沢尻瑛子の場合 13
第二十七節
瑛子はこの「ローキック」をまたギリギリでかわすと、一歩踏み込んで、蹴っている方ではない足を思い切り蹴りはらった。
これまた後で調べて分かったけど、「軸足を刈る」という技術らしい。
足にかなりの衝撃が走ったものの、目一杯蹴り抜いた。
すると、足を振り抜いていたところで支えている足を吹っ飛ばされたため、モロに背後の男が空中を舞っている
訳の分からないことをわめきながら空中をじたばたともがいている。
どすん!と大きな音を立てて背中から地面に落下した。
同時に転げまわるようにうめきながら苦しみ始めた。
この時、ロクな受け身も取らずに思いっきり背中から叩きつけられたため、一時的に肺が押しつぶされ、全く息が出来なくなったのだ。
この世のものとは思えない呼吸音をさせながら暴れ狂う。
瑛子は慌てて避けつつ距離を取った。
「テメエ…ぶっ殺してやる!」
鬼みたいな形相になって細マッチョが殴り掛かってきた。
ついさっきまでか弱い乙女に何してくれてたの誰よ…と呆れる瑛子。
確かに小さいころは好き放題やって男の子たちに迷惑は掛けたけど、少なくとも今殴り掛かって来てるこいつらには何もしてない。
そこまで逆恨みされる云われは無いってもんよ!
第二十八節
あくびが出そうなゆっくりパンチをギリギリでかわして、女の子のふにゃふにゃパンチを腕の付け根の脇の下に叩き込んだ。
「ぐはあっ!」
パンチのヒットさせるポイントとしてはかなりいい箇所だったんだけど、当然そんなことはこの時点では分からない。
細マッチョは目をむいて驚いている。
それはそうだろう。さっきまで何の苦にもしていなかった小娘がある瞬間から凄まじい強さになってしまったんだから。
それでも信じられない細マッチョは何度もパンチを繰り出し続ける。
瑛子は毎回バリエーションを付けながら避けた。
余りにもゆっくりなので避けるのが簡単なのである。
最後の一発は、パンチというよりは全身ダイブみたいな感じだった。
これは細かい打撃を与えるというより、さっきみたいに強引に抑え込む算段なのだろう。
瑛子は柔道の素養は全く無かったが、この時は身体が勝手に動いた。
相手がバランスを崩したのを見越してその下に入り込み、縮めた脚を目一杯蹴り上げて、背中に乗せた細マッチョを空中に放り出したのだ。
どういう訳か身に付けた人並み外れた怪力だけでも可能であったろうに、そこに理にかなった力の入れ方をしたのである。
細マッチョは見事に吹っ飛んだ。
(続く)




