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沢尻瑛子の場合 11


第二十一節


 男なんて、偉そうなことを言っているが、口では勿論、本気の殴り合いになってすら女にも勝てない弱っちい存在でしかない。本気で殴り合えば私はその辺の男には絶対に負けない。

 しかも世の中の風潮は何かというと男をバッシングし、女を守る風潮がある。これを利用させてもらわない法は無い。

 勝てば官軍。負けても「男のくせに女に手を出した」ってことにすればいい。

 自分よりも背が低く、成長が遅くてどんくさい弟をバカにし、奴隷の様にコキ使った。


 しかし、いよいよ中学も後半に差し掛かると焦りが出てきた。

 別に番を張っていた訳でもないのに暴れん坊だの怒らせると怖いだのと言われていた瑛子は、男子に成長で抜かれ始める。

 見下していた男子たちも軒並み自分よりも背が高くなる。

 運動部に所属している男子のたくましさは言うに及ばず、空手や柔道部に所属する男子に至っては明らかにケンカしても勝てそうになさそうだった。



第二十二節


 この頃瑛子は実はびくびくしていた。

 柔道部で副キャプテンを務めるまでになったあの大男は小学校の頃いじめていた奴なのだ。

 まさかそんなことはすまいが、本当に本気で取っ組み合いになれば腕力は勿論のこと、体重が倍ほども違う瑛子を組み伏せるなど赤子の手をひねるようなものだろう。

 根源的に湧きあがっていた恐怖とは、もしかしてこれまでケンカで勝ってきた男子というのは、自分が女だから遠慮して本気を出さずに敢えて負けてくれていたんではないか?ということだった。

 圧倒的に実力が勝っていたならばともかく、ある程度は本気を出さなくては勝てない相手となると、結果的に相手に怪我を負わせるリスクをもって対処しなくてはならないだろう。

 平たく言えば、私を黙らせるにはボコボコにして足腰立たなくさせるしかない。

 その次に穏便に済まそうとするなら、敢えてことを荒立てず、手を出さずに負けたことにするしかない。

 日に日にそうした疑問が大きくなっていった。

 その不安に押しつぶされたくなかったので、女子にも門戸を開いている格闘技の部活動もあったのに目をそむけた。



第二十三節


 明確に論理的に文章として意識出来た訳ではない。

 だが、何の遠慮も無く男に蹴り飛ばされ、殴られ、組み敷かれたこの瞬間、あれだけ社会で偉そうなことを言っているクソフェミニストのババアどもの言い分にもかかわらず、最後の最後、身一つで取っ組み合いになったら女は男に全く適わないじゃないか!という現実に絶望した。

 目の前に二発目のパンチが降って来ていた。


 両の目の中心辺りを捉えたらしく、ごちん!という音と共に火花が散り、意識が飛んだ。


 意識が飛んだはずなのにあちこちで何やら話し声がするのが聞こえる。

 全身が何やらくすぐったい。

 だれかにまさぐられているのか?


 確かに私は乱暴者だった。

 恐らく人類は英知として、「欲望に任せて女性を粗末に扱う」ことを忌避する風潮を作り出しだのだろう。それ自体は悪くない。

 その中にどっぷり浸かって育った瑛子たちは、歪んだ特権階級として振る舞い過ぎた。


 男女は決して対立概念ではない。お互いに協力して行けばいいだけだ。男みたいに無暗に順位付けをし、男の上に立とうとキリキリするなんてナンセンスだ。

 だから、当たり前みたいに女が男を殴りつけ、バカにする風潮はお互いにとって決していいとは思わない。


 …思わないが、同時におのれの欲望を身勝手に実現せんがために、無実の女性を泣かす男に鉄槌を下すことは…これはこれで問題ない。


 そうだ!問題ないじゃないか!



(続く)


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