沢尻瑛子の場合 12
第二十四節
「うわあああああーっ!ああああああーっ!うあわああわあああーっ!」
瑛子は吠えていた。
一〇〇キロの巨体を持ち上げる様にブリッジしながら何度も何度も吠えた。
「うるせええええーっ!黙れやこのアマあ!」
三発目のパンチが瑛子にはハッキリ見えた。
今度は視線を逸らさない。
両手で受け止めるか、さもなければ流してやる!
両手がふさがれていることに気が付いた。
外道の一人が押さえつけてるんだ!
瑛子は利き手の右手に目一杯力を入れて持ち上げた。
「な、何だこいつ!」
人間が全体重を掛けて右手にのしかかってくる。
「だああああああーっ!!!」
「うわああっ!」
結果として人間ごと持ち上がったその塊に瑛子の顔面に打ち込まれるはずだったパンチがめり込む。
「いてえっ!」
馬乗りになった背後の男が放ったパンチは、細マッチョに命中してしまった。
第二十五節
瑛子は本能の赴くままに首だけで思いっきりブリッジをした。
馬乗りになっていた背後の男が空中を舞っている。
永遠に続くかと思われたその光景を認識した次の瞬間、瑛子は起き上がって立ち上がり連中を正面に見据えて構えを取る。
ぜえぜえはあはあと息が切れる。
…今のは一体?…。
幾ら瑛子が暴れん坊だからといって、女子高生が成人男子を持ち上げて一瞬とはいえ投げることなど出来るのだろうか。しかも片手で。
ブリッジに至っては自分でやっておきながら信じられない。
自分の手を見つめている瑛子。特に変わったことがあるようには見えない。
「アンだテメエ!ゴルァアアアア!」
正体をむき出しにした背後の男が殴り掛かってきた。
…筈だった。
第二十六節
瑛子は信じられなかった。
背後の男の放つパンチが、信じられないほど遅いのである。
本当にスローモーションの様にしか感じられない。それでいてリアルのスピードはごく普通であるようにも感じられる。
何とも不思議なとしか言い様が無い感覚なのである。
当然、そんなハエが止まりそうなパンチなど当たる訳が無い。軽く避けさせてもらう。
背後の男はきょとんとしている。瑛子はこっちだってきょとんだよ!と心の中で思っていた。
だが、気を取り直してまたパンチを放って来る。
まただ!またスローモーションみたいに遅い。
今度は大きく避けるんではなくて、敢えてギリギリにパンチがかすめるようにしてみた。
5発ほど連続してパンチが来たが、全部その要領で避けまくる。
「おい!どうしたんだよ!」
「うるせえ!」
何やら仲間割れが始まっているみたいだ。知ったこっちゃないけど。
今度は蹴りが来た。
斜め下に向かって、脚を蹴りに来る蹴りだ。あとでこれを「ローキック」と言うのだと知った。格闘玄人が放つ場合、「素人なら一撃」で倒してののけるほど威力があるもので、空手の達人などはこれで木製バットすらへし折るんだとか。
そんなものをこの枯れ木みたいな女子高生に向かって打ってくるなんてもうまともな神経じゃない。
(続く)




