放り出し、もう一人は逃がしてしまっていた。名前も知らないので、とりあえず「背後」にいたから「背後男」と呼称する。
チャラ男はてっきり背後男たちの一味で、瑛子を個人的に復讐しに来たのだと思っていた。
だが、チャラ男の話によると違うらしい。
背後男と細マッチョは仲間内でも鼻つまみ者だというのだ。
確かに女の子と楽しく遊ぶことを目的に集まっているが、違法薬物に拉致監禁の刑事事件ともなるとシャレでは済まない。違法ギリギリのグレーゾーンに収めなくてはならないのに、モロに違法では駄目なのだ。
この辺りは外道にもルールがあるというところだろうか。
とにかく、不安で泣き出しそうな恵理を強引に帰宅させると、瑛子は一人っきりでチャラ男に同行したのだ。
「もうすぐだ」
目の前に使い古しのガレージみたいなものが見えてきた。
都内によくもまあこんなゴーストタウンみたいなところが残っているなと感心するほどの辺鄙なロケーションである。
第五十六節
ガラガラと耳障りな音を立て、壊れそうな勢いでガシャン!と叩き付けるようにシャッターが締まった。
サビてあちこちに開いた穴から木漏れ陽の様に差し込んでくる太陽の光。
一気に目が暗い所に放り込まれる。
瑛子は顔をしかめた。
少しずつ目が慣れてくる。
そこには数えると十人くらいの男たちがニヤニヤしていた。
「やあ、よく来たね」
何とも爽やかな好青年が一歩前に踏み出してきた。
このシチュエーションで無ければ柄にもないが、ひとめぼれしてしまったかもしれないほど格好いい男である。
「…何です?」
ぶっきらぼうに瑛子は言った。
「昨日あたしたちを襲った人を引き渡してくれるって聞いたんですけど」
瑛子は思い出していた。
昨日の制服はほぼ使い物にならないほどあちこちがほつれ、破れていたことを。
制服と言うのは続けざまに何年も毎日着続けるため、必然的にかなり頑丈に作られている。
それがあれほど破損したという事実もさることながら、それだけの耐久性があるということはつまり、「お値段」もかなりするということなのだ。
瑛子は偶然にも「予備」として学校が備蓄していた制服をあてがうことが出来てこうして着ているが、それすら不可能であった可能性も高いのだ。
目の前の好青年は笑顔を絶やさない。気持ち悪いほどに。
(続く)




