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沢尻瑛子の場合 14


第二十九節


 どうにかほとんど無傷で地面に転がることに成功した細マッチョは、唸り声を上げながら諦めずににじり寄ってきた。

 この辺になると、瑛子にも精神的余裕が生まれ始める。

「…もうやめたら?時間の無駄だよ」

「うるせえ!女に負けて引っ込んでられるか!」

 ありゃありゃ。

 こちとら男女どうでもいい上に、精神的余裕なのか男をしっかり立てて上げようと決心し始めたところだってのにそういうことを言うかね。

 すると、手にはナイフを持っている。

「…何それ?それであたしをぶっ刺すの?」

「うるせえええええええーっ!黙れえええーーっ!」

 もうまともな会話も成り立たないなこりゃ。

 やれやれ、と視線を伏せる瑛子。

 もしもこの能力に目覚めていなかった間違いなく五体満足じゃ帰れなかったところだわ。

 清美もとんでもないのと出会ってくれたわね。

 瑛子は心の中で悪態をついた。

 ふと、瑛子の心の中で悪戯いたずら心が芽生えた。

「おぅらぁあああ!」

 勢いよく突き出されるナイフ。

 棒立ちだったら串刺しになってる。この馬鹿、本気で殺しに来てるのかしらん。


 瑛子は、余りにも相手の動きがゆっくりに見えるのでとある悪戯いたずらを仕掛けてみた。



第三十節


 突き出されたナイフの先にいたはずの生意気な女子高生はもうそこにはいなかった。

「こっちこっちー」

 素早く振り返る細マッチョ。

「何か気付かないかな?」

 ニコニコする余裕までありやがる。

「がああああーっ!」

 今度は突くのではなくて振り回し始めた。

 刃物にこんな風に接触したら大けがだ。この馬鹿たちは本当に何なのか。

 しかし、今の瑛子には面白体操をゆっくりやっている人でしかない。

「ちょっと待った!」

 またも反対側に回った瑛子が言う。

「自分の手ぇ見てみて」

「あぁ?」

 思わず自分の手を見る細マッチョ。

「なっ!何だぁ!?」

 その手のツメは毒々しくも真っ赤に染まっていた。マニキュアが塗られていたのである。

「たまたま今日もらったんだ。中々綺麗だよん」

「貴様…何しやがった」

 小さく唸るような声だ。今にも人を殺しそうである。さっき瑛子は間違いなくレイプされそうだったんだからこの程度の悪戯いたずらなんて安いものなんだが。

 おもむろにムチャクチャなステップで上半身を横にして腕を瑛子の方に向かって突き出す細マッチョ。

「きゃあっ!」

 次の瞬間、ナイフが飛んできた。

 瑛子の能力のお蔭でギリギリ避けることが出来た。

 まさか投げてくるなんて心構えも無かったのにどうにか避けられたのはこの能力がいかに優秀であるかの証しである。

「おうらぁ!」

「っ!!」

 流石の瑛子もナイフを避けるのに精一杯でそれ以上の動きをするのを忘れた。

 そこに掴みかかってきた細マッチョは、そのまま頭髪を鷲掴みにし、突っ込んできた勢いで瑛子の腹部に膝蹴りを放った。

 必死に両手でガードをする瑛子。



(続く)


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